第7話 戦意なき敵対
前回のお話……何処からともなく声が
(ア ゜Д゜)えい
(謎 ゜Д゜)痛い
―――side:ローリエ―――
突如聞こえた知らない女性の声にアーリィさん以外の全員が驚く中、彼女だけは不敵な笑みを浮かべ、「隠れたって無駄だよ。ボクには君の居場所が手に取るように分かるんだから」と言い放ちました。
直後、誰も居なかった筈の小路の中から声の主―――襲撃者がその姿を現しました。
まるで水が滲み出るように、何もない空間から突然現れた襲撃者は闇色の外套で全身を隠し、同色のフードを目深に被っているため、表情を窺い知ることは出来ません。
ですが、やはり自身の隠蔽を見破られて少なからず動揺しているのか、明らかにアーリィさんを警戒した様子で「……なんで私が居ることに気付けたの?」と硬い声を漏らしました。
「その外套、魔道具だよね。それも結構高級なヤツ。能力は気配の遮断と周りの風景に溶け込む迷彩効果ってところかな?」
「答えて。なんで気付けたの?」
「んふふふ、その手の隠蔽を見分けるのにはちょっとしたコツがあってねぇ」
ボクくらいになれば余裕余裕と自信満々に胸を張るアーリィさん。
更に警戒を強めた襲撃者が一歩後ろへ下がろうとしましたけど、その足は……。
「それで君はこんな所で何をやっているんだい? 〈異邦人〉……ヒトミ=ナガセ」
アーリィさんに正体を言い当てられたことで、ピタリと止まりました。
〈異邦人〉。この国に召喚されたニホンジンの一人。
「……」
「無言は肯定と同じだよ?」
「……なんで私の名前まで知ってるの?」
「色々と調べたからねぇ。ってか君、さっきから質問ばっかりだね」
襲撃者―――ヒトミ=ナガセは隠しても無駄だと悟ったのか、被っていたフードを外しました。
露わとなったその素顔は、未だ年若い女性のもの。年齢は二十代前半でしょう。
背中に広がる長い黒髪。スッと通った鼻梁に白い肌。
整った顔立ちをしているのですが、ただ一点。目の下に薄っすらと隈が浮いていました。
寝不足でしょうか。折角美形なのに勿体無い。
同じ女性としてそこだけが残念でなりま……失礼、今は関係ありませんね。
「こっちの質問にも答えてもらいたいなぁ。君はこんな所で、しかも一人で何をしているんだい? 向こうの騒ぎの対処に行かなくてもいいのかな?」
ヒトミ=ナガセは何も答えようとしませんでしたが、アーリィさんは構わず質問を重ねました。
「その様子だと待ち伏せしてたって訳でもなさそうだし、ボク達を見付けたのも偶然かな?」
やはりヒトミ=ナガセは何も答えようとしません。
その代わりと言わんばかりに彼女は右腕を真横へ伸ばしました。
外套の袖から覗く手首には、〈ブラギアの腕輪〉が付けられています。
そこに嵌め込まれている小さな青い宝石が纏めて三個砕け散りました。
「〈氷槍〉」
ヒトミ=ナガセの眼前に展開される三つの青い魔法陣。
またもやわたし達目掛けて氷の槍が撃ち出されましたが……。
「〈炎槍〉!」
「〈風撃〉!」
分かっていれば対処は難しくありません。
攻撃されることを予想していたわたしとエイルさんは密かに詠唱を終え、いつでも魔術を放てる準備をしていました。
更にわたし達だけで防ぎれなかった分は、ミシェルの〈ロッソ・フラメール〉が残らず焼き斬ってくれます。
今度も負傷者はいませんけど……。
「それが君の答えって訳?」
明確な敵対の意思を示したヒトミ=ナガセ。
彼女は使用限界を迎えた腕輪を外しながら、「……他にどうしようもないから」と小さく漏らしました。
何処か諦念めいた響きを含んだ声。何よりもその物言いは、まるで戦うことを望んでいないかのようです。
自ら王国と〈金央の瞳〉への協力を決めた〈異邦人〉は、好戦的な者ばかり―――実際タケト=ニシムラがそうでした―――と聞いていたのに。
現にヒトミ=ナガセは敵対の意思こそ示しましたが、戦意らしきものは微塵も感じられません。
「どういう、ことでしょう……?」
戸惑っているのはわたしだけではありません。
ミシェルもエイルさんもヒトミ=ナガセの真意が分からず、眉を顰めています。
アーリィさんも気付いている筈ですが、彼女はわたし達と違って特に気にした様子もなく、「この人数相手に勝てると思ってるの?」と首を傾げました。
これに対してヒトミ=ナガセは「勝てないでしょうね」とハッキリ答えました。
「勝てないと分かっているのに、貴方は戦うんですか?」
「どのみち私には他の選択肢がないもの。戦わなくても……どうせその内殺されるわ」
そう言って、ヒトミ=ナガセは視線をわたし達の後方―――ゼルジオさん達に守られているエリオルム王子の方へと向け、「そこの王子様の弟さんにね」と冷たく吐き捨てました。
微かに息を呑むような気配が後ろから伝わってきますが、今はそれよりも気に掛かることがあります。
戦わなくても殺される?
「それはいったい―――」
どういうことですかというわたしの疑問は、「グダグダとくっちゃべってんじゃねぇ!」という怒声に掻き消されてしまいました。
これまで黙っていたアウィル=ラーフが痺れを切らしたように声を上げたのです。
「そいつが何者だろうと今こうしてアタシらの前に立ち塞がっている以上は敵だ。そんな奴と呑気に喋ってんじゃねぇよ!」
言い方は乱暴ですが、発言内容は間違っていないので、わたし達は何も言い返すことが出来ません。
当のヒトミ=ナガセも「そうね、その人の言う通りよ」と再び諦念混じりの声を漏らしました。
「私達は敵同士。今更私の事情なんて気に掛ける必要ないわ」
「だったら最初から語るんじゃねぇよ。おい、ダークエルフ。とっととこの王子連れてけ。こいつが死んだら元も子もねぇんだからな」
「おや? それじゃ彼女の相手は誰がしてくれるんだい?」
「んなもん……アタシに決まってんだろうが!」
そう告げるや否や、アウィル=ラーフは身体強化を発動させて飛び出しました。
右腕を振り被り、無防備に立っているヒトミ=ナガセの顔面に拳を叩き込もうとするアウィル=ラーフでしたが、あと少しで届くと思われた時、彼女の拳は「バチッ」という音と共に不自然に弾かれました。
おそらくタケト=ニシムラも身に付けていた〈障壁〉を発生させる魔道具の効果でしょう。
「チッ」
苛立たし気に舌打ちを漏らしたアウィル=ラーフは、距離を取らずに左脚を振り上げて回し蹴りを放ちましたが、またもや届く直前で弾かれてしまいました。
それでもアウィル=ラーフは攻撃の手を緩めることなく、至近距離から打撃を放ち続けます。
全て〈障壁〉に防がれていますが、ヒトミ=ナガセも動くことが出来ません。
今の内です。
「あの女の指示に従うのは癪だが、アーリィは今の内に王太子殿下らを避難させてくれ。ヒトミ=ナガセは私達が抑える」
「あとでぇ、迎えに来てね~?」
「ユフィ―さんも皆さんと一緒に―――」
避難して下さいと言うよりも早く「わたくしが居ても邪魔になるだけですので、この場は皆様にお任せして避難致します」と常には発揮しない素早さで、エリオルム王子らの元へと向かいました。
……彼女の身を少しでも案じた自分が馬鹿みたいです。
「本当に大丈夫かい? 彼女、多分何か奥の手を隠してるよ?」
「油断ならない相手だということは分かっています」
常人を大きく上回る魔力量。
たった一人であれ程の規模の魔術を行使出来たのが何よりの証拠。
能力的にも性格的にも隙の多かったタケト=ニシムラとは比較にならない程の脅威です。
「最優先は王太子殿下の安全を確保することです。あの方が今回の要なんですから」
「そこまで言うなら任せるよ。安全な場所まで送り届けたらすぐ迎えに来るから、ちゃんと無事でいてね?」
「でしたらなるべく早くお願いしたいところですね。多分、すぐに倒しちゃうと思いますから」
待ってる間暇になってしまいますと冗談交じりに告げれば、アーリィさんはクスクスと笑い声を漏らし……。
「いいねぇ。そこまで豪語出来るなら大したもんだよ。なら勝負といこう。ボクが戻るのが先か、君達が彼女を倒すのが先か」
「望むところです」
「それじゃあ行くよ。よーい……」
―――ドン!
合図と同時にわたしとアーリィさんは、倒すべき者と守るべき者の元へ向けて駆け出しました。
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次回更新は4/15(金)頃を予定しております。




