第6話 降り注ぐ氷結
前回のお話……発砲!
(真 ゜Д゜)糞食らえ!
(ニ ゜Д゜)倫理観…
―――side:ローリエ―――
「ん-、大丈夫そうだね。上がってきていいよ」
アーリィさんの合図に従い、わたし達は梯子を登って外に出ました。
全員が外に出たのを確認した後、アーリィさんは両腕を左右に大きく広げ、僅かに弾んだ声で「王都ドレスナムへようこそ」と言いました。
「此処が王都ドレスナム……」
アーリィさんに先導される形で地下道を進んできたわたし達と王太子殿下一行は、ようやく王都へ到着しました。
そう長い時間ではありませんけど、やはり暗くて閉鎖的な空間に居たからなのか、地上の空気が妙に新鮮で美味しく感じられます。
「ふむ、やはり王都と言うだけのことはあるな」
「ええ、立派な建物が多いですし、何より明るいです」
月明りや手持ちの松明などしか光源の無かった郊外と比べて、王都の中は夜とは思えない程に明るく照らされていました。
とはいえ、それは王都の中心部に限った話。
今わたし達が居るのは王都の第三区画―――アーリィさん曰く、あまり裕福ではない方々が暮らしている区画なので、そこまで極端に明るい訳ではありませんし、どちらかと言えば古びた建物の方が目立ちます。
まあ、それでも小さな街や村に比べれば充分に明るい方なのでしょうけども……。
「ん~、何処かでぇ、喧嘩でもしてるのかな~?」
「はて、わたくしには何も聞こえませんが?」
「いえ、エイルさんの言う通りです。かなり離れてますが、争っているような音が聞こえます」
不思議そうに首を傾げるユフィ―さんでしたが、わたしの耳は確かに捉えていました。
通常の営みの中で発生する喧騒とは明らかに異なる音―――人と人とが争い合う際に発生する怒号や悲鳴を。
地上に出た段階で気付けたのは、人間よりも優れた感覚器官を有するわたしやエイルさん。あとはアーリィさんだけでしょう。
「もしやマスミ達の陽動か?」
「かもしれませんね。アーリィさんは何か聞いていませんか?」
「いやぁ、ひと暴れして兵士の目を引き付けておくとは聞いてるけど、具体的な方法までは何も。ってかこの騒ぎ、本当にマスミ達なのかな?」
「確かにぃ、凄い大人数がぁ、騒いでる感じ~?」
「やはりわたくしには何も聞こえませんが?」
「ちょっとユフィ―さんは黙ってて下さい」
微妙に話を進ませ辛いので。
「どちらにしてもこの場に留まり続けるのは得策ではありませんね」
「うむ、すぐにでも移動するべきだろう」
今はまだエリオルム王子の姿を見られる訳にいきません。
一先ず安全な場所まで移動しましょう。
そう提案しようとした時、アーリィさんが上空を見上げながら「あ、バレた」と全然緊張感のない声で不穏な発言を漏らし、僅かに遅れてバッと頭上を仰ぎ見たエイルさんが「みんな気を付けて!」と警告を飛ばしました。
異変はすぐに目に見える形―――魔法陣となって現れたのです。
突如として空中に出現した青の魔法陣。その数は五。
出現してから数秒後、全ての魔法陣から幾つもの氷の槍―――〈氷槍〉がわたし達目掛けて撃ち出されました。
魔術による迎撃は間に合わない。
何よりも数が多過ぎます。
ならば……。
「直接砕くまでです!」
わたしは即座に両腕を〈獣化〉させ、迫りくる氷の槍を全力の獣拳で殴り砕きました。
砕かれ、飛び散った氷の破片が青い魔力の粒子へと還元されていく間にも次々と〈氷槍〉が降り注いできます。
わたしは両腕に続き、両脚も〈獣化〉させて氷槍の雨を全力で迎撃しました。
勿論、迎撃に動いたのはわたしだけではありません。
「はぁぁあああッ!」
ミシェルが振るう〈ロッソ・フラメール〉。
魔力によって灼熱を帯びた赤き刃が閃き、人間大の長さを誇る氷の槍を苦もなく真っ二つにしていきます。
エイルさんに至っては、魔方陣が出現した時には既に腰の矢筒から引き抜いた特別製の矢―――〈爆裂式魔鋳矢〉を弓に番えており、〈氷槍〉が撃ち出されるのとほぼ同時に射放っていました。
一本の槍に深く突き立った鏃が爆発し、発生した爆風と衝撃が更に数本の〈氷槍〉を巻き込み、粉々に吹き飛ばしていきます。
「殿下をお守りするのだ!」
指示と同時に前に出たゼルジオさんもエリオルム王子らが居る方へ飛んでくる〈氷槍〉を防ぎ、その間にフレットさんを筆頭とした兵士の皆さんが王子を安全圏まで避難させます。
直接迎撃する手段を持たないアウィル=ラーフは、回避に専念していました。
そして誰よりも早く異変に気付いたアーリィさんは……。
「わー、危なーい。逃げろー」
びっくりする程余裕でした。
台詞とは裏腹に、彼女の声音に切羽詰まった響き―――棒読みにも程があります―――は皆無で、それどころか微妙に楽しそうな笑みを浮かべながらヒラヒラと踊るように氷槍の雨を躱しています。
本当に何者なのでしょう。
彼女に対する疑問は尽きませんけど、一先ずは味方であることを素直に喜びましょう。
ちなみにユフィ―さんはちゃっかりわたしの後ろに隠れています。
別に隠れるのは構わないんですけど、動き辛いのでもう少し離れて下さい。
そうして奮闘―――数名何もしてませんけど―――の甲斐あり、誰一人負傷することなく、全ての〈氷槍〉を迎撃することに成功しました。
大気が急激に冷やされた影響でしょうか、僅かながらも周囲には霧が立ち込めています。
こんな真似を仕出かしてくれた襲撃者の姿は……何処にも見当たりません。
「エイルさん、敵の気配は……」
「ん~? 周囲にぃ、わたし達以外の気配はぁ、感じられないの~」
わたし達の中で最も気配に敏感なエイルさんでも居場所を察知出来ないなんて。
あれだけの規模の魔術を展開出来る実力といい、これは相当厄介な相手かもしれません。
迎撃以降、姿を現すどころか、何の反応も見せない襲撃者。
相手の意図が読めないことに苛立ったミシェルが「卑怯者め! 姿を見せろ!」と声を上げますが、当然ながら何の応答もありません。
皆が焦りを覚え始める中……。
「あはは、無駄無駄。そんなこと言って馬鹿正直に出てくる奴なんか居ないって」
ただ一人、アーリィさんだけは笑みと余裕ある態度を崩すことがありませんでした。
「偉そうなことは敵を見付けてから言え!」
と噛み付くミシェルでしたが、これに対してアーリィさんは「いいよー」と軽く応じたのです。
そんな安請け合いをしないで下さいと思わずわたしまで噛み付きそうになった時、アーリィさんは自身の足元に落ちていた小さな石を拾い、顔も向けないまま、あらぬ方向―――狭い小路の方へ投擲しました。
ヒュンッと音を立てて飛んでいく石でしたが、途中で何かに当たったかのように弾かれ―――。
「痛ッ」
―――同時に女性の声が聞こえてきました。
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