第3話 廃棄された路 〜地下進行〜
前回のお話……いざ潜入
(ア ゜Д゜)ご案内しまーす
―――side:ミシェル―――
「この通路は……水路なのか?」
特に返事を期待した訳ではなかったのだが、アーリィは先頭を歩きながら、「正確には水路になる予定だったもの、かな」と答えてくれた。
「詳しいことはボクも知らないけど、この地下水路は工事の途中で計画が頓挫したんだ。今更埋め立てることも出来ずに半ば放棄されていたものを、闇ギルドが有効活用させてもらってるって訳」
ちょーっとだけ手を加えてねと最後に付け足すアーリィ。
先頭の彼女から遅れないように歩を進めつつ、目だけを動かして周囲を観察してみる。
構造こそ通常の水路と大きく変わりはないようだが、肝心の水が流れていたような痕跡は一切見当たらない。
アーリィの言う通り、完成前に放棄されたというのは事実らしい。
地下にある所為か、空気はひんやり涼しく、湿気っぽくもないので体感的にはとても過ごし易い。
とはいえそれは気温や湿度に限った話であって、好き好んでこんな所で生活したいとは思わない。
暗いし、汚いし、あと微妙に臭い。
いったいどれだけの期間、放棄されていたのだろう。
「少しは掃除くらいしたらどうだ?」
「いやいや、無茶言わないでよ。未完成とはいえ、これだけの規模の水路を掃除するだなんて、人手が幾らあったって足りないよ」
「あくまで移動用という訳か」
「そ。特に今回みたいなこっそり忍び込んだり、あるいは脱出したりする用のね」
得意気に語るアーリィだったが、あまり自慢出来るような話でもないと思う。
ちらりと後ろを見やれば、案の定ゼルジオ殿が目元を厳しくしていた。
大規模な公共工事に国が関わっていない筈がない。
どのような理由で工事が中断されたのかはさておき、この地下水路(仮)も本来なら国が所有するものであることは間違いない。
状況が状況だから口を出さないだけであって、国の所有物を不正に利用されて面白い筈もなかった。
尤もその所有物を碌に管理することなく放棄していたのも国なのだから、偉そうなことを言う権利はあるまい。
私からすればどっちもどっちだ。
それよりも……。
「アーリィ、まだまだ掛かりそうか?」
「ん? そうだね、まだ三十分以上は歩くかなぁ」
「でしたら、一度休憩を挟んだ方がいいかもしれません」
「休憩?」
ローリエの言葉に怪訝そうな表情で後ろを振り返ったアーリィだったが、「……あぁ、成程」とすぐに得心がいったように頷いた。
ゼルジオ殿やフレット殿らに疲弊した様子は見られないものの、彼らに守られながら進むエリオルム王子だけは完全に息が上がっていた。
端正な顔には玉の汗を浮かべ、その足取りは今にも倒れそうな程に力の無いものだった。
どうやら華奢な体躯相応の体力しか持ち合わせていないらしい。
兵士に背中を支えられながら歩く王子の姿を見て、アーリィは軽く息を吐いた後、「五分……いや十分休憩しようか」と言って、その場にどっかりと腰を下ろした。
私達も彼女に倣って―――抵抗はあったものの―――床に腰を下ろし、各々休憩の体勢を取った。
エリオルム王子だけは兵士の一人が床に敷いた布の上に座り、というか崩れ落ちた。
「ユフィーよりも体力がないのではないか?」
「そんなに褒められると照れてしまいます」
「褒めてない」
お前も人並み以下の体力しかないだろうが。
その事実を恥じることもなく、ケロッとした態度で水を飲んでいるユフィー。
相変わらず神経だけは人並み外れて図太いな。
「アーリィさんはぁ、どうして闇ギルドに居るの〜?」
「長生きしてると色々あってねぇ。君は……もしかしてハーフかい?」
「分かる〜?」
「なんとなくだけどね」
エイルは如何にも興味津々といった様子で、アーリィに話し掛けている。
やはり自分に近しい種族のことは気になるのだろうか。
それにしても長生きとは言うが、アーリィの実年齢はいったい幾つなのだろう?
「あのぉ、アーリィさん。差し支えなければ年齢をお聞きしても?」
「ん? 別に隠すようなことでもないからいいけど。えっと……確か今年で三百と十一だったかな」
「さん……!?」
「三百十一歳!?」
驚愕の声を上げる私とローリエとは対照的にエイルは「わ~、長生き~」と呑気な感想を口にした。
長命種族の外見と実年齢が一致しないのはよくある話だが、まさか三百歳越えとは……。
少なくとも外見だけで判断するなら、二十歳前後にしか見えない。
「ま、実際は言う程長生きでもないんだけどねぇ」
「いや、私達からすれば充分過ぎる程に長生きなのだが……」
「人間からすればそうかもね。でも長命種族の中では、これでもまだまだ若輩者さ」
あと二百年も生きたら年齢的には一人前かなぁと言って、アーリィは肩を竦めた。
五百歳でようやく一人前。
気の遠くなる―――そもそも人間はそんなに生きられない―――ような話だ。
「元々、ボクは一族の中でも変わり者でね。子供の頃から里の生活に馴染めなかったんだぁ。ずーっと窮屈で、何より退屈で仕方なかった。だから思い切って里を飛び出したんだよ」
「それってぇ、幾つの頃〜?」
「んー、まだボクが二百歳にもなってない時だったかなぁ」
「二百歳で家出……」
いい加減、年齢に関する感覚がおかしくなってきた。
自らの生まれ故郷を飛び出した後、アーリィは何処かに定住することなく、風のようにフラフラと各地を彷徨ったそうだ。
生来の性分によるものか、長い間一所に留まる―――最長で一年保たなかった―――ことが出来なかったらしい。
百年を超える放浪生活……駄目だ。全く想像が付かない。
「あ、でも今回初めて一年超えたかも。新記録樹立だね」
「それは……やはり違法召喚の件があったからですか?」
「そうだねぇ。ボクには本来関係のない話なんだけど、この国の行末? みたいなものが気になってね。また移動するにしても、事の顛末を見届けてからにしようかなって」
「……待った甲斐はあったのか?」
「勿論さ。おかげでマスミや君達みたいに面白い子達と出会えたし、もうすぐその顛末とやらも見られそうだからね」
そう言って笑みを浮かべたアーリィは、おもむろに首を巡らせると「何か言いたいことでもあるのかな?」と訊ねた。
その視線の先に居るのは、地下に降りてから一度も口を開くことのなかったアウィル=ラーフ。
一人離れた場所に立つアウィル=ラーフは、「……別に」とだけ答えてそっぽを向いた。
ベールの所為で表情を窺い知ることは出来ないものの、何処か居心地が悪そうに見えるのは私だけだろうか?
「そんな如何にも何か言いたそうな雰囲気なのに、別にって言われてもねぇ。そんなにボクのことが気になる?」
「ほっとけ。テメェには関係のねぇ話だ」
「ふぅん。まぁ、気になるのも当然かもね。だって君―――」
「余計なことを喋るんじゃねぇ……!」
居心地悪そうだった態度を一転させ、怒気を含んだ声を上げるアウィル=ラーフ。
私達と口喧嘩をしていた時とは比較にならない本気の怒り。
それをぶつけられてもアーリィは涼しい顔を崩さず、それどころか「失礼しましたぁ」と言って、小さく舌を出した。
そんなアーリィの態度にアウィル=ラーフは苛立たし気に舌打ちをし、再びそっぽを向いてしまった。
この二人の間には何かあるのだろうか?
気にはなったものの、とても訊ねられるような雰囲気ではなかったので、質問するのは止めておいた。
そうしている内に十分経過したのか、「さて、そろそろ行こうか」と言ってアーリィが腰を上げたので、私達も彼女に倣って立ち上がる。
少し遅れてエリオルム王子もゆっくりと立ち上がった。
呼吸は落ち着いたようだが、その表情からは疲労の色が濃く出ており、フレット殿を始めとした兵士達は心配そうに主を見詰めていた。
全員が立ち上がるのを確認したアーリィは、特に号令を掛けることもなく、さっさと歩き出してしまったので、私達も遅れないように付いて行く。
行進を再開してから数分と経たない内に、またもやエリオルム王子の呼吸が乱れ始めた。
あの様子では、また何処かで休憩を挟む必要があるやもしれん。
地下水路を抜けるにはまだまだ時間が掛かりそうだと、私は内心で嘆息した。
「この水路は王都のどの辺りまで続いてるんですか?」
「王城近くまで通じてれば楽だったんだけど、流石にそこまでは伸びてないから、今目指してるのは第三区画……一般層や貧民が住んでる区画だね。その中でもかなり人目に付かない場所に設置された出口だよ。警邏の兵士も滅多に来ないし、何より今はそれどころじゃないだろうしね」
「それどころじゃないってぇ、どういうこと~?」
「聞いてないの? 今頃、地上ではマスミ達が陽動として一暴れしてる筈だよ」
「マスミ……」
おそらく、私達の王都潜入が妨害されないようにするためだろう。
無茶をしてほしくないが、私達……というよりもエリオルム王子が王都に辿り着けなければ、作戦は根底から崩れてしまうのだ。
きっと彼は無茶をしてしまうし、私達にそれを止める術はない。
ならば今出来ることは……。
「アーリィ、可能な限り迅速に案内を頼む」
「焦りは禁物だよ?」
「言われるまでもない」
今すぐ駆け出したいのが本音だが、先走ったところで意味はない。
マスミよ、私達が合流するまでどうか無事でいてくれ。
私逸る気持ちを懸命に抑えると同時に自らの内―――心中で燃えている火に薪を焚べた。
合流したその瞬間、抑え込んでいた力を爆発させ、大暴れ出来るように、私は薪を焚べ続けた。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3/25(金)頃を予定しております。




