第38話 異世界文通
前回のお話……真澄からのお便り&ローリエの勝利
(ロ ゜Д゜)……(天に向かって拳を突き上げている)
(ア ゜Д゜)キュー
(エ ゜Д゜)……なにこれ?
安藤さんの手紙が届いた日から数えて三日。
俺と安藤さんは〈金央の瞳〉や城の連中に気付かれないように夜な夜なひっそりと情報交換を続けた。
方法は初日と同じ伝書鳩ならぬ伝書梟を通じての手紙の交換―――所謂、文通である。
野郎同士なので甘酸っぱさなど皆無だが、一応文通である。
「人生初めての文通相手が男か……」
『ただの情報交換じゃろ?』
情報交換をしている中で、安藤さんの特殊能力―――〈顕能〉についても教えてもらった。
アーリィから聞いていた通り、安藤さんには動物を操る力があるようなのだが、どうも色々と制限も多いらしい。
まず操ることが出来るのは普通―――異世界基準―――の動物だけで、魔物を操ったりすることは出来ない。
操るといっても動物を意のままに動かせる訳ではなく、大雑把に彼処へ行ってほしい、あの人の後を付けてほしいといった意思を伝え、動物達がそれに応じるという伝達式になっているそうだ。
共有出来るのは視覚のみで、聴覚や嗅覚など他の感覚器官を共有することは出来ず、また共有中は自分の視覚が完全にカットされるため、安全な場所以外での発動はかなりの危険を伴う。
―――頑張れば二体までは操れますけど、長時間は無理です。
二体分の視覚を同時に共有した場合、視界が左右に二分割されてしまうらしい。
テレビの二分割画面を眺めるのとは訳が違う。
何しろ分割されているのは自分自身の視界なのだ。
左右で全く異なる映像が見えてきたら、普通は混乱するだろう。
俺ならきっと脳の処理が追い付かない。
短時間とはいえ二分割に対応出来る安藤さんって、実は結構凄い人なのでは?
「ちょっと勿体無いですね。せめて聴覚も使えれば、盗聴なんかも出来たでしょうに」
「まぁ、確かにそうかもしれんけど、なんでもかんでも共有出来ちゃったら、エラいことになってたと思うぞ?」
もし視覚のみではなく、他の感覚器官まで共有出来た場合に何が起こるのか。
例えばジェイム=ラーフが言うように聴覚の共有も出来たとしよう。
人間と同じ程度の聴力を有する動物なら何の問題もないだろうけど、人間以上の音域や周波数を捉えることが可能であり、且つ遠くの音まで聞き取れるような動物と感覚を共有してしまったら?
本来なら知覚出来ない筈の音を拾っているのだから、単なる雑音や騒音による不快感とは別種の苦痛や混乱に見舞われるやもしれない。
これが嗅覚だとしたら、人間ならちょっと臭い程度で済むようなものが、恐ろしい程の悪臭に感じてしまうかもしれない。
「これでもし触覚まで共有出来たらどうなると思う?」
「成程。使役している動物が怪我をすれば、その痛みは術者本人にも伝わってしまう。万が一、死亡なんてしたら……」
「そういうこと。下手すりゃ本人がショック死する可能性だってある訳だし、多分これで正解なんだよ」
実際、視覚の共有だけでも充分優秀な能力である。
監視・追跡・索敵・連絡なんでもござれ……と手紙に書いてみたら、安藤さんからは逆に俺の空間収納や魔力弾を羨ましがられた。
曰く、直接戦闘や日常生活に役立つ能力が欲しかったとのこと。
「俺からすれば、安藤さんの〈顕能〉も羨ましいけど」
「安全圏から色々出来ますもんね」
日常生活はともかく、戦闘に関しては単純に強い動物を操ればいいだけだと思う。
俺はまだ見たことないけど、この世界には魔物と一対一を張れる動物も存在しているらしいし、ネーテの森で出会った霊獣のサングリエも元は普通の猪だったという話だ。
こういうのも隣の芝生は青く見えるって言うのかね?
斯様なコミュニケーションを交えつつ、俺と安藤さんとの情報交換は続けられたのだ。
そしてつい昨日、安藤さんにお願いして、キャンプ地で待機中の女性陣に手紙を届けてもらった。
早ければ今日か明日にでも、エリオルム王子らを連れてキャンプを出発するかもしれない。
潜入の手筈については、またもや闇ギルド―――アーリィの力を借りることとなった。
「早速のご指名ありがとねぇ。この間は沢山貰っちゃったから、色々とサービスするよ?」
と相変わらずの踊り子衣装でアーリィは快諾してくれたのだが、彼女の口から指名とかサービスとか聞くと妙に卑猥に聞こえてしまうのは何故だろう。
闇ギルド自体の雰囲気も相まってか、十八歳未満はご利用禁止のお店に来てしまったのではないかと錯覚しそうになる。
「これはアレか? 俺の心がそれだけ穢れているということになるのか?」
『知らんわ。馬鹿者』
「別にボクは構わないけど、高いよ?」
「ふむ、具体的にお幾らで―――」
『皆に報告せねば』
「止めて下さい冗談です本気で殺されてしまいます羊羹上げるからどうかそれだけは勘弁してぇ!」
初めてニースに土下座った瞬間である。
ちなみにこの後、本当に羊羹を要求された。それも三本。
それは流石に強請り過ぎではなかろうかとやんわり伝えてみたのだが、『言うぞ?』と脅されては逆らうことも出来なかった。
ちゃんとアーリィからのお誘いも丁重―――断腸の思いで―――にお断りさせてもらった。
当のアーリィは「ありゃりゃ、フラれちゃったぁ」と何が面白いのか、一人でケラケラと笑っていた。
「やはり彼女は小悪魔だ」
「小悪魔? そんな悪魔は聞いたことがありませんけど」
俺の独り言に反応したジェイム=ラーフが、見当違いの疑問を抱いている。
どうやら異世界に小悪魔という概念は存在しないらしい。
リアル悪魔が襲ってくる世界だから仕方ないのかもしれんけど。
「いいか? 小悪魔というのはだな―――」
ジェイム=ラーフに小悪魔の意味について説明している途中、「只今戻りました」と外出していたロアナが帰って来た。
「おかえり。買えた?」
「凡そ必要な物は揃いました。すぐにでも取り掛かります」
「頼むわ。それじゃ俺は、安藤さんに渡すお手紙を書くとしますかね」
「今度は何を仕出かすつもりなんですか?」
なんだか言い方に悪意を感じるけど、まあいいか。
紙とペンを用意しつつ……。
「後発組が王都に到着するまで、まだ何日かは掛かるだろうしな。その間にもう一働きしておこうかと思ってね」
「お嬢さん方と合流するまで大人しく待つという選択はないんですね」
「ない」
万全を期すのなら、仲間達との合流を待つべきだ。
だが安藤さんから提供された情報で俺も考えを改めた。
暗躍する〈金央の瞳〉とその幹部エルビラ=グシオム。
密かに続けられている召喚と〈異邦人〉達の行方。
今、この国に蔓延している悪意の根は、俺が想像するよりも遥かに深いのではないか、と。
「一刻の猶予もない……ってのは言い過ぎかもしれんけど、それくらい余裕はないんだって考えといた方が良いと思う。実際、時間が経って困るのは相手じゃなくて俺達の方だからな」
「そう言われると確かにそうですね。我々の合流を相手は待ってくれませんからね。その間に目的を達成されては元も子もない」
「そういうこった。とはいえ今の面子だけで出来ることは限られてるから、一先ずは敵の戦力を少しでも削るとしよう」
「戦力……兵舎でも襲撃するんですか?」
「いや、やるならもうちょい大物だな。まずは―――」
―――日本人の恥を雪ぐ。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2/15(火)頃を予定しております。




