第37話 その頃のキャンプ地 〜エイル〜
前回のお話……ローリエVSアウィル=ラーフ
(ロ ゜Д゜)阿婆擦れ!
(ア ゜Д゜)犬っころ!
―――side:エイル―――
「ローリエちゃん、鍋……」
と呼び掛けてはみたけど、残念ながらローリエちゃんの耳には届かなかったようなの。
アウィル=ラーフに犬っころ呼ばわりされて激怒したローリエちゃんはそれどころじゃなさそうなの。
煮立ったシチューが、今にも鍋から吹きこぼれそう。
しょうがないから自分でやるの。
「よいしょ〜」
火に掛けられたままだった鍋を退かしても、子供みたいな喧嘩に夢中な二人は気付きもしないの。
土や砂が入っても困るし、もうちょっと遠ざけておくの。
「はぁ……」
鍋を安全圏まで移動させた途端、勝手に溜め息が漏れてしまったの。
今日だけでもう何度目だろ。
十回目を超えてからは数えるのを止めちゃったの。
溜め息の原因だけははっきりしてるんだけど……。
「マスミくん、何してるかな〜」
マスミくんが出立してから早数日。
わたしの忍耐はとっくに限界を迎えていたの。
たった数日だけでって思われるかもしれないけど、わたしにとっては耐え難い程に苦しい数日だったの。
現にこうして耐えられなかったの。
元々、自他共に認める寂しがり屋ではあったけど、以前にエルベの街でプロポーズみたいな告白やキス―――我ながら大胆だったの―――をマスミくんにしてからというもの、どうやら更に悪化してしまったようなの。
良くないことだって分かってるけど、完全に彼に依存しちゃってる。
人恋しさならぬ、マスミくん恋しさが末期なの。
「寂しいの〜」
マスミくんに会えなくて寂しいのはみんな一緒。
我慢しているのは自分だけじゃないって分かっていた筈なのに……わたしはそれを口に出してしまったの。
今みたいに寂しい、と。
その結果、わたしだけではなく、抑え込んでいたみんなの気持ちまでもが溢れ出してしまったの。
わたしの所為で、みんながギクシャクしている。
みんなに迷惑を掛けてしまったのが申し訳なくて、とても辛いの。
「マスミくぅん……」
わたし、すっかりマスミくんが傍に居ないと駄目な子になっちゃたよぉ。早く帰ってきてよぉ。
……こんな風になるくらいだったら、無理にでも一緒に行けばよかったの。
「弓もピッカピカなの~」
少しは寂しさが紛れるかと思って、普段以上に弓の手入れをしていたんだけど、寂しさはちっとも紛れない上にやり過ぎて完成したての頃よりも綺麗になっちゃったの。あと流石に飽きたの。
でも他にやることもないし……。
ミシェルちゃんはずっと訓練してるし、ユフィーちゃんはボーッとしてるし、ローリエちゃんはまだ喧嘩してるし。
ちなみにちょっと目を離している隙にローリエちゃんとアウィル=ラーフの喧嘩は、引っ張ったり引っ掻いたりするような子供染みたものから、全力の取っ組み合いに発展していたの。
どちらも相手の背後を取ろうと必死だけど、ローリエちゃんの方が優勢かな。
技術はほぼ互角なんだけど、人間と獣人では素の身体能力に差があるから、アウィル=ラーフには分の悪い勝負なの。
でも関係ないの。
むしろやられちゃえばいいの。
以前、彼女の所為でマスミくんは大怪我を負ったの。死に掛けたの。許されることではないの。
故にこれは正当な報復なの。
頑張れローリエちゃん。
なんて感じで密かに声援を送りつつ、ふと空を見上げてみると、一羽の鳥が飛んでいるのに気付いたの。
「ん〜?」
わたしの目で辛うじて捉えることが出来るくらいだから、他の人じゃ気付けなかったかもしれないの。
何かを探すようにキャンプ地の上空を旋回している小さな鳥。
距離がある所為で分かり辛いけど、その鳥の姿には見覚えがあったの。
山奥を主な生息地とするルマと呼ばれる大人しい小型の鳥類。
その体躯に反して、一日中空を飛んでいられる程の体力を持っているのが特徴。
臆病な性格をしているから、滅多に住処を離れることはない筈なんだけど。
「珍しいの〜」
しばらく眺めている内に、ルマは旋回を続けながら少しずつ高度を下げていき……。
「こっち~?」
途中から旋回を止めたルマは、何故かわたしの方に向かって飛んできたの。
ルマ自体に戦うような力は無いし、敵意みたいなものも感じられないから大丈夫だとは思うけど、いきなり襲われたりしないよね?
特に警戒することもなく待っていると、程無くルマは近くまでやって来たの。
わたしの目線よりも少し高い位置で浮遊するルマ。小さな羽がパタパタと可愛らしいの。
「わたしにぃ、何かご用ですか~?」
と声に出してみたけど、当然返事なんてなく、ルマは無言でパタパタしているだけなの。
ずっと羽ばたいているのも疲れるかなぁと思って、そっと指を差し出すと、ルマは特に躊躇うことなく、わたしの指に止まってきたの。
人懐っこい。やっぱり可愛いの。
ほんのちょっぴりだけど、寂しさも癒やされた気がするの。
「貴方はぁ、何処から来たのかな〜?」
わたしの指を止まり木代わりにしているルマを相手に一方的な会話をしていた時、ルマの首に細い紐が巻かれているのに気付いたの。
そこには小さく折り畳まれた一枚の紙が挟まれていたの。
「もしかしてぇ、これを届けに来てくれたの~?」
一応の確認をしつつ、挟まれていた紙を慎重に抜き取ってみたけど、ルマが抵抗することはなかったの。
指にルマを止まらせたまま、空いているもう片方の手で紙を開いていくと、そこにはこう書かれていたの。
親愛なるパーティメンバー諸君へ。
俺が居なくても元気にやってるかな?
アウィル=ラーフと喧嘩なんてしてないよな?
うん、無理だな。きっと喧嘩してるに決まってるよな。
気持ちは痛い程理解出来るけど、一応今は共闘関係にあるから程々にしておくように。
前置きはこれくらいにして、本題に入ろうか。
ちょっと時間は掛かったけど、王都に潜入するための手筈が整ったんで、準備が出来たら王太子一行も連れて出発してほしい。
詳しい方法については、追って連絡する。
目の前のルマはそのための伝令役だから、こいつに返事を持たせてくれ。
あと俺は元気です。
なので心配ご無用……と言っても、きっとみんなのことだから心配してるよな。
でも今のところは敵に追われたりしてないし、いざという時に身を隠せる場所もあるから安心してくれ。
なるべく早い合流を期待してるよ。
マスミ=フカミより。
「マスミくん……!」
ルマが届けてくれたのは、マスミくんがわたし達に宛てて書いた手紙。
わたし達全員が待ち望んでいたもの。
正直、王都潜入の手筈なんて二の次なの。
マスミくんが無事で居てくれたこと。
そしてようやく会いに行けることが何よりも嬉しいの。
「こうしちゃいられないの!」
早くみんなに伝えて、今日にでも出発しないと。
ローリエちゃんと呼び掛けながら、後ろを振り返った瞬間―――。
「わぁぅぁぁあああああッ!」
「のぁぁぉあああああッ!?」
―――背後からアウィル=ラーフの腰に両腕を回したローリエちゃんが大きく身を反らし、持ち上げた相手の身体を地面に投げ落としたの。
ズンッというお腹の底にまで響きそうな重苦しい音。
舞い上がる土埃。
一瞬だけど地面も揺れたの。
「凄いものを見てしまったの」
アレ知ってる。
前にマスミくんが話してくれたプロレスって競技で使われる技の一つ。
確かバックドロップとかいう技なの。
ローリエちゃんのバックドロップをもろに喰らったアウィル=ラーフは、地面の上で引っ繰り返ったまま動かないの。
ピクピクと痙攣してるから、多分生きてはいるの。
あとパンツ丸見えなの。
そして何故か無言で立ち上がったかと思うと、徐に天に向けて拳を突き上げるローリエちゃん。
そんな彼女の姿を見て、これまた何故かわたしの頭の中では、カンカンカーンという甲高いゴングの音が鳴り響いてきたの。
「……なにこれ?」
思わず口をついて出た疑問に答えてくれる人は誰も居なくて、わたしの指に止まったままのルマは、自分には関係ないと言わんばかりに羽繕いをし始めたの。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2/10(木)頃を予定しております。




