第34話 深夜の来訪者 〜ルマ〜
前回のお話……監視者に対して
(真 ゜Д゜)やってみよう
(ジ ゜Д゜)何するの?
深夜。草木も眠る丑三つ時。
多くの人が眠りにつき、街の灯りもほとんど消えている。
そんな時刻になっても、俺はまだ起きていた。
「ふぁぁぁ……ねっむ」
最早、何度目になるかも分からない欠伸をした後、目尻に浮いた涙を指で拭った。
他のベッドではジェイム=ラーフ―――寝る時ですらフードを被ったまま―――とロアナが眠っている。
ニースとレイヴンくんも枕元で一緒に寝ているため、起きているのは俺一人だけだ。
別に好き好んで起きている訳ではなく、野営の時と同じように交代で夜番をしているのだ。
宿内とはいえ、此処は敵地の真っ只中。警戒を怠る訳にはいかない。
それとは別の目的もあるのだが……。
「こりゃ当てが外れたかなぁ」
それなりに勝算はあったつもりなのだが、どうやら俺の目論見は外れてしまったらしい。
まぁ、実際博打的な要素が強かったので、外れても仕方がないとは思っていたけど……。
いざ本当に外れると、やはりそれなりにショックである。
「うーん、どうしたもんかねぇ」
眠い目を擦りながら、次なる策について思考を巡らせようとした時……。
―――コンコン。
何かを軽く叩くような音が聞こえてきた。
まるで入室の許可を求めて扉をノックしているような音とリズムだが、聞こえてきたのは扉とは反対側―――窓の方からだった。
流石は王都のホテルと言うべきなのか。
嵌め込まれているのは、態々開放せずとも外の町並みを眺められる程に透明度の高い窓ガラスであり、現在は遮光と覗き防止のために引かれたカーテンによって隠されている。
「うるさいですねぇ」
「何者ですか?」
「さてねぇ。招かれざる客なのか、そうじゃないのか」
先程まで眠っていた筈のジェイム=ラーフとロアナも物音に反応してすぐに目を覚ました。
その声からは眠気など微塵も感じられなかった。
落ち着いた色合いのカーテンの向こう側からは、今も控えめなノックが断続的に続いている。
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るかってな」
ベッドから降りて、殊更慎重な足取りで窓の方に接近する。
途中、目を覚ましたレイヴンくんがゆっくり飛んできて、定位置たる肩の上に止まった。
割りと気配に敏感なレイヴンくんが大人しくしているので、少なくとも相手に敵意は無さそうだが、念のためにナイフだけは握っておく。
空いている手でカーテンを掴み、一呼吸置いた後、意を決して開ける。
果たしてそこにいた者の正体は……。
「……梟?」
鋭い爪と嘴を有し、他の動物を捕食する習性のある鳥類―――猛禽類の一種たる梟が窓のすぐ傍に居たのだ。
丸みを帯びた大きな頭とお面のように平たい顔。
人間と同じように顔の正面に並んだ二つの瞳。
全身を黒褐色の柔かそうな羽毛に覆われ、何処かずんぐりしているように見える体型は、鷹や鷲といった多くの猛禽類に抱く力強さや高貴さよりも、独特な可愛らしさを感じさせた。
羽角―――頭の上に突き出た耳のように見える羽毛―――はなく、頭頂部に一枚だけ赤褐色の冠羽が生えている。
「ちっちゃくね?」
これがまた驚く程に小さかった。
地球における世界最小の梟はサボテンフクロウと呼ばれるものだが、多分あれよりも小さい。
よくある缶コーヒーのショート缶―――約190ミリリットル―――と同程度のサイズなのである。
その体躯に見合った小さな羽をパタパタさせ、器用に空中に留まりながら、やはり小さな嘴でコンコンと窓を叩いている。
普通に可愛い。ただの愛玩動物にしか見えない。
「ルマですか。珍しいですね?」
「それはこいつの名前か?」
「ええ、ルマと呼ばれる小型の鳥です。見た目は頼り無いですけど、夜目は利きますし、餌さえ充分に食べていれば、丸一日だって飛んでいられるくらいの体力が有るんですよ。山奥から人里に降りてくることなんて滅多にないんですけど……」
「成程ねぇ」
梟改めルマは、未だにパタパタ飛んでいる。
人里に降りてくることすら稀な筈のルマが逃げることもなく、こうして留まり続けている理由とは……間違いなく俺達が目的だよなぁ。
「中に入れても大丈夫かね?」
「見た目通りの力しかありませんから、仮に暴れられても問題ありませんよ」
ならば遠慮なくと窓を開けてやれば、ルマは存外機敏な動きで開いた隙間から室内に入ってきた。
なんとなく掌を上に向けて差し出したところ、特に警戒することもなく、ルマはちょこんと俺の掌の上に乗った。
「随分懐かれてますね」
「ってか人に慣れてる?」
ルマは俺の顔を見上げながら左右に首を傾げた後、掌の上に乗ったまま羽繕いをし始めた。
実にふてぶてしい。そしてやはり可愛い。
そんなルマの姿に対抗心を刺激されたのか、レイヴンくんが威嚇するようにガチガチと大顎を鳴らし出した。どうどう、落ち着きなさい。
そうして一頻り羽繕いをした後、ルマは思い出したように身を反らし、自らの首元を晒してきた。
半ば羽毛に埋もれて分かり難いものの、よく見ればルマの首には紐が巻かれており、そこには小さく折り畳まれた一枚の紙が挟まっていた。
「これ……!?」
挟まっていた紙は、明らかにこの世界の物ではなく、地球において広く普及しているノート用紙―――ルーズリーフだった。
逸る気持ちを抑えながら、折り畳まれたルーズリーフを抜き取り、ゆっくりと開いていく。
ジェイム=ラーフとロアナも俺の左右に並び、開かれたルーズリーフを確認するも……。
「これは……なんて書いてあるんですか?」
「何かの暗号でしょうか?」
そこに記されていたものを目にした二人は、戸惑いの声を上げるばかりだったが、俺は逆に興奮の所為で、手の震えを抑えることが出来なかった。
二人が読めないのも当然だ。
ルーズリーフに記されていたのは、この世界の言語ではなかった。
だが俺にとっては最も慣れ親しんだ文字の羅列。
「日本語だ」
「ニホンゴ? 聞いたことがありませんね」
「そりゃそうだ。何しろこの世界で使われてる言語じゃないからな」
左右から僅かに驚くような気配が伝わってきたものの、構わずルーズリーフに目を通す。
そこにはこう書かれていた。
―――深見真澄殿。
―――初めまして、私は安藤隆弘。
―――貴方と同じ日本人です。
アンドウタカヒロ改め安藤隆弘が俺宛てに書いた手紙。
監視していた張本人からの接触。
それは俺の思い付きが成功したことの証であった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1/25(火)頃を予定しております。




