第33話 見えない意図 ~監視の目~
前回のお話……アーリィとのトークは続く
(ア ゜Д゜)監視されてるよ
(真 ゜Д゜)なぬ?
「どう思う。アーリィの言ってたこと?」
「あそこで嘘を吐く理由もないでしょうから、まず事実と考えていいと思いますよ」
「だよなぁ。あー、面倒臭ぇ」
と言って、背中からベッドに倒れ込んだ。
ボフッとマットレスに身が沈み、木製のベッドからはキシキシと微かに軋むような音が聞こえてきた。
寝心地は悪くなさそうだな。
眠るような気分じゃないけど……。
「監視されてる、か」
「あくまでも可能性ですけどね」
「可能性が有るってだけで充分さ」
楽観視するのは危険だ。
常に最悪の場合を―――間違いなく監視の目はあると想定しておくべきだろう。
「申し訳ございません。私が監視に気付いていれば……」
「いや、これに関してはどうしようもないさ。気付けったって土台無理な話よ」
悔いるように眉を顰めるロアナを慰めつつ、俺はアーリィに言われたことを思い返していた。
―――
――――――
「あぁ、言い忘れてたけど、君達監視されてるよ。多分」
「……監視されてんの?」
咄嗟に理解が及ばず、オウム返しに訊ねる俺を見て、アーリィはコクリと頷いた。
これにロアナが反論する。
「有り得ません。出立の際も移動中も細心の注意を払い、尾行や監視が無いことは確認しております。王都に到着して以降も同様です」
「うん、別に君の能力を疑ってる訳じゃないよ。というか、そもそも気付けなくて当然だと思うから」
発言の意味が分からず、首を傾げる俺に向けて、アーリィはまたも右手の人差し指をピンと立て、「順を追って説明するね」と話してくれた。
「数日前、避難民の居るキャンプ地が襲撃された。君達は襲撃者である〈異邦人〉の一人と戦ったと思うんだけど、実はこの時に遠くから様子を監視している奴が居たんだ」
「それは……アーリィとは別に?」
「うん。監視していたのは、君達が戦ったのとは別の〈異邦人〉で、どうやら動物を操る能力が有るみたいなんだ。しかもその操っている動物と視覚を共有することが出来るっていうオマケ付き。ここまで言えば、あとは分かるんじゃない?」
「遠くから配下の動物に監視させて、俺達の存在を知ったって訳か」
「そ。明らかに不自然に飛んでいる鳥の姿があったから、きっと監視してるんだろうなぁって思ったの。ボクが見たのはその時だけだけど、多分今も監視は続いてると思うよ」
成程。確かにそれでは気付き様もあるまい。
ロアナがどれだけ注意を払おうとも、感知出来る場所や距離には限度があるのだ。
人間よりも遥かに遠くを見通すことが出来る動物の目が相手では、そもそも勝負にならない。
「ってことは、俺達が闇ギルドに居ることもバレてる?」
「いや、そこは大丈夫だと思う。知っての通り、この辺り一帯には色々と仕掛けが施されてるからね。鍵を手に入れるか、高位の術者でもない限り解除される心配はまず無いよ。まぁ、流石に王都入りしてるのはバレてると思うけど」
「その監視していた奴が誰かってのは分かる?」
「タカヒロ=アンドウ」
俺からの質問に間髪入れずに答えたアーリィは、最後に「多分、マスミと同じくらいの年齢じゃないかな?」と付け足した。
――――――
―――
そうしてまた幾つか質問をした後、俺達はアーリィに礼を告げ、情報提供に関する代金を支払った。
闇ギルドの相場など分からなかった俺は、思い切って金貨を差し出してみた。
パチッと音を立ててテーブルの上に置かれた一枚の金貨を見たアーリィは、「わぁお、太っ腹だねぇ」と口笛を吹いた。
どうやら払い過ぎたようだが、今更引っ込める訳にもいかないし、彼女の提供してくれた情報が価千金に相応しいのも事実だ。
「先行投資とでも思ってくれ。アーリィにはまだまだ世話になると思うからな」
「うんうん、こういう時に躊躇無くポンとお金を出せる男の人って格好良いと思うよ。それにやっぱり褒められるとこっちも悪い気はしないから、やる気も出るってもんだよねぇ」
闇ギルドを後にする際、今後ともご贔屓にしてねぇとホクホク顔のアーリィに見送られた。
ちなみにこの時、マスターから「またのご利用をお待ちしております」と客の証であるコインを返却された。
利用客として正式に認められたという認識でいいのだろうか?
というかコインは使い回しても問題ないのか?
まぁ、どのみちまた来ることになるだろうから、有り難く受け取っておくけど。
闇ギルドを出た後は、再び王都の地理を把握しているロアナに比較的セキュリティ面がしっかりしていそうな宿―――最早ちょっとしたホテルだった―――まで案内してもらい、三人で泊まれる大部屋を借りた。
普段なら男女で別の部屋を取るところだが、今は可能な限り別行動は控えるべきと判断したのだ。
ロアナも納得してくれている。
そして三人とも旅装―――ジェイム=ラーフだけは室内でもフードを被ったまま―――を解き、アーリィから提供された情報の整理をしていたのだが……。
「実際問題、監視を振り切るってのは……厳しいだろうな」
「闇ギルドにも施されていた隠蔽系の術でも使えれば、話は別なんでしょうけどねぇ」
「そんな都合の良い魔述巻物って無いの?」
「持ってたらとっくに使ってますよ」
「それもそうか。ロアナの方は?」
「街中であれば、上空からの監視を振り切るのも決して不可能ではないと思われます。ですが……」
言外にそれ以外の監視を振り切るのは難しいと告げるロアナ。
確かに建物の死角を利用すれば、上空からの監視を逃れることは可能かもしれないけど、それはあくまで監視が上空からのみだった場合の話だ。
タカヒロ=アンドウ―――アンドウタカヒロは動物を操り、その視覚を共有することが出来る。
西村竹人との戦闘を監視していたのは鳥だったとアーリィは言っていたけど、何も操れるのが鳥類だけとは限らないのだ。
例えば俺達よりも足が速く、小回りも利くような小動物を監視に付けられてしまったら、振り切るどころか発見すら困難になる。
しかもそれが一匹じゃなかったら?
既に複数の動物達による監視網を敷かれているとしたら?
「……手詰まりか」
「タカヒロ=アンドウでしたか。その者を倒せば監視の目は無くなるんでしょうけど」
「どうせ察知されて逃げられるのがオチさ。それよりも……」
「? 何か他に気になることでもお有りですか?」
「気になるってか、分からないってか」
曖昧な発言にジェイム=ラーフは小首を傾げ、ロアナは怪訝そうに目を細めた。
そう、俺にはどうしても分からないことがあった。
それはアンドウタカヒロの意図である。
「西村との戦闘を見てたんだったら、俺達が王国や〈金央の瞳〉に敵対してることは知ってる筈だ。なのに兵士の一人すら宿まで押し入って来やしねぇ」
「確かに監視を継続しているのであれば、我々の居場所は把握している筈ですね」
「わざと泳がせてるって可能性も有るけど、そんなことをするメリットが向こうにあるとは思えない。何しろアーリィが教えてくれなきゃ、俺達は監視の目があることにも気付けなかったんだから」
奇襲し放題という相手にとって絶対有利な状況の中、態々泳がせておく必要など無い筈だ。
なのにこうして宿に入ってから既に二時間以上は経過しているにも関わらず、襲撃も接触もない。
明らかに不自然。
だからこそアンドウタカヒロの意図が読めないのだ。
「〈金央の瞳〉に協力してるんじゃないのか? じゃあ何のために監視を……」
「何か別の目的でもあるんですかね?」
「それが分かりゃ苦労はせんよ」
再びベッドの上に寝転びながら考えてみる。
別の目的。
もしも本当に〈金央の瞳〉とは別の思惑が安藤隆弘にあるとしたら……。
「試してみる価値はあるのかねぇ」
「何か思い付いたんですか?」
「ほとんど博打みたいなもんだけどな。上手くいけば御の字。失敗したら……とっ捕まるかもなぁ」
取り敢えず逃げる準備だけはしておいてくれと前置きしつつ、俺は博打紛いの思い付きに関して二人に説明した。
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次回更新は1/20(木)頃を予定しております。




