第30話 観察と小悪魔
前回のお話……第二の爆乳
(真 ゜Д゜)ありがたやー
(ア ゜Д゜)見すぎー
年内最後の更新となります。
「なんでお前あんなに恥ずかしがってたの?」
「あまり人前で顔を出したくないんですよ。大抵変な目で見られますし」
「は? 何それイケメンの余裕? 喧嘩売ってる? 顔面の皮引っ剥がすぞテメェこの野郎」
「ちょっ、本気のトーンで怖いこと言わないで下さいよ」
そりゃ本気だからだよ。
怒気を一切隠さずダダ漏れにしている俺を見て、ジェイム=ラーフはその端正な表情を引き攣らせた。
こいつみたいなのを女顔と言うのだろうか。
本当に女性と見間違えてしまいそうな程に綺麗な顔立ち。
色白でキメの細かい肌。スッと通った鼻筋。長いまつ毛にふっくらとした唇。角ばっていない小顔。
見事なまでに女性らしいパーツが揃っており、濡羽色の髪と瞳は、何処か日本人らしい和の趣をも感じさせた。
表現としてはおかしいかもしれないけど、女性が羨みそうな程の女顔をしているのだ。
「嫌いなんですよ。自分の顔が」
「そうなん? 凄ぇ得しそうだけど」
「むしろ逆です。碌なことがありませんでした。一時期は、こんな顔に産んだ母を恨んだことすらありますよ」
女性に間違われるのなんてまだマシな方ですと言って、ジェイム=ラーフは顔立ちに似合わない溜め息を吐いた。
イケメンにはイケメンなりの苦労があったということか。
生憎、俺には縁遠い悩みである。
そんな当人にしか分からない悩みなどお構いなしに……。
「驚いたぁ。人間にもこんなに綺麗な男の人がいたんだねぇ。男娼とかやったら凄い人気者になれるんじゃない?」
アーリィは邪気の無い笑みを浮かべながら、サラッととんでもない発言をしてくれた。
男娼って、要は男の娼婦ってことだろ?
昔は日本にも衆道と呼ばれる武将と小姓のあれやこれやがあったらしいけど、まさか異世界にまでそんな文化があるとは……。
アーリィの発言に対して、ジェイム=ラーフは不愉快そうに眉を顰めると「そういうの本当に止めてもらえますか?」と押し殺したような声を発した。
これは本気で怒ってるな。
男娼絡みで過去に何かあったのだろうか?
徒に触れていいような話題でもなさそうだし、余計な口は挟まず黙っておくとしよう。
「ごめんごめん。そんなに怒らないでよ。折角の綺麗な顔が台無しだよ?」
「……もう充分でしょう」
笑みを崩さず、悪気も無さそうに謝罪するアーリィから目を逸らし、ジェイム=ラーフは再びフードを目深に被って顔を隠した。
どうやら本気で臍を曲げてしまった様子。
まあ、容姿に触れられたくないと言っているにも関わらず、そこをイジられたら誰だって腹が立つよな。
しばらくそっとしておこう。
「一応、これで全員顔を見せたことにはなる筈だけど、仕事は引き受けてもらえるのかな?」
「勿論。そっちがルールを守ってくれたんだから、こっちも守らなきゃね」
そう言って、残りの酒を一気に呑み干したアーリィは「マスター、二階の部屋借りるからね」と告げた後、返事を待つこともなく立ち上がり、一人でさっさと移動してしまった。
「ちょっ、待てよ。えっと、マスター?」
「構いませんよ。どうぞお好きな部屋をお使い下さい」
右手で階段を示しながら、穏やかそうに微笑むマスターに軽く会釈をした後、俺達はアーリィの後を追って二階に向かった。
二階の構造は、階段を上り切った近くの壁際にカウンターが、中央の吹き抜けを囲むようにボックス席が配置されている。
一階と違ってステージがない代わりに、奥の方にはカーテン状の間仕切りが設けられており、アーリィはその前に立って俺達が来るのを待っていた。
「来た来た。じゃあこっちだよ」
仕切りのカーテンを潜った先には細長い通路が続いており、左右の壁には幾つかの扉があった。
部屋数を除けば、エルベの闇ギルドにもあった密談用スペースと同じものだ。
アーリィは適当に空いている部屋の中へ入ると、どっかりとソファーの上に腰を下ろした。
俺達も対面のソファーに腰を下ろしたのだが、ロアナだけは座ることなく、無言で扉の脇に立った。
初めてエリオルム王子の天幕を訪れた時の姿を思わせる。
侍従という職務上、ああいった所に控えている方が落ち着くのだろうか。それとも……。
「あはは、そんなに警戒しなくたって何もしないよぉ」
ソファーに座ったまま、目だけをロアナの方に向けるアーリィ。
警戒は不要と言われても動く様子のないロアナに何を思ったのか、アーリィは口元を僅かに緩め「そもそも警戒するだけ無駄だと思うよ?」と言った。
明らかに含みのある物言いに然しものロアナも無視出来なくなったのか、「……どういう意味でしょうか?」と硬い声で問い返した。
それに対してアーリィは―――。
「言わなくても分かるでしょ? 君じゃボクの相手にならないから、無駄なことはするなって言ったの」
―――あっけらかんとした口調で堂々と挑発的な物言いをした。
その直後、ロアナの肩が微かに跳ね、室内の温度が一気に下がったように錯覚した。
「……随分と自信がお有りのようですね」
「あはは、怒った? でも下手な真似はしない方が身のためだよ?」
ロアナが発する冷たい怒気を直接浴びせられても、アーリィが余裕の有る態度を崩すことはなかった。
それどころか「ボクもお客さんに怪我なんてさせたくないからね」と更なる挑発を繰り返した。
ロアナはエリオルム王子専属の侍従であると同時に護衛でもある。
一国の王太子の護衛を務められるだけの実力が彼女には有るのだ。
それでも自分の相手にはならないとアーリィは言い切った。
……おそらくハッタリではない。
そんな詰まらない嘘を吐くような奴が、闇ギルドでナンバーワンにまで登り詰められる筈もない。
彼女の余裕は確かな自信の現れなのだ。
仕事を依頼する側としては実に心強い限りだが……。
「はい、そこまで」
このままではいつまでも話が進められない。
俺はパンッと手を打ち鳴らし、この無駄なやり取りを強制的に終了させた。
「ロアナ、前にも言ったよな。喧嘩するんだったら今すぐ帰れ。焦る気持ちも分かるけど、あんな見え見えの挑発されたくらいで頭に血ぃ上らせんな」
「……以後、気を付けます」
「あはは、怒られてるー」
「アーリィさん、あんたも余計なこと言うな。俺達を試すつもりなのか知らんけど、軽口にしちゃあ、ちょいと度が過ぎてるぞ」
最初は他者を揶揄って愉しむ小悪魔的な性格をしているのかとも考えたが、多分違う。
彼女はわざと挑発的な言動を繰り返しているのだ。
俺達の反応を観察し、分析するために……。
「こんな仕事だ。少しでも相手の情報を引き出したいのは当然だし、あんたなりの自衛手段だってのも、まあ理解は出来る。でも勝手に試された方は堪ったもんじゃないし、はっきり言って不愉快だ。そんなことのために態々来たんじゃないんだよ、俺達は」
「……君、見掛けによらず鋭いね」
「見掛けは余計だ」
悪かったなフツメンで。
真正面から睨み付けられても、やはりアーリィに悪びれた様子はなく、むしろ増々笑みを深め、「ごめんね。ちょっと君達に興味が湧いちゃって」と小さく舌を見せた。
……ちょっと可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
「他の二人が意外と素直な反応してくれるから楽しくなっちゃって」
「人の連れで遊ぶなよ……」
訂正。アーリィは抜け目の無さと小悪魔的な性格が同居している質の悪い人物らしい。
「だからごめんってば。もうおふざけは無し。ここからは仕事の話を……する前に。ねぇ、よければ名前を教えてもらえないかな?」
「俺の?」
「そう、君の」
「……マスミだよ。マスミ=フカミ。好きなように呼んでくれ」
「ありがとう。ボクのこともアーリィでいいよ。それじゃ改めて仕事の話をしようか、マスミ」
「こっちは最初からそのつもりだよ、アーリィ」
ダークエルフのアーリィ=ゼルコーヴァ。
能力は確かながらも、ちょっと性格に難というか、クセの有りそうな彼女との会談はこうして始まったのだ。
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