第26話 王都潜入 ~王都の煙草屋~
前回のお話……闇ギルドに行こう
(真 ゜Д゜)行くべし
(ジ ゜Д゜)何処?
闇ギルド。
ギルドの名を冠しながらも、表向きには存在しないことになっている裏稼業専門の組織。
経営母体すらも不明なこのギルドには、冒険者ギルドでは請け負えないような非合法な依頼が舞い込んでくる。
どんな依頼も金次第。そして全ては自己責任。
組織が行ってくれるのは仕事の仲介までで、バックアップなどは一切行ってくれない。
福利厚生なんて言葉は闇ギルドに存在しないのだ。
そんなブラック企業も真っ青な組織に所属する者達は、当然ながら誰も彼もが訳ありな人物ばかり。
様々な事情を抱え、堅気として生きていくことが出来ずに闇ギルドの一員となった者達。
彼らは自らのことを皮肉も込めてこう呼んでいる。
―――見捨てられた者、と。
「って、エルベで知り合った闇ギルドの奴はそう言ってたけど」
「闇ギルドですか。噂程度になら聞いたことはありますけど……」
実在するとは思いませんでしたと興味深そうな声を上げるジェイム=ラーフ。
どうやらゼフィル教団にも闇ギルドに関する情報は無いらしい。
違法召喚の事実を突き止める程の情報網を有するゼフィル教団でも実態が把握出来ない組織。
闇ギルドに関する謎は深まるばかりである。
ちなみにエルベで知り合った奴―――ジョッシュのこと―――は、これらの説明をする際に「見捨てられたってか、自分から捨てたようなもんだけどなぁ」と笑っていたけど。
「ほんでそこに記されてる場所は分かるかね?」
「……はい、案内は問題無く出来ると思います」
懐から取り出した一枚の便箋―――エルベを発つ際にジョッシュから手渡されたものの中身をロアナにも確認してもらう。
闇ギルドの窓口たる案内人の居場所が記された便箋なのだが、王都の地理に明るくない俺が見ても、案内人が何処に居るのかさっぱり分からなかった。
なので王城勤めのロアナに任せることにしたのだが、この様子なら大丈夫そうだな。
「すぐに向かわれますか?」
「ああ、善は急げだ。モタモタしてるとウチの女性陣が痺れ切らして、勝手に乗り込んできちまうかもしれんからな。割りとマジで……」
特にミシェル辺りが本気で心配。
俺が先行することに最後まで反対していたからな。
彼女の忍耐が限界を迎える前に手引きの算段を付けなければ。
「という訳で案内よろしく」
「承知致しました。こちらです」
言うが早いか、ロアナはいきなり踵を返したかと思いきや、そのまま街道から外れた細い路地に入ってしまった。
「ちょっ、待てって」
「勝手に行かないで下さいよ」
慌ててロアナの後を追い、俺とジェイム=ラーフも路地の中に入っていく。
先頭を進むロアナの足取りには一切の迷いがなく、彼女が王都の地理を熟知していることがよく分かる。
あと速い。凄く速い。
一人で競歩でもしているのかと言いたくなるくらいロアナの歩みは速く、後ろに続く俺達は完全に小走り状態と化していた。
すぐに向かうとは言ったが、そこまで急がなくともよかろうに。
「おいロアナさんよ、もうちょっと―――」
ゆっくりでもいいんじゃないかと言い掛けたところで、ふと思った。
もしやロアナも焦っているのではないかと。
言動は冷静そのものであったとしても、内心は焦燥感に駆られているのかもしれない。
少しでも祖国に対する愛着や忠誠があるのなら、国の現状を憂うのは当たり前のことだろう。
何よりも彼女はエリオルム王子の傍仕え。
今のままでは王子は王都に帰ることも出来ず、ずっとあの難民キャンプで過ごすことになってしまうのだ。
エリオルム王子本人の口から文句―――あの王子の場合はあっても言わなさそう―――など聞いたことはないものの、侍従達は皆それで良しとするような性格でもあるまい。
王子のためにも密かに奮起しているってところかね。
確証はないけど、何となくそんな気がした。
「やる気になってるみたいだし、余計なことは言わん方がいいか」
「何をですか?」
「別に。大人しく付いて行くってだけの話」
ジェイム=ラーフに適当な返事をしつつ、ロアナに遅れないよう足を速める。
後ろの俺達に対してどの程度意識を割いているのか、一度として振り返ることなく黙々と歩き続けるロアナ。
時折、右へ左へと曲がりながら、路地の奥へと進む彼女の後を付いて行くのは本当に大変だった。
まだしもジョッシュの案内の方が親切に思えてくる程だ。
そうして歩き続けること数分……。
「こちらです」
目的地へと到着した。
疲労困憊という程ではないものの、流石に幾らか弾んでいる息―――ロアナ本人は全然平気そう―――を整えながら、案内人が居ると思われる場所に目を向けたのだが……。
「煙草屋?」
としか思えないような古びた店がそこにはあった。
所謂、街の煙草屋と言われる対面販売型の小さな店舗。
俺自身が喫煙者なので、何度もお世話になったことがある。
細部に違いこそあれど、俺には日本の街中で見掛ける煙草屋と目の前のこじんまりとした店舗は同じ類……というか業種であるようにしか思えなかった。
「疑う訳じゃないけど、場所は合ってるよな?」
「地図に記されていた場所は此処です」
「だよなぁ」
密偵までこなせるロアナが道案内を間違うとは考え難い。
かといって、この店が闇ギルドの窓口と言われても……。
「全然それっぽさがないな」
「逆にお訊ねしますけど、マスミさんの考える闇ギルドっぽさってなんですか?」
「何ってそりゃ……怪しさ?」
胸元から『もっと言い様があるじゃろ』と呆れるような声が聞こえてきた。
他にどう答えろと?
なんてやり取りをしてると「あんたら店の前で何してるんだい?」と声を掛けられた。
見れば、いつの間にやら店のカウンターに一人の中年男性が立っていた。
俺達がくっちゃべっている間に店の奥から出てきたのだろう。
店主と思しき男性に対して、半ば反射的に「煙草って売ってます?」と訊ねた結果……。
「おう。紙巻、葉巻、パイプ。なんでも置いてるぜ」
やっぱり煙草屋じゃん。
ジョッシュから選別として貰った煙草を取り出し、同じ銘柄が有るかを確認したところ、在庫は充分との素敵な返答をいただいたので、ダースでまとめて購入させてもらった。
人の好さそうな店主に許可を貰い、店先で早速一本吸わせてもらう。
「フゥーッ……ヤニが染み渡るぜ」
「ふざけているのですか?」
「ごめんなさい」
ロアナの口から発せられた氷点下の声と全身から漏れ出した怒気に本気で恐怖を覚えた俺は、素直に頭を下げて謝罪した。
でもどうかこの一本だけは最後まで吸わせて下さい。
「それでも喫煙は止めないんですね」
「勿体ねぇだろうが」
変わらず漏れ続けるロアナの怒気にビビりながらも、煙草を吸い切り、店主にも礼を言っておく。
そして吸い殻を処理した後、俺は店主に切り出した。
「そういえばこの間、俺の親父が街中で犬を見たって言ったんだ」
「犬くらい珍しくねぇだろ」
「それがその犬、親父が言うには人間よりもデカかったらしいんだよ」
「そりゃ犬じゃなくて魔物なんじゃねぇのか?」
「俺もそう思ったんだけど、親父は絶対に犬だって言うんだ。あの真っ赤な目は濃い霧の夜に現れる黒の犬獣に違いないって」
「そいつは物騒な話だな。黒の犬獣を見た奴は三日後に死が訪れるって噂だが、親父さんは大丈夫かい?」
「ああ、今日が丁度その三日目だから―――」
―――これから喰い殺しに行くところさ。
最後の台詞を口にすれば、店主はこれまで浮かべていた柔和な笑みを引っ込め、口元をニヤリと不敵に歪ませた。
「クズ共の掃き溜めにようこそ。闇ギルドはあんたらを歓迎するぜぇ、奇特なお客人よ」
そう言って店主―――闇ギルドの案内人は俺達を歓迎したのだった。
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次回更新は12/15(水)頃を予定しております。




