第24話 王都潜入 ~コソコソするとは言っていない~
前回のお話……王都行き決定
(フ ゜Д゜)頼む
(真 ゜Д゜)頼まれた
そう多くはない人の列に並び、順番を待っている途中……。
「マスミさん、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「ん?」
傍らに立つジェイム=ラーフが遠慮がちに声を掛けてきた。
相変わらずフードを目深に被っているため、どのような表情を浮かべているのかは分からないものの、何やら困惑しているような雰囲気が伝わってきた。
「これって潜入なんですか?」
「身バレせずにこっそり王都に入れるんなら充分潜入だと思うが?」
「私の知ってる潜入はこんなに堂々としてないんですけど……」
「この状況でコソコソしてる方が逆に怪しいだろうに」
「お二人とも、お静かに。そろそろ我々の順番です」
俺とジェイム=ラーフの前に立つ女性―――こちらもフードで顔を隠している―――から、お喋りを止めるよう注意されてしまった。
彼女の言う通り、程無く俺達の順番が回ってきたので、口を閉じて大人しくしておく。
「ザッハ商会への納品で参りました。後ろの二人も一緒です」
俺とジェイム=ラーフが黙って見守る中、女性は門番の兵士に一枚の書面を提示した。
ちゃんと目を通すつもりがないのか、兵士を書面をチラリと一瞥だけした後、「納品なのに荷車も無いのか?」と怪訝そうに訊ねてきた。
「それ程大荷物でもありませんし、今は何かと物騒ですから。荷車などを牽いて目立つと、野盗の被害に遭い兼ねませんので」
女性の説明を聞いても、兵士は如何にも興味なさそうな声で「ふぅん、そんなものか」と返してきた。
いや、お前ふぅんって……。
仮にも国に仕えるべき兵士がふぅんじゃ駄目だろう。
その野盗を取り締まるのも兵士達の仕事やないんかい……とツッコんでやりたくなったものの、口には出さず胸中で兵士の頭を引っ叩くに留めた。
「おかしな物は運んでおりません。荷を検めますか?」
「いや、いい。後もつかえているからさっさと進んでくれ」
話は終わりだと言わんばかりに一方的に告げた後、兵士は俺達の後ろに並んでいた連中に「おい、次の者」と声を掛けた。
やる気が無いにも程がある。
最低限、荷物くらいは検めろよ。
せめてフードを外して人相だけでも確認しろよ。
出入管理舐めるなよ、この野郎。
いや今の俺達からすれば助かるんですけどね……!
「時間も手間も取られず、結構なことじゃありませんか」
「確かにそうなんだが……なんか納得いかない」
職業柄だろうか。
取り敢えずあの兵士に警備員が務まらんことだけは分かった。
ブツブツと不満を漏らしていると、「早く行きますよ」と同行の女性から促されたので、ジェイム=ラーフと共に巨大な門を潜る。
そうして門を抜けた先が……。
「ここが王都か」
「はい、テッサルタ王国王都。名をドレスナムと言います」
はい、そんな訳でどうも深見真澄です。
いったい全体俺が何処で何をしているのか、今更説明するまでもありませんね。
そう、俺はテッサルタ王国の王都へ到着したのです。
但し、同行者についてはかなり特殊な編成となっております。
この場に居るのは俺も含めて三人。
一人は先程から俺とチョイチョイ会話をしているジェイム=ラーフ。
そしてもう一人……について語る前に、まずは何故このような少数編成で王都まで来ることになったのかを説明しよう。
はい、回想します。
―――
――――――
「王都に行くぞ」
フレットのおかげで、迷いを振り払うことが出来た俺は、仲間達と二人の宣教官に向けてそう宣言した。
突然の宣言だったが、幸い誰からも反対されることはなかった。
アウィル=ラーフだけは何かしら物申したそうにしていたけど、ジェイム=ラーフに口を塞がれていた所為で、モゴモゴと意味不明な声を上げることしか出来なかった。
そんな宣教官らも交え、改めて情報交換や打ち合わせを終えたその日の夜、俺はフレットに言った通り、仲間達を伴ってエリオルム王子が起居している天幕を訪れた。
門前払いを食らう可能性も考慮していたのだが、意外な程あっさりと中に通されて拍子抜けしてしまった。
事前に訪問する旨を伝えておいてほしいとフレットに頼んではいたものの、俺がやらかしたことを考えれば、会ってもらえるかは微妙だなぁなんて思っていたのに、どうやら杞憂であったらしい。
「……もう会ってもらえないかと思っていました」
再び天幕の中で向かい合ったエリオルム王子は、その端正な顔に多分な疲労と僅かな羞恥を滲ませながらも、微笑みを浮かべてみせた。
疲労の原因は心労と睡眠不足。
薄っすらとだが、目の下には隈が出来ている。
そして羞恥は俺たちの前で泣きっ面を晒してしまったことだろうか。
どうでもいいけど。
「別にあんたに会いたくて来た訳じゃない」
「貴様ッ、また殿下にそのような口を……!」
刺々しい態度を隠そうともしない俺にゼル爺が怒気を発するも、「いいんですよ、ゼル爺」とエリオルム王子が待ったを掛けた。
「失礼。では何のために来られたのですか?」
女性陣やフレットが心配そうに見詰める中、俺はエリオルム王子からの質問に「俺達は王都に行く」と簡潔に答えた。
驚きに目を見開くゼル爺―――メイドのロアナに至っては眉一つ動かしてすらいない―――とは対照的に王子は沈着な表情を維持したまま、「それは何故ですか?」と問いを重ねてきた。
今更隠すようなことでもないので、俺はこの国に来た目的について語った。
「俺の目的……日本帰還の手掛かりを探すためだ」
「……やはり帰りたいですか?」
「別に。俺はもうこっちの世界に骨を埋めるつもりだから構わんけど、帰りたがってる子達は帰らせてやりたい。そのために此処まで来たんだ」
「それを態々僕達に伝えにきた理由は―――」
「取り引きだ」
エリオルム王子の台詞を遮り、こちらの要求をぶつける。
「俺が求める手掛かりを握ってるのは〈金央の瞳〉……今回の黒幕だ。そいつらをぶっ潰すために手を貸せ。具体的には王都に潜入するための手引きとその後の案内。あとはあんたらが把握してる限りの敵の情報だ」
悪くない話だろと言えば、エリオルム王子は即答するような真似はせず、思い悩むように顔を伏せた。
その瞳の中では、逡巡するような光が見て取れた。
「貴方はそれでいいのですか?」
「別にあんたのためじゃない。俺はただフレットの忠誠心と男気に応えてやりたいと思っただけだ」
「フレットが?」
突然名指しされたフレットは「あ、いえ、あの……それは……」としどろもどろになっている。
そんな部下の姿に何を思ったのか、エリオルム王子は「僕は果報者ですね」と言って、笑みを漏らした。
表情を和らげた王子は、まだ幾分の緊張を滲ませながらも、真っ直ぐ俺の目を見返し、自らの意思を言葉にした。
「異界より招かれし御方よ。祖国を救うため、貴方の御力を我々に貸して下さい」
――――――
―――
こうしてエリオルム王子一行とも協力関係を結んだ俺達。
善は急げと早速その場で王都潜入の手段について論じ始めた。
この際、王族と側近しか知らない秘密の抜け道―――王城から直接王都の外まで逃げられる―――が有るので、それを利用してみてはどうかと提案されたが、問答無用で却下させてもらった。
「王族と側近は知ってるってことだろ? そんなもん警戒されてるに決まってんだろうが」
速攻捕まって終わるわと言ってやれば、エリオルム王子はシュンと分かり易く気落ちしていた。
ゼル爺に食い殺さんばかりの目で睨まれたけど、失敗するのが目に見えてる選択など取れる訳がない。
あとは潜入するメンバーと現地での案内役の人選。
流石に王子本人やゼル爺に任せる訳にはいかないし、フレットは兵達を纏め、避難民の面倒を見なければならない。
さてどうしようかと皆が頭を悩ませる中……。
「私が同行致しましょう」
これまで一度として口を開くことのなかったメイドのロアナが、自ら志願してきたのだ。
彼女曰く、自分はあくまでもエリオルム王子専属の侍従に過ぎないため、市井に顔が知れ渡ってはいない
王宮勤めの者にでも見られない限り、早々正体がバレる心配もなく、更には密偵として隠密行動にも長けているから役に立つと思う。
ここまで言われて、彼女をメンバーに選ばない理由は何処にもなかった。
協議の末、俺とジェイム=ラーフとロアナの三人が先行して王都に潜入。情報収集を終えた後、後続のメンバーを手引きすることになった。
ウチの女性陣からブーブーと文句が出たものの、男尊女卑上等の本拠地へ向かうのだから、可能な限り女性の数は減らすべきと判断したのだ。
そうして翌日、俺も含めた潜入部隊三人は残るメンバーに見送られながら避難キャンプを出発。
三日程の時間を掛け、王都に到着した。
今の王都に残っている兵士の数は、元々の半分にも満たない上に士気も相当下がっているという話を事前に聞いていたので、俺達は敢えて奇策を弄さず、堂々と正面から王都入りを果たしたのである。
果たしたのだが……。
「いったい全体どうなってんだ、これ?」
門を抜けた先に広がる王都ドレスナム。
初めて目にしたその光景に俺は強い困惑を覚えた。
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次回更新は12/5(日)頃を予定しております。




