第10話 時には神官らしく
前回のお話……ダブル宣教官再登場
(ジ ゜Д゜)おひさ
(ア ゜Д゜)ムキー!
「それでお前達はいったいどのような関係なんだ?」
「前世からの敵。多分」
「お友達です」
フレットからお互いの関係について問い質された俺とジェイム=ラーフは、百八十度異なる答えを返した。
途端にフレットの表情が頭痛を我慢しているようなものに変化する。
「ふざけているという訳でもなさそうだな。逆にここまで食い違っていると、実は仲が良いように思えてしまうぞ」
「ですって、マスミさん」
「冗談でも止めろ。ニヤニヤすんな」
こんなのと友達なんて寒気がするわ。
もっぺんライフル撃ったろか、この変態フード男め。
「前に戦ったことがあるのは本当だ。今は……ちょっと対応に困ってる」
「今さっき和解を提案したところだったのですよ」
「話だけな。まだ受け入れてないし」
あと和解じゃなくて一時休戦だ。ややこしくなるから言わないけど。
俺達の間に流れる微妙な空気を察したのか、フレットが怪訝そうに眉を寄せる。
「普段ならもっと詳しく話を聞くところなのだが、今はそれよりも優先すべきことがある。これ以上問題を起こさないと誓えるなら、一先ずは不問としよう」
どうだとフレットが訊ねれば、ジェイム=ラーフは特に悩むような素振りも見せずに「分かりました」と頷いた。
「マスミもそれでいいな?」
「そもそもこいつがちょっかい掛けてこなけりゃ……分かったよ。もう騒ぎは起こさん」
「うむ。それでマスミよ、起きたばかりですまんが―――」
「もう一度会えってんなら、悪いが断る」
フレットが何を言おうとしているのかに気付いた俺は、先回りして彼の発言を遮った。
如何にも困った様子で「どうしてもか?」と訊ねてくるフレットに無言のまま頷きだけを返す。
もう一度エリオルム王子に会ってほしい。
本当に王子がそれを望んでいるかはともかく、きっと言われるだろうとは予想していた。
「本来なら許されないってのは分かってるし、こうして首と胴が繋がってるだけでも感謝しなきゃいけないんだろうけど……無理だ。はっきり言ってこれ以上関わりたくない。そもそも俺、怒り狂ってあの場に居た全員を殺すところだったんだぞ? そんな奴が王子に近付くなんて、あの爺さんが許さんだろ」
「……殿下はせめて一言謝りたいと仰っていた。それでも駄目か?」
「俺に謝ってどうするんだよ。そんなことよりまずは犠牲になった娘さん達やその家族に対して頭下げる方が先だろ」
ついでに召喚された〈異邦人〉にもなと言って、俺はフレットに背を向けた。
「マスミ、待ってくれ」
「悪いなフレット。あんたのことは嫌いじゃないけど、俺は……あの王子を許せそうにない」
振り返ることなくそう言い残し、俺はその場から歩き出した。
今度はフレットも止めることはなかった。
「いったい何をやらかしたんですか?」
「お前には関係ない」
後ろを付いてくるジェイム=ラーフに素っ気なく言い返して会話を打ち切った。
実際問題、仮にもう一度顔を合わせたとしても、今なら―――少なくとも表面上は―――感情的になることなくエリオルム王子と会話をすることは可能だと思う。
だが可能だからといって、あの王子に対する怒りが消えた訳ではない。
望んでもいない謝罪を受けたところで、俺が不快な思いをするだけだ。
それに腹の底では、未だに炎が燻り続けており、何が切っ掛けで再燃するかも分からないのだ。
もしもそうなったら、きっと俺は止まれない。
今度こそ、あの王子を殺してしまうかもしれない。
そして殺したところで……きっとこの怒りが収まらないことも分かっている。
自己満足にすらならない。
そんなものは無益であり、無意味だ。
「……」
ジェイム=ラーフは黙ったまま俺の後を付いてくるだけ。
いけ好かない相手ではあるものの、余計な口を叩かずにいてくれのは有り難かった。
そうしてお互いに無言のままキャンプ内を歩き続け、自分のテントが張ってある場所まで戻ってくると……。
「お前ら何してんの?」
焚き火を挟んで、ユフィーを除いたウチの女性陣とアウィル=ラーフが睨み合っていた。
アウィル=ラーフはベールで目元を隠しているので、口から上を窺い知ることは出来ないのだが、こいつの性格上、自分が睨まれてるのに睨み返さない訳がない。
夜中に黒のベールなんかやってて、ちゃんと見えるのだろうかという疑問はあるけど……。
双方共に焚き火の向こう側にいる相手を威嚇するように唸り声を上げ、歯を剥き出しにしている。
俺はそんな彼女達を迂回し、一人離れた場所で静観しているユフィーの傍に移動した。
「マスミ様、おかえりなさいませ」
「ただいま。こりゃいったい何事だ?」
『何事も何も見ての通りじゃよ。マスミらが離れてから数分と経たぬ内に睨み合いが始まり、それからすぐに唸り出したのじゃ』
どちらが先だったかは覚えておらぬがのと言って、ユフィーの掌に乗せられたスマホの上で肩を竦めるニース。
そういえばテントの中に忘れたままだった。
ユフィーが被るベレー帽の上では、レイヴンくんが静かに身を伏せている。
どうやら眠っているようなので、ソッとしておこう。
俺は変わらず無言で付いてきたジェイム=ラーフの方に向き直った。
「お前、あいつの上司だろ? なんとかしろよ」
「いやいや、私別にあの子の上司じゃありませんよ? 立場も同じ宣教官ですし。ただ、私の方が幾らか年上で教団に所属した時期が早いってだけです」
「だったら先輩の務めとして後輩の面倒くらい見ろってんだよ」
やれやれと呆れを含んだ溜め息を吐きつつ、夜空を仰ぎ見る。
気分が晴れず、モヤモヤしたままの俺の心模様とは裏腹に夜空は澄み渡っている。
瞬く星々のなんと美しきことよ。
「どうするべきかねぇ、これから……」
日本に帰還するための手掛かりを探すため、俺達はテッサルタ王国までやって来た。
ネーテを出てから一ヶ月以上経つが、未だに何の手掛かりも発見出来ていない。
分かったことといえば、違法召喚の事実を改めて知ったこと。
そのために犠牲となった者達がいたことの二点だけ。
「いや、もう一つだけあったな」
「マスミ様?」
「人間って奴は……本当にどうしようもねぇよな」
己の身勝手な欲望のため、国民どころか異なる世界の者達までをも利用する国王。
そんな父親から目を逸らし、己が責務からも逃げ出した王太子。
この国はいったいどうなってしまうのだろう。
残る九人の〈異邦人〉は、果たして無事なのだろうか。
俺はこれから……どうしたらいいのだろう。
「何しに来たんだろ、俺」
ユフィーの隣にどっかりと腰を下ろし、未だに睨み合いを続けているみんなをぼんやりと眺める。
テッサルタ王国に行きたいと言い出したのは俺だ。
俺の我儘に付き合って一緒に来てくれたパーティのみんなには申し訳ないし、日本に帰りたがっている絵理と菜津乃のために送還方法を見付けてやりたいのは山々なのだが……もう嫌になってしまった。
絵理達と出会い、この国への遠征を決めた時、俺の胸中には使命感のようなものが芽生えていた。
だが違法召喚の実態を知り、王子達の前で怒りを爆発させた結果、芽生えていた筈の使命感は燃え尽きてしまった。
今、俺の中にはどうしようもない虚しさしか残されていなかった。
あれ程、王子達に偉そうなことを言っておきながら、所詮は俺もこの程度かと自嘲的な笑みを浮かべていると「よろしいのではございませんか?」という声がすぐ傍から届いた。
隣を見れば、ユフィ―は感情の読めない眼差しをミシェル達の方に向けたまま続けた。
「マスミ様がお辛いのであれば、無理をせずにこのままネーテに帰ってもよろしいのではないでしょうか。元々、マスミ様ご自身には関係の無い件でございますし」
「……お前はそれでいいのかよ? 俺の我儘に付き合って隣国まで来たってのに、何の成果もないまま帰るなんて」
「わたくしは構いませんし、きっと皆様も反対されることはないと思います。一番大事なのは、マスミ様御自身のお気持ちです」
「俺の気持ち……」
「正直に申し上げれば、マスミ様が苦労を背負う必要はないとわたくしは考えております。」
ユフィ―は身体ごとこちらに向き直ると、俺の顔を真っ直ぐに見詰めてきた。
普段は何を考えているのかよく分からないユフィ―だが、今の彼女の瞳には俺の身を案じるような憂いの光が灯っていた。
「勇気を持って困難に立ち向かう。尊い行いではございますが、そればかりではいつか壊れてしまいます。人の心とは、御自分で思われる程に丈夫ではございません。休息も必要です」
「……」
「時には逃げてもよいではございませんか。それを恥とお考えになる方もいるやもしれませんが、わたくしはそうは思いません。逃げて、心を休めて、充分に英気を養ってから……また頑張ればよろしいではございませんか。少なくともマスミ様は逃げることが許される立場です」
あの王太子殿下とは違いますと最後にユフィ―は付け足した。
その際、彼女にしては珍しく嫌悪感のようなものが含まれているように感じた。
「急に神官らしいこと言いやがって」
「神官でございますから」
『まあ、そもそもユフィ―が余計なことを言わなければ、あそこまで場が荒れることもなかったのじゃがな』
呆れたようにニースが口を挟めば、「それについては流石に反省しております」とユフィ―は素直に謝った。
「申し訳ございません。軽率にも差し出口を挟んでしまいました」
「いや、別に気にしてないけど、なんだってあんなこと言ったんだ?」
「わたくしも今になってようやく自覚出来たのですが、多分……怒っていたのだと思います」
「怒る?」
なんでユフィ―が怒るの?
俺とニースが揃って首を傾げる中、ユフィ―は再びミシェル達の方を向き……。
「召喚の儀。取り分け勇者召喚とは神が人に与えた最大級の奇跡であり、慈悲でございます。世界の危機を救うためならばいざ知らず、己が欲を満たすためにその秘術を行使するなど決して許されることではありません。それは神を裏切り、冒涜するに等しい行いです」
「神様を馬鹿にされたような気がして怒ったと?」
「わたくしとて神に仕える身ですから」
法術の行使には何よりも神に対する信仰心―――奉じている神が昼寝好きの怠け者という点には目を瞑っておく―――が重要となる。
考えてみれば、ユフィ―は神から法術の奇跡を賜り、一人旅すら許されているのだ。
その信仰心は人一倍篤いことだろう。
それだけの信仰心を持ちながら、何故崇める神が『タンユ・アバノ』なのかは激しく疑問である。
「お前が怒るのも当然って訳か」
「お恥ずかしい限りです」
恥ずかしがるポイントがよく分からん。
俺は地面に腰を下ろしたまま、もう一度夜空を仰いだ。
完全に晴れたとは言い難いものの、気持ちは随分軽くなったように思える。
今ならもう少しまともな思考が出来そうだ。
それにしても、まさかユフィ―に慰められる日が来ようとは……。
「ってかお前、まともなことも言えたんだな」
「エッヘンでございます」
「褒めた訳じゃないんだけど……まぁ、いっか」
神官っぽい神官なんてユフィ―じゃない。
こいつは今みたいにちょっと調子に乗ってるくらいが丁度……良くはないな。うん、もう少し慎め。
でもまあ……。
「ありがとな」
恐縮ですと言って軽く頭を下げるユフィ―。
さて、改めて考えるとしようか。
この国に残って調査を続けるのか、それとも切り上げてネーテに帰るのか。
出来れば俺だけではなく、みんなの意見も聞きたいところだけど、まだまだ睨み合いは終わりそうにないしなぁと今後に向けて思案している時だった。
―――キャンプ地の一角で火の手が上がったのは。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9/13(月)頃を予定しております。




