第9話 呑み過ぎてしまった、そんな朝に ~男の身嗜み~
前回のお話……呑み過ぎはアカン
(ミ ゜Д゜)(ロ ゜Д゜)ウエーイ
(真 ゜Д゜)……
今回はかなり短いです。
目を覚ますと―――。
「知らない天井だ」
―――言ってみたかっただけです。
此処が何処かなんて確認するまでもない。
水鳥亭の二階にある宿泊用の個室だ。
俺はベッドに横になったまま天井を眺めている。
「……眩しい」
あまり透明度の高くない窓から朝日が射し込み、室内を明るく照らしてくれた。
遮光用のカーテンなんて気の利いたものは生憎と取り付けられていない。
朝というのは分かるのだが、今は何時だろう。
枕元近くに設置されている小さな丸テーブルの上から腕時計を手に取り、現在の時刻を確認する。
―――午前五時四十九分。
随分早起きをしてしまった。
その割に目覚めはスッキリしており、眠気も残っていない。
はて、昨夜は何時に床に就いたんだっけ?
食事も終え、空になったコップや皿を片付けてもらった段階でさっさと就寝することに決めた。
満腹になったら急激に眠くなってきたのだ。
女将さんから俺用の個室の鍵とミシェルとローリエ用の二人部屋の鍵を受け取り、自力で動くことが出来なくなった二人を脇に抱えながら、階段を上るのは骨が折れた。
鍵を受け取った際に長女が……。
「二人纏めていただいちゃうなんて。お客さんも案外隅に置けないねぇ」
イッヒッヒッとなんともゲスい笑い声と共にゲスい台詞を吐いてくれた。
この少女は本当は幾つなのだろう?
酔い潰れた女性に手を出す程落ちぶれてはいないつもりだし、そこまで飢えてもいない。
開拓村で一緒に寝泊まりしていた時にも言ったが、そもそも十代の年若い娘にちょっかい掛けるつもりなどない。本当だよ?
こっちの世界ではどうなっているのか知らんけど、日本だったら問答無用で逮捕だからな。条例怖い。
部屋の中に二人を放り込み、何とか内側から扉を施錠させた―――無施錠は不用心過ぎる―――後に俺も自分用の部屋に向かった。
入室して早々横になって寝た。いい加減眠かったし。
最初はベッドの硬さに驚き、果たしてこんな寝床で安眠出来るのだろうかと不安も覚えたが案外寝れるものだね。
夜中に目を覚ますこともなく、そのまま朝までぐっすり。
「思ってた以上に疲れてたんだなぁ、俺」
ここ数日の生活を振り返ってみれば、それも当然だろうと納得出来る。
異世界転移初日と二日目はゴブリンの群れ相手に立ち回り、その後はネーテを目指してひたすら移動。
睡眠や食事をちゃんと取っていたつもりでも、その移動手段は徒歩の上に野宿だ。
疲労が溜まらない筈がない。
しかも前日から一睡もしていない―――原因は俺自身だが―――状態で模擬戦までやったものだから、身体はもう限界だったのだろう。
酒を呑み、満腹になるまで飯を食ったら眠くなるのも当然だ。
「二日酔いもなし、と」
頭痛も気怠さもなし。
このままゴロゴロしててもいいのだが、どうにも二度寝をする気にはなれなかった。
というか眠くない。
少し早いが起きるとしよう。三文の徳だ。
半身を起こして伸びをすると骨がポキポキと鳴り、身体の筋が伸ばされてちょっと気持ち良い。
一頻り身体を解した後、部屋の中を見回してみる。
昨夜はベッドに直行したので気付かなかったが、随分と簡素な室内だ。
ベッドと木製の丸テーブル。
あとはテーブルとセットらしき同じく木製の椅子が一脚。
壁の一部に洗面台らしきものが備え付けられているだけで他には何も無い。
強いて言うならテーブル上に一組の水差しとコップ、シンプルなデザインの燭台に立てられた蝋燭が置かれているくらいだ。
部屋の広さは六畳程度だが、物が少ない所為かそれよりも広く感じる。
今日は何をしようかなぁと考えながら水差しの中身をコップに注ぎ、一息で飲み干す。
うん、水だな。ぬるい。
喉の乾きも癒えたので、次は身嗜みでも整えましょうかね。
寝癖がついていたら恥ずかしい。
一応、洗面台らしきものはあるのだが、果たしてこれは本当に洗面台なのだろうか?
鏡もないし、蛇口も付いてない。
給水無し。排水機能オンリーの流し台。
うぅむ、この都市では上下水道はきちんと配備されていると聞いていたのだが、これでは上水の恩恵を得られぬではないか。
それともあれかね、配備はされているけど各部屋にまで供給出来る程の工事は進んでいないとか?
「水鳥亭以外の宿に泊まれば分かるんかね。もっと高級なのとか」
無いもの強請りをしたところで意味はない。
掃除の行き届いた清潔な部屋に眠れただけでも良しとしておこう。
〈顕能〉を発動して歯ブラシとハンドタオルを取り出し、水差しの中の水を使って簡単な洗顔と歯磨きを済ませる。
髪を軽く濡らし、手櫛で適当に整える。
本当は髭も剃りたいのだが、鏡に映さず剃るのは怖い。
カミソリで剃るのだから出来ればお湯も使いたい。
流石に電気シェーバーまで都合良く持ってきてはいないのだ。
顎をカリカリ。無精髭が気になるものの、今は我慢しておこう。
「いい加減、風呂に入りたいなぁ」
異世界に来てからまだ一度も風呂に入れていない。
綺麗好きな日本人としては、そろそろ脚を伸ばして湯船に浸かりたいところだ。
非常時でもあるまいし、濡れたタオルで身体を拭いて終わるのはもう嫌なのです。
一般家庭で風呂持ちの家は少ないそうだが―――ガスではなく薪で湯を沸かすとなるとコストが掛かる―――幸いなことにネーテには庶民向けの公衆浴場が存在するらしい。
正直、この都市に来る上で一番楽しみにしていたのは公衆浴場なのだ。
営業時間も場所も分からんけど、多分女将さん達なら知っているだろう。
昨夜の様子からしてミシェルとローリエはまだまだ起きてこないと思うし……ほっとくか。
「朝風呂やってたら嬉しいなぁ」
部屋を出て一階に降りた俺は、仕事中の女将さんを掴まえて公衆浴場の場所を訊ねた。
待ってろよ、朝風呂。




