第4話 基本は大切
前回のお話……おじさんではない
(真 ゜Д゜)おじさんじゃない!
「マスミ、お前達に会ってほしい御方がいる」
兵長―――フレットからそんな話が出たのは、炊き出しに用意した食事を全て配り、使用した調理器具も片付け終えて、一息ついている頃だった。
自己紹介は炊き出しの最中に済ませたので、今ではお互いに名前で呼び合う仲である。年齢も近かった。
だからどうしたとか言わないように。
それにしても会ってほしい御方ときたか。
「フレットの上司……な訳ないか」
「そうだな。私の上司も同席はするが、お前達に会いたがっているのは別の御方だ」
「その言い方で大体の予想はついてるんだけど、一応確認な。それは割りとやんごとなきの身分の人かね?」
「うむ、王太子殿下である」
王太子―――王位継承権第一位を指す称号。
実質的な次期国王。
即ちテッサルタ王国の王子様。
「遠慮しときます」
「無理だ」
「何故だ?」
「正当な理由もなく断れる筈がないだろう」
理由があっても断れんがなと余計な一言を添えてくれるフレット。
庶民が謁見を望んだ場合なら王族は幾らでも断ることが出来るものの、その逆は許されない。
いったいどのような形で王太子の耳に伝わったのか、俺達の行いに甚く感動した王太子が是非とも直接会ってお礼を言わせてほしい……と熱望されているとか。
「会いたくないんですけど」
「お前……今の発言は聞き流してやる。本当なら不敬罪で拘束されるところだぞ」
だってトラブルの予感しかしないんだものという発言は控えておこう。
テッサルタ王国が秘密裏に行っている違法召喚には王族が絡んでいる。
その事実を次期国王たる王太子が知らない筈もない。
そもそも何故、王族がこんな場所にいるんだ。
黙って城の中にでも引っ込んどけよ。
「望んでお会い出来るような御方ではないのだぞ。何がそんなに嫌なんだ?」
「何って言うか……なんで王族が居る訳?」
「王都から民を避難させたのが、他でもない殿下ご自身だからだ。現在の我々は殿下の指揮下にある」
現在のテッサルタ王国、特に王都は相当不安定な情勢下にある。
そうでなければ難民など発生する筈がないし、フレットも王都は狂っているとまで言っていた。
確証はないものの、おそらく原因の一端は国のトップである王様を始めとした王族やそれに近しい立場の者達。
その王族の一人である王太子が民を引き連れて、王都を脱出した?
ますます分からなくなってきた。
「ちょっと内々で相談してもよかですか?」
「なんだその喋り方は……別に構わんが、断るのは無しで頼むぞ」
許可を貰ったので、みんなと一緒に移動。
フレットから10メートル程離れた辺りで車座になり、小声で相談を開始する。
「単刀直入に聞くけど、どう思う?」
「流石に罠とは考え辛いが……」
「相手の考えが読めませんからね」
「本当にぃ、お礼が言いたいだけかも~?」
「王族が? 冒険者なんぞに?」
それこそ有り得ないだろうと言いたいところだが、如何せん判断材料がない。
あの生真面目なフレットが嘘を吐くとも、悪辣な人物に従うとも思えないが、何しろ相手は違法召喚という国際犯罪を犯している国の王太子。
何か別の狙いがあるのではないかという疑念が拭えないのだ。
『別の狙いとはなんじゃ?』
「それが分かれば苦労はせん」
「考え過ぎではないのか? 向こうは私達の顔も素性も知らないのだぞ」
「むしろチャンスかもしれませんよ。召喚のことについて何か聞けるかも」
「当たってぇ、砕けろ~」
「砕けちゃ駄目だろ」
意外にも積極的な女性陣に反して消極的な俺。
ユフィーだけは「マスミ様の御心のままに」という聞いたことのある台詞を吐いているが、多分あいつは何も考えていない。
「……虎穴に入らずんば、だな」
ローリエの言う通り、これはチャンスでもある。
上手くいけば、王太子の口から直接国の現状や違法召喚の実態について聞けるかもしれない。
誤って虎の尾を踏みさえしなければだけど……。
『虎など何処にもおらぬぞ?』
「物の例えなんだからツッコむな」
フレットの元に戻り、王太子と面会する旨を伝えたところ「では早速行こう」と言って歩き出してしまった。
「随分と急だな」
「貴き御方を待たせる訳にはいかん」
さいですか。
俺達の都合は考慮してくれないのねと心中で諦めの息を吐く。
避難民達の視線に晒されながら、フレットの後を付いて歩く先に見えるのは、一際大きな天幕。
天幕の前には、二名の兵士が長槍片手に直立不動の姿勢で立っている。
何も知らなくとも守るべき要人が中に居ると喧伝しているようなものだな。
兵士二名が穂先を上に向けた槍の柄を両手で握り、眼前に掲げるように持ち上げれば、フレットは五指を揃えた右手を顔の横に持ってきて、甲を正面に向けた。
おそらくはこの世界、あるいはこの国における敬礼と答礼なのだろう。
挙手注目じゃないんだ。
フレットが右手を下げれば、兵士の方も槍を下ろし、再び直立不動に戻った。
「よく訓練されとりますなぁ」
「腐っても軍人。この程度は出来て当たり前だ」
「いやいや、その当たり前が大切なのよ」
敬礼。即ち相手に敬意を示すこと。
自衛隊や警察、消防士や警備員等々。様々な職業において敬礼は基本教練の中に含まれている。
俺も現役時代は散々やらされたものだ。
入隊当初などは朝から晩まで基本教練だけを延々とやらされたこともある。
ちょっと手の角度がズレていただけで教官からは怒鳴り散らされ、中には蹴り飛ばされている同期までいた。
頭ではなく、身体に教え込ませるのだ。
それこそ条件反射で出来るようにまで……。
当時はこんなことに何の意味があるのかと反発したこともあったが、今ならば分かる。
敬礼が出来ない奴は―――少なくとも自衛隊や警備員においては―――何をやっても駄目。
俺の経験上、敬礼がちゃんと出来ない奴は大成せずに燻っているか、さっさと辞めていくかのどちらかだった。
基本と名が付くのものには相応の理由があるのだ。
何より、洗練された動作でビシッと敬礼が決まった時の姿はそれだけで絵になり、見た者に安心感を与えてくれる。
入隊したての頃が懐かしい。
「だからって二度とやりたくないけど……」
「何を一人でブツブツ言っているのだ?」
怪訝そうに眉を顰めるミシェルにヒラヒラと振ってみせれば「無駄話はそこまでにしておけ」とフレットから注意された。
「第一兵団団長フレットであります。冒険者殿をお連れ致しました」
天幕の中に向けてフレットがそう呼び掛ければ、数秒と間を置かずに「入るがよい」という応えがあった。
この声の主が王子様だろうか。
性格を物語るかのような厳かな声である。
今更ながらちょっと緊張してきた。
兵士の片方が入口代わりの布を捲ってくれたので、フレットの後に続いて天幕の中へと入る。
外観同様、天幕内部は広々としていた。
地面には何枚もの敷布が重ねられ、上から吊るされたランタン―――中央に嵌め込まれた魔石らしき物が光っている―――が照明として内部を明るく照らしている。
天幕の中には三人の男女が居た。
一人はメイド服に身を包んだ妙齢の女性。
もう一人は軽装鎧を纏い、厳めしい顔付きをした騎士風の男。
オールバックに撫で付けられた頭髪も口元に蓄えられた髭も真っ白である。
既に老齢の域に達しているだろうに、その立ち姿に弱々しさは微塵も感じられなかった。
おそらく先程の声の主はこの人だろう。
そして最後の一人、敷布の上に悠然と腰を下ろした年若い男。
シンプルなデザインながらも見るからに高価そうな衣装。
涼しげで端正な顔立ちに同じく涼しげな淡い青色の髪。
濃褐色の瞳には穏やかな光を宿し、口元には微笑を湛えた貴公子然とした男。
きっとこの男こそが……。
「初めまして、心優しい冒険者さん。エリオルム・キューズ=テッサルタと申します」
貴公子然とした男―――エリオルム王子は笑みを深め、親しげな様子で自らの名を名乗った。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8/2(月)頃を予定しております。




