第3話 炊き出しの定番 ~おじさんと呼ばないで~
前回のお話……みんな腹ペコ
(真 ゜Д゜)炊き出しじゃい
炊き出しの定番メニューと言われて、みんなは何を想像するだろう。
俺はやはり豚汁である。
煮込まれた肉と野菜の旨味。そして味噌。
これらが渾然一体となった味わいはもう……。
「絶品よ」
「絶品と言われても、私はその料理を知らないのだが……」
馬鹿な!
あの味を知らずに生きてきただなんて……なんて可哀想な娘。
「安心しろ。今度食わせてやるから」
「いや、別にいらないけど……」
「大丈夫。きっと気に入るから」
絶対食わせてやるからなと念押ししたら、何故かミシェルに渋い顔をされた。解せぬ。
こんなやり取りも交えつつ、炊き出しのメニューは豚汁にしようと考えていたのだが、すぐに断念した。
まず味噌が足りない。それも圧倒的に。
日本から持ち込めた味噌の量は精々500グラム。
この程度の量では、この場に居る避難民全員の腹を満たせるだけの豚汁など作れる筈もない。
仮に作ったところで物凄くうっす~い味噌風味のスープが出来上がるだけだ。
それではあまりにも侘しいので、別のメニューを用意することにした。
「といっても何の変哲もないスープだけど」
「仕方ありませんよ。何しろ人数が人数ですし」
まずは大型の寸胴鍋を有るだけ準備し、並々と水を注いだ後、火に掛けておく。
あとは野菜や干し肉を適当なサイズにぶつ切りし、塩・胡椒・酒と一緒に鍋の中へ投入。
灰汁を取り、具材が柔らかくなるまで煮込めば完成。
出来た端から避難民に配っていき、空になったらまた作り直すという作業を兵士達と協力しながら、ひたすら繰り返した。
食器については、個人で用意してもらった。
流石に何百枚もの皿を持ち合わせてはいない。
スープだけでは腹持ちが悪いかもしれないので、堅パンという保存食も合わせて配ることにした。
乾パンではございません。堅パンです。
それはいったいなんだと思っている人のために説明すると、読んで字の如く堅く焼き締めることによって保存性を高めたパンのことである。
堅パンがいつの時代に生まれたのか、正確なところは判然としないものの、相当古くから存在しているのは間違いない。
携行食料として軍隊で重宝されてきたのもまた事実なのだが、とにかく硬いのだ。
昔の米兵の間では鉄板呼ばわりまでされていたそうだ。
褒められているのか、貶されているのか判断に困る扱いをされてきた堅パンだが、普通のパンよりも栄養価が高く、腹持ちも良い。何より顎も強くなる。
でも黒パンと同じくスープに浸せば柔らかくなるのでご安心を。
ちなみにこの堅パン、北九州では名産品として扱われているとか。
ネットの噂では、食ったら歯が欠けるとまで言われているそうだが、果たして真実や如何に。
まぁ、この堅パンは異世界で入手したものだから真実もへったくれもないがね。
「まさかここまでしてくれるとは……本当に感謝する」
「言い出したのはこっちだからね。気にしなさんな」
「しかし、本当に良かったのか? これ程の食料を提供して」
「あー、元々人からの貰い物だったし、処分にも困ってたから」
こんなに良くしてもらっていいのだろうかと複雑そうな表情を浮かべる兵長に向けて、ヒラヒラと手を振りながら大丈夫と伝えておく。
仕事の有無に関わらず、普段から空間収納の中にはかなりの量の物資を入れているが、流石に難民キャンプで炊き出しを行える程の量はない。
では何故今日に限って有るのかといえば、原因はルビーなのだ。
何しろ提供した食料は全て彼女から貰ったものなのだから。
エルベの街を発つ前、ルビーからは金貨五十枚もの報酬の他に支援物資をいただいた訳だが、実はこれがとんでもない量だったのだ。
逃げ出したり追い出したりを繰り返した結果、新生カロベロ・ファミリーはかつての三割以下にまで規模を縮小。
その結果、倉庫の中に保管されていた大量の物資―――特に食料の扱いについて困ることとなった。
到底消費し切れるような量ではないため、このままではほとんど廃棄処分しなければならない。
幾らなんでもそれは勿体無さ過ぎる。
でも買い取ってくれるような相手もいないしと頭を悩ませていたルビーだったが、途中から考えるのが面倒臭くなったのか……。
「あんたらに全部上げるわ」
と物凄く投げやりな態度で無責任な発言をしたのである。
こんなにいらないと最初は断っていたのだが、協力するなら最後まで協力しろ。腐らせるよりはマシだろうと結局押し切られてしまったのだ。
まさかここに来て俺の空間収納が仇になるとは思いも寄らなかった。
こうして支援とは名ばかりの下、倉庫の中にあった物資の大半を押し付けることに成功したルビーは一人満足げに頷き、押し付けられた俺達は揃ってげんなりと肩を落とした。
馬車と金だけで充分だったのに……。
この押し付けられた物資を少しでも減らすため、ここ数日は朝昼晩とずっと同じメニューばかりを口にしていた所為で、俺達もいい加減飽き飽きしていたのだ。
食べ物に飽きるとは、我ながら贅沢な悩みである。
「そんな訳だから本当に気にしなくていいよ。俺達だけじゃ食い切るまでに何ヵ月掛かるかも分からんかったし」
処分に困っていたのは事実。
良いか悪いかという点は別にして、今回の炊き出しで相当量の食料を吐き出すことが出来たのは、俺達にとっても有り難いことなのだ。
半分は自分達のためにやったことなので、感謝されるようなことでもない。
さっきからそう主張しているにも関わらず、何故か兵長は得心が行ったような表情で「成程。謙虚な男なのだな」と頷いていた。違う。
隣では兵長の発言に気を良くしたローリエがニコニコと満面の笑みを浮かべている。
だから違うと言うとろうに……。
「粗方行き渡ったかね?」
列に並ぶ人の数も大分少なくなってきた。
想像以上の難民の多さに最初はどうなることかと思ったが、なんとか乗り切れたようだ。
人海戦術様様である。
ついでに物資を押し付けてくれたルビーにも感謝である……結果的にだけど。
「マスミさん、用意した食事もそろそろ無くなりそうですけど、この後はどうされるんですか?」
「んー、どうしよっか?」
兵長の話を聞いて、このまま見過ごすのも忍びない―――ついでに食料も消費したい―――と炊き出しを申し出たはいいものの、その後のことについては特に考えていなかった。
一応、目的は果たしたのだから、残りを配り終え次第撤収しても構わないけど……。
「出来ればもうちょい詳しい話を聞いておきたいところだわな」
兵長は王都には行くなと言っていた。
そして此処に集まった難民は、王都から逃げてきた者達ばかり。
果たして王都では何が起きているのだろう。
あの兵長をして狂っているとまで言わせてしまう事態。
うぅむ、考えただけで胃が痛くなってきた。
もう王都なんか行かずにさっさと引き返したい気分。
あぁ、ネーテの街が恋しい。水鳥亭に帰りたい。
『帰れんがの』
「まだ何にも調べられてませんからねぇ」
「言われなくたって分かってらい」
日本帰還に繋がる手掛かり。
実際にあるかどうかは別にして、それを探すためには王都へ向かう他ない。
詳細不明なトラブルの中心たる王都へと……その事実が俺の心を重くし、より一層胃の痛みを悪化させてくれる。
自分で言い出したこととはいえ、本当に面倒な仕事を引き受けてしまったものだ。
「おじさん、大丈夫? お腹痛いの?」
「あははは、正解だ。よく分かったね」
でもまだ二十代だからおじさん扱いは止めてほしいなぁ。
自分で言う分には平気だけど、見ず知らずの少女におじさんって言われるのは結構凹む。
心配そうにこちらを見上げてくる難民の少女にそんなことは言えないけど。
こっそり堅パンを多く渡してあげたところ、少女は満面の笑みと共に「ありがとう、おじさん!」とお礼を言ってくれた。
だからおじさんって言わないで。
邪気の無いその笑顔に心中複雑な俺であった。
『良かったのぅ、おじさん』
「ニースにだけは言われたくねぇよ」
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次回更新は7/26(月)頃を予定しております。




