第1話 楽しくないキャンプ ~目的地は未だ遠く~
アラサー警備員第九章。
テッサルタ王国編の第二節を開始します(`・ω・´)ゞ
「一人ずつ順番に受け取ってくれ。コラそこ、列に割り込むな。ちゃんと並べ」
「はいどうぞ。熱いから気を付けて下さいね」
「押さないで~。まだまだ沢山あるからぁ、焦らなくても大丈夫~」
「怪我や体調の優れない方はわたくが診ますので、こちらに集まって下さい」
ミシェルとエイルが列を整理し、ローリエが鍋から皿によそったスープを先頭の者へと順番に手渡していく。
列から少し離れた場所に敷かれたシートの上では、ユフィーが怪我人や年配者の容体を確認している。
そして俺はスープを手渡すローリエの隣で……。
「パンもあるよー」
堅く焼き締められたパン―――堅パンと呼ばれる保存食を配っていた。
何やってるんだろ、俺……。
はいどうも、隣の国からこんにちは。深見真澄です。
冒頭からお前は何をやっているんだって思ったでしょう?
見ての通り、炊き出しをやっております。
本当に何をやっているんでしょうねぇ、俺は……。
王都を目指してエルベの街を出発した我々。
途中、何度か魔物と出くわしたりはしたものの、それ以外に問題らしい問題も起きることなく、馬車は順調に進み続けた。
エルベから王都までの距離は馬車で十日程。
街道沿いに進めば迷わず到着するとの話だったので、寄り道せずにひたすら街道を進み続けた。
そうしてエルベを出発してから八日目。
俺達はあるものを目にした。
街道から大きく外れた川辺の一角。
見るからに整備は行き届いておらず、申し訳程度に小川が流れているだけのその場所に、沢山のテントが寄り集まっているのが見えた。
十や二十ではとても足りない。
百や二百を余裕で上回る数のテントが張られていたのだ。
中には如何にも急造といった仮設の小屋までもが幾つか混じっている。
「みんなで仲良くキャンプ……とか?」
「それにしたところで多過ぎるだろう」
「下手な集落より人数いますよね」
「なんだかぁ、みんな暗い顔してるの~」
「兵士らしき方の姿もチラホラ見えますが」
遠目に見た限りでは、和気藹々とキャンプを楽しんでいる様子は皆無。
皆一様に表情は暗く、ともすればエルベの街よりも陰気な雰囲気が漂っているようにすら感じられた。
「うぅむ」
テントや仮設住宅を中心とした屋外生活に身を置く民衆。
そんな彼らを守るように、あるいは監視するように存在する兵士達。
快適には程遠く、衛生的とは言い難い環境。
全体的に暗く、鬱々とした空気。
誰も彼もが疲れ切った表情を浮かべている。
これではまるで……。
「難民キャンプとかじゃないよな?」
「難民? どういうことだ?」
「いや、そんな感じがしたってだけで、俺にもよく分かんないけど……」
生憎、難民キャンプの実物など見たことはないので、正確なことは何も言えない。
あくまで知識として知っているだけなのだが、その知識と視線の先にある光景が見事に合致しているのだ。
現在御者を担当しているローリエが困ったような表情で「マスミさん、どうしましょう?」と訊ねてきた。
「どうしようったって……」
このまま見て見ぬ振りをして通り過ぎるのか否か。
本音を言えば、無視するべきだと俺は思う。
俺達の目的は日本帰還に繋がる手掛かりを探ることであって、難民キャンプ―――と仮定しておく―――の手助けをするために来た訳ではない。
エルベの街の騒動に巻き込まれた所為で、当初予定していた行程に大幅な遅れが生じてしまったのだ。
これ以上の時間的ロスも無用なトラブルに巻き込まれるのも避けたい。
どのような理由で避難してきたのかは知らないけど、自分達の問題は自分達で解決してもらおう……と言えれば楽だった。
「マスミィ」
「マスミさぁん」
「そんな目で見ないで」
根っからの善人であるミシェルとローリエが可哀想だよぉ、助けて上げようよぉと目をウルウルさせながら訴えてくるのだ。
止めて。困らせないで。俺だって良心が痛むのだから。
エイルも何かしら手助けをしてやりたい気持ちはあるのだろうけど、本来の目的が最優先であることを理解している彼女は「う~ん」と悩まし気な声を漏らすだけに留めた。
ちなみにユフィ―はこれっぽっちも興味がないのか、「マスミ様の御心のままに」とお澄まし顔である。
「俺が決めなきゃ駄目?」
『妻の我儘に応えてやるのも夫の甲斐性じゃぞ』
「うるせぇやい、この千年乙女」
まだ夫婦じゃねぇし。
あとユフィ―以外の女性陣は頬を赤らめるな。
こっちまで照れるわ。
雑念を払うように何度か頭を振った後、暫し黙考……。
「……ったく、なんかあったら即撤収だからな。いつでも動けるように警戒だけは解くなよ?」
その言葉を待ってましたと言わんばかりにパッと表情を輝かせたミシェルとローリエが左右から同時に抱き着いてきた。
そしてローリエがぶん投げるように手放した手綱は、エイルが素早くキャッチしてくれたので事無きを得た。
何かあったんすかと振り返ってくる馬達を「なんでもないよ~」と宥めつつ、新たに御者を務めるエイルがその馬首をキャンプの方へと巡らせる。
「あぁ、行きたくないなぁ」
『今更何を言うておる。認めたのはマスミ自身じゃろ』
「そうなんだけどさぁ」
失礼を承知の上で言わせてもらえば、難民キャンプなど種どころかトラブルそのものでしかない。
支援が不充分な難民キャンプ―――そもそも充分なキャンプなど存在しない―――では様々な問題が発生する。
水や食料の不足。公衆衛生に関する対策。果ては人種や言語、宗教上の違いによる衝突等々。
問題点を上げていけば切りがないのだ
不安定な環境に長時間身を置いた結果、精神に支障を来す者が出てきても不思議ではない。
接近する馬車に気付いた者達がこちらを指差しながら声を上げ、その情報は速やかに伝播されていく。
「何も起きなきゃいいけど」
遠巻きに警戒されたり、兵士に詰問をされる程度ならば、まだマシな方だろう。
下手をすれば問答無用で襲い掛かってこられる可能性すらあるのだ。
「やいッ、水と食料を出せ!」
……こんな風に。
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次回更新は7/12(月)頃を予定しております。




