第45話 紫煙を燻らせ
前回のお話……ルビーの選択や如何に
(真 ゜Д゜)どうすんの!?
(ミ ゜Д゜)どうすんの!?
(ル ゜Д゜)……どうしよう
「今回は色々と世話になったな」
「はて、特に世話を焼いた覚えも無いけどねぇ」
カロベロ・ファミリー本拠地への襲撃から数日後の夜。
俺はジョッシュと二人で闇ギルドのカウンターに並んで座り、一対一で酒を吞んでいた。
呑んでいるのはどちらもウイスキー。
いつぞやマスターが俺の適当な注文に応えて出してくれたものと同じ銘柄である。
そんなマスターは今日も今日とて黙々とグラスを磨いていた。
相変わらずのナイスミドルっぷりである。
「結局、あのお嬢ちゃんは父親を殺せなかった訳か」
「ま、俺はなんとなく予想してたけどね」
決着をつけろ。
俺とミケーレが見詰める中、ルビーの下した決断は―――。
「……あんたは殺さない。その代わり許してもやらない。この街から出て行って。そして二度とあたしの前に姿を現さないで」
―――というものだった。
きっと彼女には、実の父親を手に掛けるような真似は出来ないだろうなと予想していたので、特に驚きはなかった。
甘いと言えば甘い決断なのかもしれないけど、ルビーなりに思い悩んだ末に出した答えなのだ。
俺は彼女の意思を尊重するが、果たしてジョッシュはどうだろう。
カロベロ・ファミリーを根絶やしにするつもりだった彼からすれば、親玉の命を奪わずに追放だけで終わりにしたルビーの決断は、到底受け入れ難いものの筈だ。
「やっぱりあんたには納得出来ないかい?」
「まぁ、そりゃ最初はふざけんなって思ったさ。でもなぁ、あのお嬢ちゃんの泣きそうな顔見たら何も言えなくなってな。恨みが無くなった訳じゃねぇが、ここで俺が喚くのも違うなぁって思った訳よ」
そうこうしてる内にどうでもよくなっちまったと言って、ジョッシュは手元のグラスを傾けた。
「あいつら憎み合ってたんじゃねぇのかよ?」
「ルビーが一方的に憎んでただけだよ。今となってはなんとも言えんけど」
ルビーが父親を憎んでいたのは事実だろうけど、一方で親子関係を修復したかったのではなかろうかと俺は考えている。
だから最後まで非情に徹することが出来ず、今回のような決断を下すに至った。
そして父親の方だが、結局ミケーレ本人の心情は最後まで分からず終いだった。
ルビーからの追放宣言を受けて以降、ミケーレはほとんど口を開かなくなってしまったのだ。
ただ粛々と処分を受け入れた後、最低限の荷物だけを纏め、宣言を受けた翌日には自らの足で街から出て行った。
思い立ったが吉日と言わんばかりの行動の早さ。
予想外なその潔さに、逆に俺達の方こそ呆気に取られてしまった程だ。
更に予想外だったのはミケーレに同行者が居たこと。
その同行者とは何を隠そう幹部の一人であるウーゴだった。
「ボスとは付き合いも長いし、オイラも今更真っ当に生きられるような性分じゃねぇしなぁ。折角だから最後までお供するさ」
そのように言い残し、ウーゴはミケーレと共に何処ぞへ旅立っていった。
最後まで飄々とした態度を崩さない男だったが、実力は本物。奴が傍に居るのなら、ミケーレの身の安全は間違いあるまい。
こうして先代ボスと幹部の一人を失ったカロベロ・ファミリーは、新たにルビーを筆頭として再スタートを切ることになった訳だが、何もかもが順当に進むことなどある筈もなく、当然のように問題も起きた。
ルビーを後継者として認めない連中―――主に古株―――から不満の声が上がり、退任要求が届いたのだが、彼女はこれを「気に食わないならどっか行けば?」の一言で切って捨てた。
いやぁ、荒れた荒れた。
元々ルビーの存在を疎ましく思っていた連中は軒並み憤慨し、彼女を排除するべく実力行使に打って出た訳だが、それについては俺達が同じく実力行使で排除した。
表立って反発する連中とは別に手の平を返してすり寄ってくる連中も少なからず居たのだが、ルビーはこいつらも容赦なく切り捨てた。
「誰にでも媚びる奴とか一番信用出来ないわよ」
ごもっともである。
そんな感じで問題の有る奴や将来的に問題を起こしそうな奴なんかをどんどん切っていった結果、残った構成員の数は全体の三割にも満たなかった。
意外なことにブルアンは組織に残ることを選択した。
「まさかお嬢がここまで派手なことをやらかすとは思ってなかったからよぉ。面白そうだから近くで見物させてもらうぜ」
なんてことを相変わらずの銅鑼声でほざいていた。
数日前、ローリエの〈魔爪〉に腹を貫かれて死に掛けていた男とは思えないくらいに元気である。
驚くべきは獣人―――熊系獣人種の頑強さと回復力よ。
「あいつも根っからの悪党じゃなかったってことなんかね?」
「まぁ、あの野郎が今みたいになったのも、元はと言えば国自体の所為みたいなもんだからな」
ジョッシュ曰く、今でこそ組織の幹部なんぞをやっているブルアンだが、元々は〈ランカージャ〉―――異世界版レスリングのようなもの―――という競技の選手だったそうだ。
体格と才能に恵まれ、将来も有望視されていたブルアンだったが、ある時から急に公式大会への出場を禁止されてしまった。
理由は彼が獣人だから。
人間至上主義を掲げるこの国にとって、獣人如きが人間の中に紛れて大会に出場するなど言語道断ということらしい。
うん、実にくだらない理由だ。
犯罪者だからとか重大な違反をしたとかならまだ理解も出来るが、生まれを理由に将来のチャンスを奪われるだなんて……。
「酒と喧嘩に明け暮れていたところをカロベロにスカウトされたって訳よ」
「そりゃ腐りたくもなるわな」
この国の他種族に対する排斥意識も相当根深いな。
微かに酒精の回った頭でそんなことを考えている隣でジョッシュは煙草に火を点けていた。
そういえば煙草を切らしていたのだった。
「俺にも一本貰える?」
「ほいよ」
無造作に差し出されたシガレットケースから紙巻き煙草を一本抜き取って口に咥え、続けて差し出されたマッチで先端に火を点ける。
深々と煙を吸い込み……吐き出す。
メンソール程強くはないけど、清涼感のある風味。結構好きかも。
暫し無言で煙草を味わい、お互い根元まで吸い切ったところで、おそらくは今出勤してきたのだろうコートニーが「お酌してほしい人いる?」と近寄ってきた。
俺は彼女がキャスト以外で働いているのを見たことがない。
嫌がらせゲリラの際に噂を流してもらったので、闇ギルドに所属しているのは間違いない筈なのだが……。
「いや、特に必要ないけど」
「隣失礼しまぁす」
「聞けや」
俺の言葉を無視して隣に座ったコートニーは、わざとらしくその立派な胸を押し付けながら「ねぇねぇ、マスミさん。謝礼出た?」と訊ねてきた。
「出てないよ」
「でもその内貰えるんでしょ?」
「知らんよ。今はそれどころじゃないだろうし」
ここ数日、ルビーは組織の再編に追われ、文字通り寝る間も惜しんで働いている。
組織の立て直しと浄化。
悪事から足を洗うための各種根回し。
領主との関係改善等々。
やるべきことは山積みなのだ。
今の彼女に俺達への謝礼なんぞを気にしている余裕はあるまい。
「ちょっとぉ、謝礼が出るっていうから私手伝ったんですけど」
「そんなん俺に言われても……」
謝礼の約束云々とは、コートニーの協力を得るためにミシェルとローリエの二人が口から出まかせを言ったに過ぎないのだ。
事実を知らないコートニーは俺に胸を押し付けたまま、謝礼謝礼とこちらの肩を遠慮なく揺さぶってくる。
そんな約束をルビーと交わした記憶はないんですけど……とは今更言えない雰囲気。
どうやって誤魔化そうかなぁと黙って揺さぶられていたら「おい、客に絡んでんじゃねぇよ」とジョッシュがコートニーを注意した。
「今のお前は店のキャストだろうが。邪魔すんじゃねぇ」
「あらジョッシュ、生きてたの?」
「生きてて悪いか。酌は必要ねぇっつってんだから他の客んとこにでも行ってろ」
「あんた達以外に客なんていないじゃない」
「だったら奥にでも引っ込んでろ」
「暇だからイヤ。私にもお酒ちょうだい」
「図々しい女だな。テメェに呑ませる酒なんかねぇよ」
「私だってあんたになんか頼んでないわよ。マスミさんにお願いしてんの」
突如として口喧嘩を始めるジョッシュとコートニー。
どちらも感情的になっていないし、軽口の延長線のようなやり取りなので、放っておいても問題はないだろうけど、俺を間に挟むのは止めてくれないかなぁ。
取り敢えずこの隙にカウンターの上に置きっぱなしになっていたシガレットケースから二本目の煙草を拝借しておく。
ジョッシュが気付いた様子はない。
「マスター、止めてくれません?」
「じゃれ合いみたいなもんだ。好きにやらせておけ」
それだけ言うとマスターは棚から酒瓶を手に取り、無言で俺のグラスにお代わりを注いでくれた。
この時見えたマスターの口元には、ほんの僅かながらも笑みが浮かんでいた。
「じゃれ合いねぇ」
なんやかんやと言いつつもジョッシュが無事であったことが嬉しいのだろう。
だからコートニーも態々絡んできたのだ。
自己責任だなんだと言っていたくせにである。
「どいつもこいつも素直じゃないねぇ」
俺は未だにあーだこーだと喧しくしている二人の声をBGM代わりに楽しみつつ、二本目の煙草に火を点け、吐き出された紫煙がゆっくり昇っていく様を眺めるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6/21(月)頃を予定しております。




