第8話 酒の肴に酔いどれ乙女 ~呑み過ぎにはご注意を~
前回のお話……鬼は外~
(真 ゜Д゜)ゞ⌒゜。゜
「マスミの登録試験合格と」
「わたしとミシェルの昇格と」
「ついでに俺の負傷によってあぶく銭が得られたことを祝して」
「「「かんぱーい」」」
並々と酒が注がれたコップを掲げ、ぶつけ合う……危うく零れるところだった。
どうも、試験で手首を叩き折られるというトラブルに見舞われながらも、なんとか冒険者の登録試験に合格した深見真澄です。
夕方になって日が沈んできた現在、我々は打ち上げも兼ねて早めの夕食をいただいております。
場所は、水鳥亭という酒場を兼任した宿屋。
ミシェルとローリエが常宿として利用している宿屋だそうだ。
試験終了後、俺達はギルドの受付で残りの手続きを済ませた。
まずは認識票の発行手続き。
カウンターの上には二枚一組の認識票―――俺の名前などが刻まれた銅製の認識票と無色透明な魔石票が置かれている。
書類の記入は既に終えていたので、あとは俺の魔力を登録するだけと言われたのだが、魔力の登録ってなんぞ?
聞けば新規の認識票を発行する場合、魔石票の方には必ず持ち主の魔力情報を登録しなければならないとか。
そうすることによって持ち主以外の者が所持した場合、魔力の蓄積機能が働かなくなるそうだ。
また、冒険者ギルドの有する大規模なネットワーク―――魔道工芸品を利用したもの―――に情報を登録しておくことによって……。
「何かあった時に身元の照合もし易くなりますから」
なんてことを笑顔でのたまう受付嬢。
何かってなんだ。何かって……。
「やり方は魔石票にご自身の血を吸い込ませるだけです。簡単ですよね?」
そう言って、何処からともなく一本の針を取り出す受付嬢。やはり笑顔である。
ヤダこの子怖い。
受け取った針で右手の親指を小さく刺し―――普通に痛い―――指の腹を魔石票に押し当て、滲み出てきた血を吸わせる。
「んぉ?」
トクンッと微かに鼓動のようなものを感じたと思ったら、無色透明だった筈の魔石票が徐々に青く変色していった。
血を吸わせた筈なのに何故赤ではなく青に変色するのか。不思議。
ミシェル達の討伐記録を確認する際にも使用した台座型の魔道工芸品の上に魔石票を乗せ、何やら操作し始める受付嬢。
黙って待つこと約二分。
「お待たせ致しました。これで登録は完了です。どうぞお受け取り下さい」
「お受け取りします」
手渡された認識票を首から下げ、懐に仕舞い込む。
その間に新規登録に必要な料金の銀貨一枚を支払ってくれるミシェル。
いつもすまんねぇ。
「紛失してしまった場合はすぐにギルドへ申し出て下さい。その際には再発行料として、金貨一枚をお支払いいただくことになりますので、くれぐれも無くさないよう注意して下さい」
「気を付けます」
お金もないので……。
今更だが、この国の通貨について説明しておこう。
流通しているのは硬貨のみで紙幣はなし。
種類は銅貨、大銅貨、銀貨、金貨、白金貨、虹金貨の六種類。
レートはそれぞれ―――。
銅貨十枚で大銅貨一枚。
大銅貨百枚で銀貨一枚。
銀貨百枚で金貨一枚
金貨百枚で白金貨一枚。
白金貨百枚で虹金貨一枚。
ちなみに一般的な庶民の平均月収は銀貨二十枚前後。
日常生活で金貨以上を目にすることはまずないとか。
庶民の平均月収よりも値の張る認識表。
何故これ程までに高いのかと理由を訊ねたところ……。
「認識票自体が一つの魔道具だからですね。複製や解析を防止するために様々な処置が施されているんです。あと交換や売買も禁止されています」
優れた技術を生み出し、維持するためには何かと金が掛かる。
ともかく認識票も受け取ったので、手続きは全部終わりだと思っていたら……。
「フカミさんはこちらもお受け取り下さい」
小さめの革袋を俺に手渡す受付嬢。何これ?
軽く振ってみるとジャラジャラと硬質な音がする。
中身は……金か?
「今回の試験中にフカミさんを負傷させてしまったことに対する賠償金です。お納め下さい」
「賠償って……そりゃ骨折はしましたけど、魔水薬でもう治りましたよ? それに模擬戦なんだから多少の怪我は―――」
「仰る通りです。試験内容が模擬戦である以上、打ち身や擦り傷といった多少の怪我を負う可能性は充分有り得ますし、その際にはギルド側からも治療を行います。ですが、あくまでもそれは多少の怪我の場合です。今回フカミさんが負った怪我は、この多少の範囲を越えるものと判断されました」
「んー、本当に貰っていいんですか?」
「はい。逆に受け取ってもらえなければ、ギルドとしても困ってしまいます」
あまりお金で問題を解決するのもどうかと思うのですが、と言って苦笑する受付嬢。
まあ、性格的に金銭での解決を嫌がる人間もきっといるだろうけど、手っ取り早く謝罪の気持ちを伝えるって意味では有効だと思う。
言葉だけでは中々伝わらないこともあるのだ。
「では遠慮なく」
そして俺は貰える物は貰っておく人間なのだ。
革袋の中には銀貨が五枚。庶民が稼ぐ平均月収の約四分の一。
先立つもののない俺にとっては、実に有り難い臨時収入である。
「それでは次に討伐依頼達成による報酬をお支払いします」
お次はミシェルとローリエが請けたゴブリン討伐依頼の手続き。
俺は後ろに下がっておく。
「通常依頼達成の報酬額が銀貨二枚。常時依頼であるゴブリン討伐数が通常個体二十九、亜種が一で、合わせて大銅貨四十九枚。魔石の買い取り額が大銅貨七十枚と銅貨八枚。更に階級以上の達成結果であることを上乗せしまして……報酬総額は銀貨四枚と大銅貨三枚になります」
硬貨が詰まった革袋を受け取るミシェル。
ローリエも隣でホクホク顔。
命懸けで得られた報酬が俺に支払われた賠償金よりも少ないのか。
割に合わないと思ってしまうのは、果たして俺だけだろうか?
聞けば、駆け出し冒険者が一度の依頼達成で得られる報酬としてはかなり多い方らしい。
そんなもんかねぇ。
「また今回の依頼達成に伴い、ミシェルさんとローリエさんには昇格の資格有りと支部長らが認められました。よって今この時より、お二人は鉄級冒険者となります。おめでとうございます」
受付嬢が唐突に告げてきた昇格の話。
冒険者としてのランクが一段上がったということか。
ミシェルとローリエはお互いの手を取り合って、やったやったと喜んでいる。
そんなに嬉しいことなのかね?
「昇格すると何かしらのメリットってあるんすか?」
「勿論です。依頼達成時の報酬額は上がりますし、受理出来る依頼の幅も広がります。何より信頼度が違いますね」
信頼度とな?
「時々ギルド側から冒険者さんに仕事を斡旋することもあるんですよ。そういった仕事の場合、失敗されると本当に困る類のものが多くて、階級の低い方にお願いするのはちょっと……って考えちゃうんですよね」
「あー、それは納得」
どうせ仕事を任せるのなら新米よりも経験豊富なベテランが選ばれるのは当然だろう。
失敗の許されない仕事なら尚更だ。
「何か情報を上げてもらった時の確度も違ってきますし」
「依頼主の第一印象も変わると」
「仰る通りです」
開拓村の村長さんも最初は怒っていたな。
成程。二人がここまで喜ぶのにも頷ける。
ちょっと、いやかなりハードなお手伝いだったけど、昇格の一助になったと思えば悪い気もしない。
見たことがない程ニッコニコしているミシェルとローリエ。
可愛いじゃねぇか、この野郎。
いい加減、他の冒険者や職員さんの迷惑になりそうだったので、ハイテンションの二人を引っ立てるようにして建物の外に出たところ……。
「お祝いしよう!」
とミシェルが言い出したのだ。
そして現在、水鳥亭一階の酒場スペースにて打ち上げの真っ最中という訳なのです。
俺はエールを、ミシェルとローリエは蜂蜜酒を呑んでいる。
一口だけ味見をさせてもらったが、なんともまろやかな口当たりだった。
度数もそれ程高くはなさそうだし、この優しい甘さは女性に受けるだろうなぁ。
蜂蜜酒というのは、文字通り蜂蜜を原料とする醸造酒の一種で、地球においては世界最古の酒とまで呼ばれている。
事実かどうかは知らんけど、その歴史は旧石器時代まで遡るとか。
作り方は簡単。蜂蜜を水で薄めて放置しておくだけで、勝手にアルコール発酵が始まる。
ドライイーストを加えたり、ワインやハーブ等を加えたりする製法もあるけど、基本は放置だけで問題なし。
何処ぞの国の神話とも強い結び付きがあるらしいが、流石にそこまでは知らん。
自称冒険家の我が友にでも聞いてくれたまえ。
俺が知っている雑学のソースはほとんどあいつだ。
「それにしても流石はマスミだ。あれ程の実力者から認められるとは!」
「手首折られたけどね」
ミシェルさん、ずっとこんな調子です。
お酒も入ってテンション上げ上げです。
既に三杯目でございます。
「謙遜するな。不意を突いたとはいえ、お前は元白銀級の冒険者に一撃を入れたのだぞ。自慢しても許されるくらいだ」
「一撃て……」
豆を撒いただけだぞ?
称賛してくれるミシェルには悪いが、素直には喜べない。
あとこれ以上興奮するのは止めた方がいい。
酔いが回る……ってもう飲み干してやがる。お代わりしとるし。
「これでマスミさんも冒険者の一員ですね。おめでとうございます」
「ありがとう。出来ればその台詞は素面の時に聞きたかった」
「うふふふふ~」
何故か俺を抱きすくめるように背後からしなだれ掛かってくるローリエ。
動けない。あと酒臭い。だけど後頭部に押し付けられている感触は幸せ。
中々ご立派なものをお持ちですね。
「うふふ~、あはは~、マスミさぁん、なんだか世界がぐるぐるしてますよ~」
「お前さんはもう呑むな」
ちなみにローリエは既に八杯も空けている。
ミシェルの比ではないくらいに顔が真っ赤だ。
如何に蜂蜜酒のアルコール度数が高くなかろうとも、これ程ハイピッチで大量に呑んでいたら酔っ払うのも当然だ。
「おいマスミ、コップの中身が減ってないぞ。お前ももっと呑め!」
「……」
ミシェルは完全に絡み酒だな。
グビグビと音を立てて呑んではお代わりを要求している。五杯目。
ローリエに追い付くのも時間の問題か。
「あはは~、回る回るですよ~」
「……」
この子はもう駄目かもしれん。
なんと残念な乙女達よ。
開拓村で呑んだ時はこんな風に乱れたりしなかったのに、どうやら自制が効かない程のテンションになっていた様子。
今の彼女達を見ていると、どれだけ呑んでも酔える気がしなかった。
他の客までドン引きしてるし。
カウンター席奥の厨房で女将さん―――気の強そうな妙齢の美女―――が苦笑いしてるのが見える。
うるさくしてすみません。
テーブルの上には女将さんが用意してくれた食事が並べられているというのに、この二人は碌に手を付けることもなく酔っ払いやがった。
ミシェルが頼みまくった所為で、明らかに三人前以上の量があるのだが、まぁ食えるだけ食ってみるとしよう。
本日の献立―――。
薄くスライスされた黒パン。
チーズと煎られた木の実の盛り合わせ。
野菜がたっぷり入ったスープ。
茹でられた腸詰肉。
キャベツっぽい野菜の漬物とその漬物を使った肉料理。
―――以上となります。
「いただきます」
まずは挽き肉がたっぷり詰まった太めの腸詰肉を一口、ガブッとな。
歯応え充分なそいつをモギュモギュと咀嚼し、エールで流し込む。
美味い。ちと塩気が強いものの、それがまたエールとよく合う。
お次は黒パンをそのまま……は前回で懲りたので、スープに浸して柔らかくしてから食べる。
柔らかくなっても感じられる麦の旨味。
何故俺は直接齧るなどという馬鹿な真似をしたのだろう。
黒パンを食べる合間、チーズや木の実もつまんでエールを呷る。
空になった。お代わり下さい。
「おや?」
エールのお代わりがくるまでの箸休めと思って、スープを啜ってみたが、これがまた美味い。
野菜の旨味が染み込んだ優しい味わいが口の中いっぱいに広がり、疲れた舌を癒してくれる。
じっくり煮込んであるおかげか、大きめにカットされた野菜は大して噛まずとも簡単に崩れていく。
夢中になって味わい、あっという間に一皿空けてしまった。
「はぁい、エールのお代わりどうぞ」
栗色のセミロングを揺らしながら、年若い少女がエールのお代わりを運んで来てくれた。
彼女は女将さんの娘の一人だ。
この水鳥亭は女将さんとその娘二人の母子三人で切り盛りしているらしい。
こうして酒場を開く場合は女将さんが厨房を、娘二人が会計と給仕を担当するのだ。
今俺の目の前にいる娘が長女。
「待ってました」
並々とエールが注がれたコップを受け取り、そのまま一口呑む。
うん、ぬるい。
「ねぇ、これって何の漬物?」
空いたコップや皿を回収していた長女に、見た目はキャベツの漬物にしか見えない料理について訊ねてみた。
「あれ、お客さん知らないの? これはねぇ、キャベジって野菜の漬物。ちょっと酸っぱいけど美味しいよ」
「キャベジ……」
キャベツじゃないの?
いや、キャベツも昔はキャベジって呼ばれてたらしいけど、地球産のと何か違いでもあるのだろうか?
実際に食べてみれば分かるか。
「キャベジね。ありがと」
長女に礼を言い、さっそく件の漬物を食べてみる。
繊切りにされて細かくなったキャベジをフォークで掬い、口に運ぶ。
多少しんなりしつつも、シャキシャキと心地好い歯応え。
独特だがすっきりとした酸味。
使ってる野菜といい、この味といい……。
「ザワークラウトだな」
酸っぱいキャベツ。
ドイツにおけるキャベツの漬物だ。
海外旅行中に一度だけ口にしたことがある。
名前の通り独特の酸味があるので酢漬けにしていると思われがちだが、実はこの漬物に酢は一切入っていない。
使われているのは塩と幾つかの香辛料のみで、どうも空気中の乳酸菌を利用して発酵させているのだとか。
よく考え付くものだ。
「じゃあこの肉料理は……」
まだ手を付けていない一品―――酸っぱいキャベツを使って作られた肉料理。
皿に敷かれたザワークラウトの上に、一口で食うには厳しい大きさの分厚い肉が数枚置かれている。
この料理にも見当がついてきた。
フォークを刺して持ち上げた肉に齧り付く。
肉の旨味と塩気と酸味。それらが溶け合って味覚を刺激してくる。
「美味いなぁ」
「おぉぉぉい、マスミィィィ~」
「黙って食っとけ」
―――邪魔者の口の中に肉を突っ込んで黙らせる。
この肉料理、俺の記憶にあるものとよく似ている。
シュラハトプラッテ。
肉や腸詰肉をザワークラウトの上に乗せて蒸し焼きにした料理だ。
多くは豚肉を使用していたが、はてさてこれは何の肉だろうか?
予想以上に美味い料理の数々。
酒との相性も抜群で箸もといフォークが進む。
女将さんは料理上手ですな。
「よく考えたら、異世界で初めてまともな料理を食った気がする」
こう言っちゃなんだが開拓村での食事は質素過ぎたし、移動中は干し肉とかの携行食ばかりだった。
昨日の逃走兎の焼き肉は美味かったけど、あれは料理とは呼べない。
自分でも驚く程のペースでテーブル上の食事を平らげていく。
当初は食べ切れるか不安だった量が見る間に減っていき、程なくして皿の上にあった料理はパンの一欠片も残すことなく俺の胃袋への移されたのだった。
「ごちそうさまでした」
満腹だ。そして満足だ。
ちなみに俺が食事を平らげている間に酔い潰れた乙女二人は寝落ちしてしまった。
ミシェルはテーブルに突っ伏し、ローリエに至っては床の上に転がっている。
若干ミシェルがモガモガやっているのが心配だけど、詰まらせたりしないよな?
やったの俺だけど。
俺達の居るテーブル付近だけ混沌としており、心なしか他の客からも更に距離を置かれてしまった気がする。
本当に残念な乙女達よ。
「呑み過ぎには気を付けたまえ」
締めの一杯にエールではなく、蜂蜜酒を頼み、俺は静かに独りごちた。甘い。




