第43話 人知れぬ決着 ~狙撃~
前回のお話……ミシェル覚醒?
(ウ ゜Д゜)降参!
(ミ ゜Д゜)勝ったの?
―――side:ユフィー―――
カロベロ・ファミリーの本拠地から離れたスラムの路上にわたくしは一人で立っております。
人々の相争う声が未だ耳に届いてきます。
この場には、わたくし以外に誰もおりません。
皆自宅に引き籠っているのでしょう。
この街を牛耳っているカロベロ・ファミリーの本拠地から爆発音やら悲鳴やら怒号やらが飛び交っているのですから、当然の反応ですね。
誰も好き好んで争い事に巻き込まれたくはないでしょう。
「出来ればわたくしも早くこの場を離れたいのですが……」
と独り言ちるわたくしの視線の先、一人の男性が姿を現しました。
上から下まで全身黒尽くめな上に左目には黒い眼帯まで付けるという徹底した黒っぷり。
独特な格好をされたその男性は……。
「ジョッシュ様、ご無沙汰しております」
「……マスミと一緒に居た神官の嬢ちゃんか」
数日振りに再会したジョッシュ様は、何処か不機嫌そうな声を上げました。
顔色は悪く、目の下には薄っすらと隈が見えます。
もしかしたらあまり眠っていないのかもしれません。
ちなみにわたくしは毎日十時間以上は寝ています。
「寝不足ですか? 働き過ぎはよくありませんよ」
「余計なお世話だ。こんな所で何してやがる?」
「貴方様を待っておりました」
「俺を待っていただぁ?」
「はい、もうすぐ此処にジョッシュ様が参られるので、話し相手をするようにとマスミ様から仰せつかっております」
嘘ではございません。
マスミ様と一緒に来た際、「もうすぐジョッシュが此処を通る筈だから、適当にくっちゃべって引き留めてくれ」とご指示を受けました。
マスミ様はわたくしを一人この場に残し、何処かへ行ってしまわれたのですが、さて何処にいらっしゃるのでしょう?
「ふざけてる……って訳じゃなさそうだな。それで? 俺を足止めしてどうしようってんだ?」
「足止めではなくお話でございます」
「同じことだ。悪ぃが嬢ちゃんに付き合ってられる程暇じゃねぇんだ。怪我したくなけりゃ退きな」
「既に幹部と呼ばれる方々はミシェル様とローリエ様が倒してしまわれました。お言葉を返すようですが、行っても無駄足になるだけかと」
「だとしてもまだカロベロ本人の首は押さえてねぇ筈だ。いいからさっさと退け。今更後には引けねぇんだよ。でなきゃ俺は―――」
いったいなんのために……。
ジョッシュ様は一度だけ苦しそうに表情を歪められましたが、迷いを払うように何度か頭を振った後、わたくしの方に歩を進めてきました。
もしやこれは力尽くで排除させられるパターンなのでは?
「わたくし肉体労働は苦手としておりますので、出来ればお手柔らかにお願いしたいのですが……」
「それこそ出来ねぇ相談だな。言ったろ、後には引けねぇって。邪魔する奴は誰だろうと排除する」
そう告げられた後、ジョッシュ様はコートの袖口から取り出したナイフを両手に握られました。
自慢ではありませんが、わたくし戦闘能力は皆無でございます。
そんな事実を知る由もないジョッシュ様はズンズン迫ってきます。
神よ、敬虔なる信徒の危機です。
どうか慈悲の手を…………どうやら神はお昼寝中のようです。
何処にいらっしゃるのか分からないマスミ様、わたくしピンチでございます。
もうこっそりレイヴン用のオヤツをつまみ食いしたりしませんので、どうか助けて下さい。
そんなわたくしの祈りが通じたのか、突然視界に走った鋼色の閃光がジョッシュ様の右脚を貫きました。
――――――
―――
「着弾確認」
半ば反射的に呟いた後、俺はうつ伏せ―――伏せ撃ちの姿勢から身体を起こした。
『不思議じゃのう。エアライフルを撃つ時だけは頗る真面目に見えるのじゃから』
「失敬な。俺はいつだって大真面目だ」
どの口が言っておるのじゃと呆れるニースを無視して、構えていたエアライフルを空間収納にしまい、身体強化を発動して建物の屋上から飛び降りた。
ちょっと怖かったけど、無事に着地。
急いでユフィ―の元に向かった。
「おーい、ユフィー。無事かぁ?」
「下着以外は無事でございます」
なら何の問題もないな。
褒めて遣わすと言って適当にユフィ―をあしらいつつ、膝を突いたまま動けずにいるジョッシュの前に立つ。
「よぉ、ジョッシュ。ご無沙汰」
「ぐっ……マスミ。今のは、テメェが……ッ」
「ああ、俺がやった。こうでもしなきゃあんたは止まんねぇだろうと思ったからな」
魔力弾で撃たれた傷を押さえ、脂汗を流しながらもジョッシュは俺を睨み付けてきた。
如何に彼が実力者であろうとも、片脚を潰されてはどうしようもあるまい。
「なんで、テメェが此処にッ。カロベロの所に……行ってたんじゃ……ッ」
「行ってたよ? 少し前までは」
組織の幹部にして最大戦力でもあるブルアンとウーゴを、ローリエとミシェルがそれぞれ撃破するのを確認した後……。
「すまん、エイル。ちょっと離れるから、あとよろしく」
「別にいいけどぉ、何処に行くの~?」
「野暮用。もう一人止めにゃならん奴がいるから」
「そっか~。うん、こっちは大丈夫だからぁ、マスミくんも気を付けてね~?」
「ありがと。ついでにユフィーも借りてくから」
察しの良いエイルは、これだけで俺が何をしに行くのかを理解してくれた。
彼女に見送られつつ、俺はユフィーを伴って本拠地を離れた。
レイヴンくんに先導してもらう形で歩き続け、この辺りでいいかなと本拠地からそこそこ遠いスラムの路上で立ち止まり……。
「もうすぐジョッシュが此処を通る筈だから、適当にくっちゃべって引き留めてくれ」
「何の説明もなしに唐突なご命令。流石でございます、マスミ様。ですが、それではわたくしが危険なのでは?」
「そこは俺がなんとかするから安心しろ。とにかく任せたぞ」
説明らしい説明も碌にしないままユフィーを路上に残してきた。時間が惜しかったのです。
そして歩いてる途中に目星を付けておいた場所―――ユフィーが立つ路上を監視し易く、尚且つ高さのある建物まで身体強化を駆使して向かった。
高さとしては三階建て相当。
直線距離にして200メートル弱。
充分とは言えないものの、このスラム街でこれ以上の狙撃ポイントは望めないだろう。
急ぎ屋上に登った俺は、空間収納からエアライフルを取り出し、伏せ撃ちの状態で待機していた。
そうして数分と経たない内にジョッシュが現れ、狙撃を実行したのである。
「本拠地を攻めてる間、ウチの従魔には周辺の警戒を頼んでおいたのさ。ジョッシュの姿が見えたらすぐに教えるようにって」
定位置の肩の上でパカパカと大顎を閉じたり開いたりしてみせるレイヴンくん。
表情なんて分からないけど、なんとなくドヤ顔を浮かべていそうな気がした。
「悪いが、あんたにカロベロは殺らせない。奴の処断は娘であるルビーの役目だ」
「ざっ、けんな! 奴は……奴だけは俺の手で殺す! でなきゃあいつが浮かばれねぇ!」
「あいつ、ねぇ」
あいつというのは、きっと殺された相棒のことだろう。
元々、ジョッシュは相棒の仇を討つために行動していたのだ。
カロベロ・ファミリーに所属する者達を皆殺しにせんとするジョッシュ。
ルビーを新たなボスに、組織の浄化・再構築を図ろうとする俺達。
お互いの敵は同じでも、目的が全く異なる俺達と彼とでは協力し合うことも出来ず、結果としてこんな状況を招いてしまった。
別に復讐自体を否定するつもりはない。
よく映画やドラマなどでは、「復習は何も生まない。死者はそんなことを望んでいない」なんて綺麗事を抜かす輩がいるけど、俺から言わせればそんなことはないである。
死者の気持ちなんて誰にも分からないし、そもそも復讐を望んでいるのは死者ではなく、生きている本人なのだ。
望んだ本人が復讐を達成出来たのなら、その時には何かしら得られるものもあるだろう。
もしも立場が逆だったら、俺も同じことを考えたかもしれない。
「カロベロを許せないって気持ちは、まぁ理解出来るつもりだし、ルビーとかを除けばマジでどうしようもないクズ共ばっかりだから、ぶっちゃけ死んでもいいと思ってる」
「だったら……だったらなんで俺の邪魔をしやがる!?」
「あんたを野放しにしたら俺達の目的を達成出来ないからだよ。何より……」
ジョッシュの瞳の奥で燃え盛る怒りと憎悪の炎。
その視線を真っ向から睨み返しつつ、俺は言い放った。
「俺の寝覚めが悪くなる」
「……………………は?」
先程まで向けていた怒り心頭の眼差しは何処に行ったのやら。
長い沈黙の末にポカンとした表情を浮かべるジョッシュ。
多分、俺の言ったことを理解出来ていないのだろうけど、構わず続けてやる。
「放っておいたら自滅するのは分かり切ってる。それを見て見ぬ振りなんてしたら俺の寝覚めが悪くなる。だから止めた。それだけだ」
「んなっ。そんな理由……そ、それこそテメェには、か、関係ねぇだろ!?」
「見知らぬ赤の他人だったら俺だって気にしないさ。でも俺とあんたは知り合っちまったんだよ」
生憎、俺は聖人君子ではないので、顔も知らない赤の他人の死を悼むような心は持ち合わせていない。
だが、友人知人の死を悼む極々一般的なものならば持ち合わせている。
それ程多くの言葉を交わした訳ではないものの、困ったことに俺は、このジョッシュという男のことが嫌いではないのだ。
「あんたが俺と知り合ったりなんかするからこんなことになったんだ。つまり悪いのは全部ジョッシュ。自業自得。むしろ迷惑掛けてごめんなさいと泣いて詫びろ」
「え、いやそれは……はっ、ん? えっと……なんで?」
「流石はマスミ様でございます。理路整然としているようでいて、実際には単なる暴論の押し付け。それを堂々と言い切ってしまうそのお姿にわたくし敬服致します」
頭上に幾つもの「?」を浮かべて戸惑うジョッシュと何故か然り然りと頷いているユフィ―。
うん、若干殺伐としていた筈の空気がイイ塩梅で混沌としてきた。
「別に俺を信じろとか任せておけなんて言うつもりはないよ。ただ少しだけ待ってくれ。ルビーが親の不始末に対してどんなケジメを付けるのかを見て、それでも納得出来なかったら……もっぺん話し合おう」
俺からの申し出に対してジョッシュはすぐに回答を出さず、両の目蓋を下ろした。
そうして暫し黙考した後、ジョッシュは目蓋を開くと共にフッと表情を緩めた。
闇ギルドで見せた嘘っぱちの笑みではなく、初めて会った時に浮かべていた飄々とした笑みによく似ていた。
「お前、お人好しだとは思っちゃいたが、どうやら俺が想像してた以上の甘ちゃんだったみたいだな」
「失敬な。誰がお人好しだ。名誉棄損で訴えるぞ、この野郎」
「はいはい、分かった分かった。もうお前の言う通りでいいよ。どのみち、この脚じゃまともに動けねぇしな」
降参するように両手を上げるジョッシュ。
なんか微妙に腹の立つ態度だな。
そんな俺達を見ていたユフィ―が「これが俗に言うツンデレというものでございますね」と訳の分からん戯言をほざいていた。
異世界にもツンデレの概念は存在するらしい。
このようなくだらないやり取りを交えつつ、ジョッシュと一時休戦することに成功した俺達は、彼を連れて本拠地へ戻ることにした訳だが……。
「なぁマスミ、治療してくれるのはありがてぇんだけどよ……なんで完治させてくれねぇの?」
「え? だって暴れられたら面倒じゃん」
念のための用心だけは怠らなかった。
危機管理って大切。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6/7(月)頃を予定しております。




