第39話 犬熊激突 ~力に勝るもの~
前回のお話……ブルアン再登場
(真 ゜Д゜)任せた!
(ミ&ロ ゜Д゜)お任せ!
―――side:ローリエ―――
「気を付けて下さい!」
「そちらも油断するなよ!」
同時に飛び出したわたしとミシェルは、お互いに注意を呼び掛けて頷き合った後、それぞれが対峙するべき相手の元へと向かいました。
ミシェルはウーゴと呼ばれた最古参の幹部に、そしてわたしは……。
「おっ、来るか? 来るのか? 来いよぉ!」
ブルアンとの決着をつける!
凶悪な顔付きに似つかわしくない子供のような笑みを浮かべ、両腕を大きく広げて待ち構えるブルアン。
わたしは走りながら四肢を〈獣化〉させ、彼との距離を一気に縮めます。
自らの間合いにわたしを捉えたブルアンは、「オォォラァッ!」と丸太のように太い腕を伸ばしてきました。
迫る二本の腕を難無く掻い潜り、ブルアンの懐に潜り込んだわたしは、がら空きの胴体に全力の拳を打ち込みます。
ドンッと重々しい音が響き、反動でブルアンの身体が僅かに後退しました。
「ごッ、おぉ……こ、こいつは……!?」
「驚いている暇なんてありませんよ!」
殴られた腹部を押さえ、驚愕に目を見開く彼の顔面をわたしは容赦なく殴り飛ばしました。
更に二発、三発と左右の連打を喰らわせた後、下がってきたブルアンの顎に目掛けて、右の肘を大きく振り上げました。
下から掬い上げるような一撃を貰ったブルアンは大きく仰け反り、背中から地面に倒れ込みました。
起きているのか、気絶しているのか。
半開きの目蓋がピクピクと痙攣しています。
近くにいた数名の構成員が悲鳴染みた声でブルアンの名を呼び、彼の傍へと駆け寄っていきます。
手応えは充分。普通ならこの時点で決着ですが……。
「きっと貴方は立ちますよね?」
まるでその言葉を待っていたかのように倒れていた筈のブルアンが―――部下の手を借りてとはいえ―――のっそりと起き上がってきました。
「くは、は、ははは……今のは、マジでやばかったぜ。目の前がいきなり真っ暗になっちまった……」
「相手の攻撃を全て受け切ろうとするからそうなるんですよ」
「あぁん? お前……そうか、あの時の女か。姿が変わってるんで、誰なのか分からなかったぜ」
「ええ、あの時は本当に失礼しました」
初めて彼と対峙した際、わたしは力を抑えたままの状態で勝とうと考えていました。
ある意味、侮っていたとも言えます。
武人同士の決闘―――ブルアンは武人ではありませんけど―――なら完全に相手を侮辱していますね。
あの時は先の状況が全く読めなかった所為で、余力を残しておかざるを得ませんでしたが……。
「今度は最初から全力です」
「へへへ、それがお前の本気って訳かよ」
「ええ、だから貴方もそろそろ本気を出した方がいいですよ。それとも―――」
―――今の姿のまま負けるのがお望みですか?
わざと挑発するような物言いをすれば、ブルアンはそれまで浮かべていた薄笑いを引っ込め、両の瞳に剣呑な光を灯しました。
「テメェ……気付いてやがったのか」
「なんとなく、ですけどね」
「……だったら隠してたってしょうがねぇな。オラ、お前ら邪魔だから退いてろ」
そう言って部下を下がらせた後、ブルアンは左の袖を捲りました。
露となった腕には太い金属製の腕輪が嵌められており、彼をそれを右手で無造作に掴むと「フンッ」と力任せに引き千切ってしまいました。
ブルアンの力に耐えられず、バキンッと硬質な音を立てて腕輪が割れた直後―――。
「ぐっ……ぅぅぉぉおおおおおおあ゛あああああ゛ああ―――ッッ!!」
―――野獣の如き絶叫がブルアンの口から迸り、彼の肉体に変化が現れました。
全身の、特に上半身の筋肉が目に見えて肥大化し、辛うじて彼の身体を包んでいた衣服が、内側からの圧に耐えられずビリビリと破けていきます。
一回り以上も膨れ上がった鎧の如き筋肉。
変化はそれだけに留まらず、黒く硬そうな体毛が背中を中心に生え広がり、肩や胸、腕を覆っていきます。
頭部には丸みを帯びた獣耳が生え、肘より先の前腕が獣の前肢を思わせる形状―――獣腕となりました。
最後にその獣腕の先から湾曲した太い鉤爪が飛び出るように伸びたところで、ようやく変化が終わりました。
全身の筋肉の肥大化に伴い、元々人並外れて大柄だった身体が更に一回り大きくなっています。
大型の肉食獣を彷彿とさせるその姿は……。
「熊系獣人種ですか」
熊の特徴と性質を備えた獣人―――熊系獣人種。
数多ある獣人種の中でも特に優れた体格や怪力を有する種族。
「それが貴方の正体という訳ですか」
「ハッハー、お望み通り初っ端から〈獣化〉だぜ」
本来の姿に戻ったブルアンは、〈獣化〉による闘争本能の昂りも相俟ってか、これまで以上にギラついた眼差しをわたしに向けてきました。
戦闘狂の闘争本能が高まるって、本当に質が悪いですよね。
「ズボンまで破けなくて良かったですね」
「……他に言うことねぇのか?」
「ありません」
予想通りの結果なので何の感慨も湧いてきません。
〈獣化〉の影響で膝丈より短くなってしまいましたが、彼の穿いているズボンは今尚その役割を果たしてくれています。
かなりパッツパツですけど、ちゃんと大事な部分は隠れています。
……今にも破けてしまいそうですけど、戦闘中に破けなければそれで充分です。
「マスミさん以外のモノなんて見たくありませんから」
こっそり呟いたつもりだったのに「おい待て、今なんか変なこと考えただろ!」というマスミさんの声が聞こえてきました。
時々、妙に勘の良い時があるんですよねぇ。
「それではさっそく始めましょうか。途中でうっかり破けるなんて事態は避けたいですからね」
「カハハハッ、口の減らねぇ女だなぁ……潰し甲斐があるぜ!」
言い終えるや否や熊の前肢が如き獣腕が鉄槌のように振り下ろされ、直前までわたしが立っていた場所を叩きました。
砂の城でも崩すかのように容易く地面が粉砕され、衝撃で土砂が巻き上がります。
後ろに跳んで回避はしましたが、直撃を貰ったらその時点で即死でしたね。
足裏に伝わってくる振動がその威力を物語っています。
「本当に出鱈目な腕力ですね。当たったらペチャンコになっちゃうじゃありませんか」
「ハッ、テメェも相変わらずすばしっこいじゃねぇか。あの時よりも更に速ぇ。こいつは捕まえるのに苦労しそうだぜ」
だがよぉと言ってブルアンは腰を落とし、両腕を左右に広げるというあの独特の構えを取りました。
「幾ら速くたってオレには勝てねぇよ。同じ獣人とはいえ、所詮テメェは貧弱な犬っころ。熊であるオレの力には敵わねぇ。本気を出したオレの身体は鉄の刃だって通さねぇくらいに頑丈なんだ。テメェの拳なんざ効きやしねぇよ」
「それで挑発のつもりですか?」
「なんだぁ、冗談とでも思ってんのかよ? いいぜ、だったら試してみな。オレは反撃しねぇからよ」
構えを解き、オラ来いよと両手で手招きをするブルアン。
その声音からは、自分が負ける筈はないという絶対の自信が溢れていました。
まぁ、攻撃してもいいと仰るのならお言葉に甘えましょう。
ただ、流石に言われっ放しは癪なので……。
「確かに貴方の言う通り、普通なら犬は熊に勝てません。でもそれは動物同士の場合であって、必ずしも獣人に該当するものではありません。それにご存じかどうかは知りませんけど、世の中には猟犬というものが存在します」
猟犬―――狩猟のために訓練を施された犬のことです。
「優れた猟犬は、たとえ自分よりも大型の動物が相手でも臆さず、果敢に立ち向かい……その爪と牙で仕留めるそうです」
―――こんな風に。
ゆっくりとした歩調でブルアンに近付いた後、わたしは右腕を無造作に真横へ振り抜きました。
何をしたのか分からなかったのでしょう。
訝しげに表情を歪めたブルアンが「オイ、テメェ何を」と口を開き掛けた時―――。
―――鮮血の花が咲いた。
ブルアンの胸元から弾けるように飛び散った血飛沫。
自身を含めた周囲を赤く染めていく血液を見た彼の口から「なんじゃこりゃぁぁあああッ!?」という驚愕の叫びが上がります。
出血の原因は、ブルアンの胸に出来た一条の傷―――横一文字に刻まれた爪痕から噴き出たものです。
勿論、やったのはわたしです。
攻撃してすぐにその場を離脱したので、わたしは彼の血を浴びてはいません。
ようやく鼻を明かすことが出来て、気持ちが高揚……というか正直スカッとしました。
マスミさんだったら「ざまぁ!」とでも言っていたかもしれません。
「ご自慢の筋肉も大したことありませんね」
「―――ッ、テメェ……何を、しやがった!?」
胸の傷を押さえながら声を荒げるブルアン。
絶対の自信を持っていた肉体をあっさりと傷付けられ、怒りと困惑が綯い交ぜになっている彼に対し、わたしは見せ付けるように右腕を掲げました。
頑丈な毛皮も筋肉も関係なく引き裂いた武器―――魔力を宿した獣爪を。
「戦いとは腕力や打たれ強さだけで決まるものではありません。それを今から貴方に教えて上げます」
―――その身体に直接刻み付けて。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5/10(月)頃を予定しております。




