第33話 カロベロ・ファミリー撲滅作戦 ~疾く爆ぜよ~
前回のお話……エイル VS ナザリド前半戦
(エ ゜Д゜)耳短い
(ナ ゜Д゜)ムキーッ!
〈疾走者〉。
術者に疾風の加護―――高速移動の能力を与える自己強化の魔術。
その一歩、一陣の風に等しきと例えられる速さがどれ程のものかといえば……。
「なっ!?」
地面を蹴った次の瞬間には、わたしとナザリドの間にあった距離が無くなっていたの。
本当に瞬きの間で懐に入り込まれたナザリドには、何が起きたかも分からなかったかもしれない。
「お返しなの」
驚愕の表情で固まっている彼を、わたしは全力で殴り飛ばしたの。
防御どころかまともに反応すら出来なかったナザリドは、悲鳴を上げる間もなく地面の上を滑っていく。
たとえ〈獣化〉状態のローリエちゃんでも、今のわたしの速度に追い付くことは出来ない。
強力な力を術者に与えてくれる〈疾走者〉だけど、決して万能ではなく、欠点も存在するの。
一つは細かい方向転換や速度の調整が非常に難しいため、どうしても直線的な移動しか出来ないこと。
そしてもう一つが……。
「―――ッづ!?」
右脚に走った軋むような痛みに思わず呻いてしまったの。
最大の欠点が術者自身へのダメージ。
桁外れな速さを得られる代償として、術者の肉体に大きな負担が掛かる。
一度の移動でこれだけのダメージを負ってしまうのだから、この状態を維持したまま長時間の戦闘を行うなんてまず不可能なの。
「ぐっ、何を、こんな……!?」
「悪いけど、こっちも余裕ないから。一気に行くの!」
「がはぁ!?」
ワンドを支えにノロノロと立ち上がったナザリドに急接近し、今度はお腹に拳を叩き込んだの。
身体がくの字に折れ曲がり、苦悶の表情を浮かべながら下がってきたナザリドの顎を膝蹴りでかち上げる。
斜めに突き上げるような膝蹴りを喰らったナザリドの身体がふわりと宙に浮き、その足が地面から離れた時には、わたしは既に彼のすぐ真上に跳躍していたの。
ほんの刹那の滞空。
まるで時間が引き延ばされているような感覚の中、わたしは空中で身体を大きく捻り―――。
「ハァァアアアアアッ!」
―――渾身の回し蹴りでナザリドを叩き落とした。
受け身を取ることも出来ず、隕石のように背中から墜落するナザリド。
激突した瞬間に舞い上がった大量の土埃と地面に走った幾つもの亀裂が、彼がその身に受けた衝撃の大きさを物語っているの。
激突後、ナザリドは何度か地面を跳ねるように転がっていき、10メートル近くも離れた所でようやく止まったの。
わたしも両脚で地面に着地……すると同時に膝から崩れ落ちそうになったの。
「痛ッ、ぁぅ……ッッ」
時間にすればほんの一分程度。
たったそれだけで全身の筋肉が悲鳴を上げている。
特に酷いのは下半身。
膝や足首は鉄の棍棒で殴打されたかのように痛み、太腿やふくらはぎに至っては燃えているのではないかと錯覚しそうなくらいの熱を帯び、痙攣も治まらない。
時折、刺すような痛みを肺に感じるので呼吸も苦しい。
気を抜いたら膝を突きそうになるし、きっと突いたら立ち上がれない。
だから我慢するしかないんだけど……。
「頑張った、はぁ、甲斐は……あったの……」
組織の幹部であると同時に優れた魔術師でもあるナザリド。
彼という存在の損失は、きっと組織に大きな痛手を与える筈なの。
嫌がらせゲリラの大成功を確信したわたしは両手を膝に置き、少しずつ呼吸を整えたの。
そうして戦闘の緊張感が緩み始めた頃……。
「……ッッ、そ……『聳え立て……、……硬き、巌』」
聞こえる筈がない。
聞こえてはならない詠唱が耳に届いた。
まさかと思って顔を上げた先では、うつ伏せに倒れていた筈のナザリドが僅かに身体を起こしていたの。
端正な顔を自らの血で汚し、満身創痍な姿を晒しながらも底光りする目でわたしを睨み付けている。
「くっ、させないの、あぅッ!?」
彼の詠唱を阻止するために駆け出そうとした時、右脚にこれまで以上の激痛が走り、今度こそ膝を突いてしまったの。
〈疾走者〉のダメージがこんな時に……!?
「ぅぅ、だったら……『荒ぶる風よ……集え』」
片膝を突いたまま魔力を練り上げるわたしの眼前に緑色の魔方陣が、ナザリドの下に黄色の魔方陣が展開された。
ダメージの影響か、ナザリドの詠唱は途切れ途切れになっており、わたしを追い詰めた高速詠唱は見る影も無くなっているの。
でも詠唱の呪文そのものを間違えることは決してなかったの。
「『……ッッ……重なり、合いて……鎧と成れ』」
「『突き進め……吹き荒べ』」
高まる二つの魔力。
先に魔術を完成させたのは―――ナザリドだった。
「〈鎧円蓋〉」
彼の下に広がっていた魔方陣が強く輝いた後、乾いた砂の上に落ちた水のように地面の中へと吸い込まれていった。
そして地中で何かが動いているような揺れを感じた直後、巨大な石柱が地面を突き破って現れたの。
ナザリドの目の前に出現したその石柱は、わたしから彼の姿を遮ってしまったの。
更に二度三度と地面が揺れる度に石柱は出現し、その数を増していく。
「くっ……〈風砲〉!」
ようやく完成した魔術をナザリドに、彼を覆い隠していく石柱群に向けて撃ち放つ。
砲弾と化した颶風が石柱に激突し、爆発したかのように強烈な吹き返しが発生したの。
巻き上げられた土埃が視界一面を覆い、大量の石片がパラパラと降り注いでくる。
二十秒以上も経ち、わたしの視界を覆っていた土埃のカーテンがようやく取り払われた先に石柱は存在しなかったの。
代わりに石柱があった筈の場所には、新たに半球型のドームが生み出されていたの。
無数の石柱が幾重にも折り重なり、変形して形成された巨岩のドーム―――〈鎧円蓋〉。
〈風砲〉の直撃を喰らったというのに、その表面には僅かな罅しか入っていない。
ナザリドはあの中に居る。
わたしが〈疾走者〉を長時間維持出来ないと見抜いたナザリドは、防御に徹することで劣勢となった現状を覆そうと考えた。
絶対の防御力を誇る〈鎧円蓋〉によって自らを守り、回復に専念する。
「大した執念なの……」
これ程の防御魔術まで使いこなす彼の腕前に改めて驚嘆すると同時にわたしは深々と安堵の息を吐いたの。
傍らに置いてあった弓を拾い、震える膝に活を入れて立ち上がる。
矢筒から一本の―――これまで使っていたものとは異なる矢を引き抜き、弓に番える。
「貴方は選択を誤ったの。どんな簡易な魔術でもいいから、あの時にわたしを攻撃するべきだったんだよ。そうすれば―――」
―――貴方の勝ちだった。
殊更ゆっくりと弓弦を引き絞りながら、番えた矢に魔力を流し込む。
通常のものと比べて矢羽は一回り大きく、鏃は鋼と魔石を加工して造った特別製。
わたしの魔力に反応して鏃が鳴動し、発光を始める。
充分な魔力が込められたその矢を射放つ。
風を引き裂いて巨岩に突き刺さった矢は、鳴動と発光を強めていき、それらが最高潮に達した時……閃光と共に爆発した。
―――〈爆裂式魔鋳矢〉。
ロゥルデスさんに依頼して用意してもらった、わたしのもう一つの切り札。
魔力を流すことによって鏃に仕込まれた術式が起動し、突き刺さった数秒後に爆発を起こす。
爆発の瞬間こそ派手だけれど、実はそれ程大きな威力はない。
この矢の真価は対装甲―――敵の外骨格や鎧などを破砕あるいは引き剥がすことに特化している点なの。
フェルデランスやネフィラ・クラバタといった強固な鱗や外殻を有する大型魔物が相手でも、この矢があればダメージを与えられる。
だって相手の防御力を奪ってしまえるのだから。
「かくれんぼは終わりなの」
爆裂式魔鋳矢の爆発によって〈鎧円蓋〉は半壊し、その奥に隠れていたナザリドの姿が丸見えになっているの。
絶対の自信を持っていた魔術が破られ、呆然としているナザリド。
わたしは最後にもう一度だけ〈疾走者〉の力で風となって飛び―――。
「今度こそわたしの勝ちなの」
―――全力の後ろ回し蹴りでナザリドの側頭部を打ち抜いた。
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次回更新は4/10(土)頃を予定しております。




