第27話 行動開始 ~腕試し~
前回のお話……ルビーとお話
(真 ゜Д゜)ボスになって
(ル ゜Д゜)……は?
「黙ってるなんて酷いの~」
「悪かったよ。言ったら絶対反対されると思ったんだ」
怒っているのかいないのか。
なんとも判断のし辛い声音で文句を言ってくるエイルを宥めつつ、脱いだ外套を畳んで近くのテーブルの上に置いておく。
「わたしは平気だけどぉ、ミシェルちゃんが知ったらぁ、きっとカンカンなの~」
「……そこはもう覚悟してる」
理由さえ説明すればローリエとユフィーはきっと理解を示してくれると思うが、ミシェルは無理だ。
悪党共を潰すためとはいえ、ボスの娘と手を組むなんて計画を潔癖な彼女が了承してくれるとは到底思えない。
だから今朝の時点では話さなかったのだ。
「どうせ殴られるんだったら、せめて協力を取り付けてからにしないとな」
「大丈夫~?」
「どのみち勝たなきゃ協力してくれないってんなら、やるしかないさ。でないと此処まで来た意味が無くなっちゃうからな」
『勝算はあるのじゃろ?』
「さてね。如何せん相手の力量が分からんからなぁ。まぁ、怪我せんように頑張ってみるさ」
応援よろしくと言ってニースが宿ったスマホをエイルに預ける。
そして俺は円形台―――少し前までヴァイオリンの演奏が行われていたホールの上に立ち、相手と向かい合った。
「お手柔らかに」
「お嬢に近付くゴミめ。覚悟するんだな」
敵意と嫌悪感剥き出しの台詞を吐く男に苦笑いが漏れる。
仕方がないとはいえ、随分と嫌われたものだ
俺はこれからこの男と……ルビー=カロベロの護衛の一人と戦わなければならない。
何故このような展開になってしまったのか。
それは俺がルビーに自らの目的を明かした際……。
―――
――――――
「……は?」
カロベロ・ファミリーの新たなボスになってほしいと告げた俺に対して、ルビーから返ってきた言葉は余りにも素っ気なかった。
呆れているというか、何を口走っているんだこの男は……みたいな目で俺を見ている。
「なんであたしがボスにならなきゃいけないのよ?」
「決まってる。今のカロベロ・ファミリーを潰すためだ」
そう告げた直後、護衛達の殺気が膨れ上がり、俺を庇うようにエイルが一歩前へ出た。
至極真っ当な反応だが、こちらも冗談を言っている訳ではない。
外套の下で密かに腰のナイフへと手を伸ばすも、護衛達が迂闊に動くことはなかった。
「……本気で言ってる?」
「本気も本気。大真面目さ」
「そのカロベロの娘によくも組織を潰したいだなんて言えたわね。その度胸だけは認めてあげる」
「むしろ君だから話したんだ。父親と組織の在り方を良しとしていない君だからこそ」
護衛の一人が「お嬢、こんな男の話に耳を貸す必要はありません」と忠告するも、ルビーは「黙ってて」と部下の忠言を遮った。
形の良い顎に手を添えながら黙考することきっかり十秒後、ルビーは「話を聞いてあげてもいいわ」と答えた。
興味を示してくれたようで何よりだが、護衛達は「何を仰ってるんですか!?」とにわかに色めき立った。
彼らからすれば護衛対象であるお嬢様が不審者と会話をしているだけでも気が気ではあるまい。
交渉決裂の末にそのまま戦闘なんてことも想定していたのだが、一先ず最悪のパターンは回避出来そうだ。
そのことに安堵し、握っていたナイフの柄から手を離そうとした時、「但し……」というルビーの声が俺の安心に待ったを掛けた。
「あたし、口だけの男って大嫌いなの。話を聞いてほしいんだったら、それなりに力が有るってことを証明しなさい」
――――――
―――
傲然と告げられたお嬢様の言葉に従い、一対一の腕試しをすることが決定した。
これから取引するかもしれない相手の実力を知りたいというのは俺も理解出来る。
気は進まないものの、やるしかあるまい。
武器の使用は禁止。降参した方の負け。
命さえ奪わなければ取り敢えず良しという物凄くアバウトなルールで行われる腕試し。
急遽決まったことだし、細かいルールを設定している時間もなかったのでアバウトなのは致し方ない。
強いて問題を挙げるとすれば……。
「無事に店から出られると思うなよ!」
相手の護衛が殺る気満々なことだろうか。
腕試しに託つけて俺を始末するつもりだな。
血気盛んな若者も嫌いではないが、お嬢様はそんなことを望んでいないと思うぞ……と言ったところで無駄か。
「エイル、適当に合図して」
「は~い。それじゃあレディ~」
ゴ~という全然気合の入っていない合図を皮切りに護衛が動き出した。
床の上を滑るような軽快なフットワークで俺との距離を詰め、間合いに入ると同時に左の牽制を打ってくる。
「っとぉ……!」
気の抜けた合図の所為で反応が遅れてしまったものの、辛うじてジャブを回避する。
お返しに右のストレートを放つが、素早いサイドステップであっさりと躱されてしまった。
「はっ、ノロマが!」
「うっせ」
オーソドックスなボクシングの構えから放たれる打撃。
左右のジャブ。フック。ストレート。
次々と繰り出される連打を俺はピーカブースタイル宜しく揃えた両腕を盾にすることで凌ぎつつ、時折反撃のパンチを放つが、それらはことごとく躱されてしまう。
「馬鹿め。そんな腰の入っていない拳が当たるものか」
この世界にも拳闘―――ボクシングに似た競技が存在すると聞いたことがある。
おそらくこの護衛は拳闘の経験者。
フットワークで自分に優位な位置と距離を維持し、ジャブを中心に試合をコントロールする。
典型的なアウトボクシングの戦い方だ。
これが試合ならば一方的にポイントを奪われ、間違いなく惨敗を喫しているところだが、生憎とこれはボクシングの試合などではない。
何より普段の俺が誰を相手に鍛練を積んでいると思っていやがる。
「舐めんじゃねぇぞ、若造が」
言葉と同時に放った右のストレートはまたも躱され、護衛は俺の左側に回り込む。
右腕を突き出したままの俺を見て、口の端を歪めた護衛が左腕を大きく振り被った直後、ガクッとその体勢が乱れた。
原因は俺の左脚。
誘い―――先のストレートはわざと―――に引っ掛かり、まんまと接近してくれた奴の足の甲を踏み付けてやったのだ。
「オラァ!」
「ごほッ!?」
つんのめるように体勢を崩した護衛の左脇腹に今度こそ全力の拳を叩き込む。
続けて上体を屈め、相手の右脇腹を狙ったボディブロー―――肝臓打ちをぶち込んでやる。
左右の脇腹を連続で殴打された護衛の身体がくの字に折れ曲がり、堪らず離れようとするも、俺にがっちり足を踏まれている所為で逃げることが出来ない。
ボクシングなら俺の反則負けだが……。
「ボクシングじゃないんだなぁ、これが」
と態々口にしながら、素早く両腕を回して首相撲の状態を組み、無防備な胴体へ今度は膝蹴りを喰らわせてやった。
「うぼッ!?」
護衛は首相撲から抜け出すために自由な両腕を振り回し、何度も俺の身体を叩いてくるが、こんな苦し紛れの攻撃など痛くも痒くもない。
抵抗する相手に構わず、俺は二発三発と膝蹴りを続けた。
そして十発近くも喰らわせ、すっかり相手の身体から力が抜けてきた頃……。
「降参するかい?」
ヒューヒューとか細い呼吸音が漏れ聞こえるのみで応答はない。
ただ震えながら持ち上げられた拳が力なく俺の身体を叩く。
どうやらやる気だけはまだあるらしい。
ここで降参してくれれば楽だったのだが、致し方ない。
俺は首相撲を解いて右腕を振り上げ、駄目押しの鉄槌を後頭部に打ち落とした。
殴られた勢いのまま床の上に崩れ落ちた護衛は今度こそ動かなくなった。
生きてはいるが、完全に意識を失っている。
「……降参はしてないけど、流石に俺の勝ちってことでいいかな?」
二階席から観戦していたルビーにそう問い掛ければ、彼女は「そうね。あんたの勝ちでいいわ」と神妙な表情で頷いた。
やれやれ、ようやく終わりか。
取り敢えず足元で気絶したままの護衛の介抱でもしてやろうかと思い、その場に屈んだ時、「ユン!?」というルビーの悲鳴染みた声が聞こえた。
何事かと見上げてみれば、女護衛のユンが二階席の手摺を蹴り、俺目掛けて飛び掛かってきたのだ。
その手にはまたもや簪の如き暗器が握られている。
「くそッ!」
果たして迎撃が間に合うか。
咄嗟に空間収納から銃を取り出そうとする俺と迫るユンの間にエイルが割り込んできた。
「エイル!?」
「お任せ~」
間延びした声とは裏腹にエイルは飛び掛かってきたユンの腕を素早く掴み取ると、変則的な一本背負いでユンの身体を床へと叩き付けた。
「ルール違反はぁ、許しませ~ん」
床に叩き付けられたダメージで動けずにいるユンの手から暗器を奪い取るエイル。
そんなエイルのことをユンは倒れたまま悔しげに見上げた。
「部下の躾がなっとらんねぇ」
「……返す言葉もないわ。ごめんなさい」
わざと嫌味を言ってみたら、意外にもルビーは素直に謝罪の言葉を口にした。
もっと我が儘で自己中心的な難物娘だとばかり思っていたのに……俺の中でちょっとだけルビーに対する評価が上がった。
「エイルの実力も知りたいってんなら止めないけど、彼女は俺よりずっと強いぞ? それでもやる?」
「いいえ、もう充分よ。あんた達が口だけじゃないってのはよく分かったわ」
ルビーは他の護衛らにユン達を介抱するよう指示した後、俺とエイルに向かって「話を聞いて上げるからこっちに来なさい」と実に横柄な態度で顎をしゃくってみせた。
ちょっとだけ上がった筈の評価があっさりと元に戻ってしまった。
そのことに苦笑いしつつ、俺はエイルと一緒に階段を上り、ルビーの待つ二階席へと向かった。
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次回更新は3/10(水)頃を予定しております。




