第26話 行動開始 ~提案~
前回のお話……カロベロの娘登場
(真 ゜Д゜)発見
(ル ゜Д゜)ボケー
カロベロ・ファミリー壊滅に必要な存在―――ルビー=カロベロと出会うため、俺とエイルはモルフォナの踊り場を訪れた。
目的の人物は二階席の一角を陣取り、数名の護衛に囲まれながら演奏者が奏でるヴァイオリンの音色を聴いている。
まさか敵の親玉の娘に会いに行くだなんて、想像もしなかったのだろう。
然しものエイルも「マスミくぅん、流石にヤバい気がするの~」と困り顔だ。
言ったら反対されるのは目に見えていたので、俺も敢えて伝えてはいなかった。
「黙ってたのは悪かったよ。でもどうしても必要なことなんだ」
昨夜、コートニーからルビー=カロベロの名前を教えてもらった時、俺の頭の中で真っ先に思い浮かんだことは、その娘の身柄を確保することだった。
悪党と言えども人の親。
娘を人質に取られては下手な真似など出来まいと考えたのだが、そのプランはあっさりと却下されてしまった。
「親子って言っても、仲は全然良くないみたいだから人質になるかは微妙よ。特に娘の方は父親のことを心底嫌ってるって話」
「親子なんだからもっと仲良くすればいいのに」
「その親子の仲を容赦なく引き裂こうとした人の台詞とは思えないわね」
「人殺しするよりはマシだろ?」
無血開城的に終わらせることが出来ればと思ったのだが、そんなに都合良くはいかないようだ。
それにしてもカロベロ親子はそんなにも仲が悪いのか?
「親子っていっても血が繋がってるだけだから。ルビーはね、カロベロが娼婦に産ませた娘なのよ」
ルビーの母親は、この街最大の娼館で働いていた娼婦の一人であり、カロベロはその母親のことを甚く気に入っていたらしい。
何の因果か、街の最大権力者であるカロベロに気に入られてしまったルビーの母親。
それは同時に地獄の始まりでもあった。
カロベロはルビーの母親を一人の女性として愛したのではなく、何処まで娼婦として―――己の欲求を満たすためだけの存在としか見ていなかった。
幾度も望まぬ行為を強いられ、気付いた時にはルビーを身籠っていた
「カロベロの奴、妊娠が分かった途端に娼館に顔を出さなくなったそうよ」
「うわぁ、最悪」
妊娠した娼婦は強制的に堕胎させられるのが普通らしいが、何と言ってもその娼婦はカロベロのお気に入り。
娼館側もどうすればいいのか分からず、ただ見守ることしか出来なかった。
そうしてルビーは無事に産まれたものの、心身共に弱っていた母親は出産後間もなく死亡。
ルビーは他の娼婦達の手によって育てられた。
中々刺激的な家庭環境である。
それから数年後、妊娠発覚と同時に娼館を訪れることのなかったカロベロが何故かルビーを引き取った。
「なんで?」
「そこまでは知らないわ。でもルビーは娼婦達からカロベロのことを聞いて育った。だから彼女にとってカロベロは父親とは名ばかりの存在。母を見捨てた憎むべき相手でしかないのよ」
「そりゃ仲良く出来る筈もないか」
ルビーは父親を憎んでおり、組織の行いにも反感を抱いている。
カロベロの真意は不明だが、確かに人質として利用出来る可能性は低いかもしれない。
まぁ、それならそれで……。
「別の手に使えるかもな」
「マスミさん、なんか凄い悪そうな顔してるけど……何するつもり?」
「敵の敵は味方って言うだろ? こっちの陣営に引き込めないかと思ってね」
「そんなに物事が上手く運ぶとは思えないけど……」
「まぁまぁ、そこは交渉次第ということで」
カロベロ親子の関係を知り、何とかルビーと手を結ぶことは出来まいかと考えた俺は、渋い顔を浮かべるコートニーから彼女の居場所を聞き出した。
そして今こうしてルビー=カロベロと出会うことが叶った。
当の本人はこちらに気付いているのかいないのか、手に持ったグラスを退屈そうに揺らしている。
「さてさて、お嬢様にお目通し願いましょうかね」
「大丈夫かな~」
不安そうなエイルを伴って、二階席へと向かう。
相変わらずルビーは見向きもしないが、彼女の護衛は入店した時点から俺達のことをずっと睨み続けていた。
職務に忠実で何よりと感心しながら二階に上がり、ルビー達の居るテーブルへと近付いていく。
その途中、護衛の一人から「止まれ」と制止されたので、素直に応じて足を止める。
距離にして約4メートル。
護衛の数は五人。
その内一人はルビーのすぐ傍に立っている。
他の四人が敵を押し留めている間に残る一人が護衛対象を逃がすってところかな。
身辺警護の定番。
個人的には、もう一人くらい対象の傍に付けておくべきだと思うのだが、俺が口出しするような話でもあるまい。
「何者かは知らんが失せろ。この店は貸し切りだ」
「はて、店員には止められなかったけど?」
「黙れ。命が惜しければさっさと失せろ」
「まぁまぁ、そう喧嘩腰になりなさんな。別に悪さをしようって訳じゃないよ。ちょっとそこのお嬢さんとお話させてほしいだけだから」
「……どうやら自殺願望者らしいな」
なんでそうなるんだよとツッコミを入れるよりも先に護衛の一人が動いた。
一足飛びに距離を詰めてきた護衛―――驚くことに少女だった―――は、俺の首筋目掛けて鋭い一撃を放ってくる。
動き自体は追えているものの、反応が間に合わない。
横薙ぎに振るわれた手刀が俺の首を捉えると思われた時―――。
「駄目~」
―――差し込まれたエイルの右腕が相手の手刀を防いだ。
攻撃を防がれた黒髪の女護衛は、至近距離からキッとエイルを睨み付けた。
「危ないからぁ、それしまって~」
それとはいったいどれのことか。
よくよく見れば、女護衛の手には簪のような物が握られていた。
先端が恐ろしく尖っていることから、おそらくは暗器の類だろう。
どうやら手刀に見せ掛け、その実は暗器による一撃で俺を仕留めようとしたらしい。
「油断大敵なの~」
「すまんすまん。助かったよ」
エイルが女護衛の不意打ちを防いだ瞬間、他の護衛から驚くような気配が伝わってきた。
同時に俺達に対する警戒と敵意も強まってしまった。
本当に争うつもりはないのだが、さてどうやって説得したものかと頭を悩ませていると「ユン、下がりなさい」という涼やかな声が聞こえた。
すると不意打ちを仕掛けてきた女護衛が無言で後ろに下がっていった。
ユンというのが彼女の名前らしい。
「あたしに話があるんでしょ? 丁度退屈してたところだから聞いて上げる」
「お嬢、危険です」
「大丈夫でしょ。あたしを殺すつもりならとっくにそうしてるだろうし」
先程まで見向きもしなかったルビーがようやく俺達に興味を向けてくれた。
年齢はミシェル達と同じくらいかもしれない。
綺麗に纏められた明るい茶髪と同色の瞳。
まるでボディコンのような黒系のドレスに身を包み、すらりとした長い脚を見せ付けるように組んでいる姿は、さながらモデルのようである。
惜しむらくは、余りにも気怠そうな表情を浮かべていることだろうか。
何処となく年老いた猫を思わせる。
「それで用件ってなに? あたしも暇じゃないから早くして」
暇を持て余しているようにしか見えなかったとは言わないでおこう。
いつまでも顔を隠しておくのも失礼だろうと思い、取り敢えず被っていたフードを外して素顔を晒す。
「話を聞いてくれてありがとう。俺はマスミ=フカミ。こっちはエイル。二人とも冒険者だ」
「そ。あたしはルビー=カロベロ……って知ってるわよね。それで何の用?」
「せっかちだねぇ」
彼女の性分なのか、それとも早く話を切り上げたいだけなのか。
何れにしてもあまりダラダラと会話を引き延ばさない方が良さそうだ。
周りの護衛も「お嬢の言われたことに答えろ」と凄んでくる始末だし、ユンと呼ばれた女護衛などは今にも飛び掛かってきそうな雰囲気すらある。
まぁ、世間話をするような間柄でもなし。
ここで印象を悪くしてもしょうがない。
「単刀直入に言わせてもらう。カロベロ・ファミリーの新しいボスになってくれ」
俺は自らの目的を一切包み隠さずに答えた。
思い掛けない提案に対するルビーの反応は―――。
「……は?」
―――物凄く薄かった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3/5(金)頃を予定しております。




