第24話 蝶が語りし過去
前回のお話……謎の美女参上
(謎 ゜Д゜)お酒飲みたーい
(真 ゜Д゜)好きなだけ飲みんしゃい
「コートニーよ。よろしくね」
簡単な自己紹介をした後、美しきホステス―――コートニーはマスターが出してくれた酒を一口飲んだ。
彼女が注文した酒は林檎酒。
綺麗な黄金色の液体が注がれたシャンパングラスからは爽やかな香りが立ち上り、シュワシュワと小さな気泡が幾つも発生している。
これ一杯で酒場のエールが二十杯は飲める。
確かに金は俺が払うと言ったが、一杯目から実に遠慮のない注文をしてくれる。
何より飲んでいる酒以上に使われているグラスの高級感が半端ない。
もしも割ったりしたら、このグラスの請求も俺に来るのだろうか?
「今更な質問なんだけど、君も闇ギルドの一員?」
「そうよ。暇な時は酒場のキャストとして働いてるの」
「キャストて……」
キャバクラやスナックなどで働く女性従業員のことをキャストと呼ぶが、まさか異世界に来てまでその単語を聞くことになるとは思わなかった。
バーなのか、それともキャバクラなのか。
この酒場はいったいどちらを目指しているのだろう……どっちでもいいけど。
「ねぇねぇ、私は自己紹介したのにお兄さんはお名前聞かせてくれないの?」
「っと失礼。俺はマスミ=フカミ。マスミでいいよ。見ての通り普通の冒険者さ」
「普通ねぇ。あんまり冒険者っぽくは見えないけど、まぁいいわ。よろしくマスミさん」
コートニーは淑やかな仕草で林檎酒をもう一口飲み、「それで何から聞きたいの?」と訊ねてきた。
「決まってるだろ。ジョッシュのことだ」
「あら、もう『ジョッシュさん』って呼ばないの?」
「茶化すな。あの人はなんであそこまでカロベロを憎んでるんだ? いったい何があったんだ?」
俺からの質問に対してコートニーはすぐに答えず、残っていた林檎酒を飲み干した。
彼女は空になったシャンパングラスをゆらゆらと揺らしながら「もう一杯いただいてもいいかしら?」とお代わりを要求してきた。
「マスター、彼女に同じのをもう一杯」
「……程々にしておけよ」
その台詞は俺ではなく、目の前の彼女に言っていただきたい。
コートニーは楽しげに目を細めながら、マスターが林檎酒を注ぐ様を眺めている。
今度はすぐに口を付けるような真似はせず、グラスの縁をその細い指先でゆっくりとなぞり始めた。
そうして丁度一周分なぞり終えてから彼女は口を開いた。
「ジョッシュは今でこそ一人で活動してるけど、元々はコンビで仕事をしていたの」
「コンビ……相棒が居たってことか?」
「ええ。年齢も近いし、何よりお互い気が合ったんでしょうね。見ているこっちが羨ましくなるくらい仲が良かったわ」
仕事だけではなく、プライベートでも一緒に行動することの多かったジョッシュと相棒。
だがある日を境に相棒はジョッシュの前から姿を消してしまった。
宿にも闇ギルドにも顔を出さない相棒をジョッシュは必死になって探し回ったものの、その行方は杳として知れることはなかった。
そして行方不明となってから十日余りが過ぎた頃、相棒は遺体となって発見された。
「あとになってから分かったことだけど、どうも領主に仕えてた騎士から独自に依頼を請けてたみたいなの。領主とカロベロ・ファミリーが癒着関係に有る証拠を集めてほしいって」
「不正を暴こうとしたのか」
「多分ね。当然だけどそれはこの街最大の禁忌。恐ろしく危険なことよ。きっとジョッシュを巻き込みたくなかったんでしょうね」
「そのために行方をくらまし、一人で証拠集めをした。そして……殺された」
「ちなみにだけど、依頼を出した騎士も殺されてるわ。家族全員一人残らず、ね」
そう告げた後、コートニーは喉渇いちゃったと言って二杯目の林檎酒に口を付けた。
ジョッシュが言っていたカロベロ・ファミリーに対する個人的な恨みとは、今は亡き相棒の仇を討つこと。
昼間の彼の怒り様や形振り構わない様子からして、相棒とは相当親しかったことが窺える。
想像でしかないが、親友と呼ぶべき間柄だったのかもしれない。
「カロベロ・ファミリーの壊滅か……」
「丁度一年くらい前のことよ。その時からジョッシュの頭の中には復讐のことしかない。何人かは思い直すように言ってみたけど、聞く耳なんて持ってくれなかったわね」
「……もうジョッシュのことは放っておけ」
黙々とグラスや酒瓶を磨いていた筈のマスターが口を挟んできた。
彼はグラスを磨く手は止めず、視線も手元に落としたまま……。
「あいつだってガキじゃないんだ。自分のケツくらい自分で拭かせろ」
「マスターってば冷たぁい。ただでさえ不愛想なんだから、そんなこと言ってたら誰も寄って来なくなっちゃうわよ?」
「余計なお世話だ。お前だって人の心配ばかりしていられる程余裕がある訳じゃないだろ」
「だからこうして働いてるんじゃない」
「タダ酒を飲みたいだけだろうが」
「結果として店の売り上げになってるんだから別に良いじゃないの」
唇を尖らせながらブーブー文句を言うコートニーには取り合わず、マスターは手元に落としていた視線を俺の方に向け、「お前もだ。興味本位で他人の事情に首を突っ込むんじゃない」と咎めてきた。
「別に首を突っ込むつもりなんてありませんよ。ただ協力を求められた側としては事情くらい知っておきたいと思っただけです」
「ならもう充分だろう。ここは闇ギルドだ。何をやるにも自己責任。仮にジョッシュが暴走して自滅したとしても、それは全て奴自身の責任だ」
「わぁお、素敵な職場」
思わず茶化すような発言をしてしまったが、マスターはフンと小さく鼻を鳴らしただけで、それ以上何も言ってくることはなかった。
「私が知ってるのはこんなところ。それで事情を知ったマスミさんはどうするつもり? ジョッシュの復讐に手を貸すのかしら?」
「まさか。人殺しの手助けなんて死んでも御免だよ。そもそも断ったし」
「あらそうなの? じゃあジョッシュは本当に一人でやるつもりなのね」
「多分ね。だから俺達は俺達で勝手にやらせてもらうよ。という訳でマスター教えて下さい。コートニーが今飲んでるのってボトルで頼んだら幾らします?」
突然の質問にマスターは怪訝そうにしながらも「銀貨三、いや二枚だ」と教えてくれた。
まけてもらっても高いなぁと変なところで感心しつつ、マスターに銀貨を差し出す。
「新しいの一本下さい」
「……お前何をするつもりだ?」
「言ったじゃないですか。俺達は俺達で勝手にやるって」
受け取った林檎酒のボトルを今度はコートニーに差し出す。
「あげる。俺の奢り」
「あら太っ腹……と言いたいところだけどお生憎様。私を買いたいんだったら、最低でもこの十倍は出してもらわないと。でもお酒くれるなら特別に一割値引きしてあげる」
「魅力的な提案だけど、そっち方面は間に合ってます」
断ったら何故か不満げな表情をされてしまった。
もしもこの誘いに乗って、彼女とニャンニャンしたことがバレてしまった場合、間違いなく俺は八つ裂きにされてしまう。
彼女にとっては商売かもしれないが、俺にとっては命懸けの行為なのだ。
一夜の夢のためにそこまでの危険は冒したくない。
そんな事情も心情も知る由のないコートニーは「だったらなんなのよ?」と若干拗ねたような態度で俺の手から酒瓶を奪い取った。
「カロベロ・ファミリーについて君が知ってる限りの情報を教えてほしいんだ。足りないならもっと払うよ」
「別に充分だけど……そんなの知ってどうするつもり?」
「実は俺、これでも結構な負けず嫌いでね。やられっぱなしは性に合わんのよ。なのでジョッシュの事情とは関係なく―――」
カロベロ・ファミリーをぶっ潰すことに決めました。
あっさりと俺が告げた一言にコートニーは―――ついでにマスターも―――ただポカンと口を開けたまま固まるのだった。
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次回更新は2/25(木)頃を予定しております。




