第19話 路上決闘 ~横槍煙幕~
前回のお話……ジョッシュあらわる
(ジ ゜Д゜)よー
(ミ ゜Д゜)何処から出てきた!?
「よぉ、さっきぶり」
挨拶代わりにヒラヒラと軽く手を振ってくるジョッシュさん。
初めて顔を合わせた時と同じような気さくな態度。
何故彼がこの場に居るのかといえば……。
「俺達の後をつけて来たって訳ですか」
「まぁ、そうなるわな」
嘘か本当か、これでも結構心配してるんだぜとジョッシュさんは答えるもミシェルは苦虫を噛み潰したような表情で「白々しいことを……」と吐き捨てるように言った。
気持ちは分かるけど、そう嫌ってやるなよ。
そんなミシェルを他所にエイルが不思議そうに「誰~?」と首を傾げる。
そういえば彼女はジョッシュさんと初対面だったな。
「ローグさんの言ってた知り合い。闇ギルドっていう怪しいギルドに所属してるジョッシュさん」
「怪しい人~?」
「そう。怪しいジョッシュさん」
「怪しいジョッシュさぁん、こんにちは~」
「まともに紹介する気ねぇだろ?」
「そんなつもりはありませんけど……」
怪しいのは紛れもない事実なので他に紹介のしようがない。
釈然としない表情のジョッシュさんに何故この場に来たのかを改めて訊ねる。
「いやなに、困ってるみたいだったから手を貸してやろうかと思ってな。お前に貸しを作っとくのも悪くなさそうだし」
「俺としては遠慮したいんですけど……」
「はは、まあそう言うなって。今度こそ初回無料だぜ?」
お買い得だろと言って笑うジョッシュさん。
そんな彼のことをミシェルが「何が狙いだ?」と胡散臭そうに睨み付けるも、当の本人は肩を竦めるだけでそれ以上口を開こうとはしなかった。
如何せん彼の目的が分からない。
本当に俺達に貸しを作りたいだけなのか、それとも何か他に狙いがあるのか。
……悠長に考えている時間はないな。
「何とか出来るんですよね?」
「ま、お前さんらを逃がす手助けくらいにはなると思うぜ?」
「……分かりました。手を貸して下さい」
「ちょっと待て! この男を信用するのか?」
「ミシェル。文句はあとで幾らでも聞いてやる。今はこの場を離れることが最優先だ」
尚も言い募ろうとするミシェルを「言い争ってる場合じゃないの~」とエイルが窘めてくれる。
俺とてジョッシュさんのことを信用している訳ではないので、激しく気は進まない。
ミシェルの言いたいことも分かるが、今は彼の力を借りるしか手がないのだ。
「話が早くて助かるぜ」
「他に選択肢もありませんから。ただ……」
―――あんたに都合よく利用されるつもりはない。
―――もしも俺達に害を為すつもりならタダではおかない。
口には出さずにジョッシュさんの隻眼を見据える。
果たして彼は俺の意思を読み取ったのか、僅かに口の端を歪めると「やっぱりお前面白いな」と呟いた。
「ま、お前らに迷惑掛けるつもりはねぇから安心してくれよ」
「だといいんですけど。エイル、マァナさん達を連れて裏口から脱出してくれ。ユフィーの奴もどうせ宿の中に居るだろうから一緒に頼む」
「いいけどぉ、何処に~?」
「闇ギルド。今この街で一番安全なのは多分あそこだ。場所はレイヴンくんが知ってる」
頼んだぞと言えばレイヴンくんは俺の肩からエイルの肩へと素早く飛び移り、エイルも「お任せあれ~」と敬礼をした後、宿の中へと入っていった。
あの母娘のことはエイルに任せておけば大丈夫だろう。
あとはローリエを連れて離脱するだけだ。
「頼みましたよ?」
「安心してくれ。請け負ったからには責任持ってやるさ」
合図を出したらすぐに動いてくれと言い終えた後、ジョッシュさんは特に気負った様子も見せずに構成員共が作るリングの方へと近付いていった。
―――side:ローリエ―――
「せぇい!」
「ぬぉ!?」
ブルアンが伸ばしてきた右腕を左の回し蹴りで迎撃します。
予想外の反撃に体勢を崩すブルアン。
その顔面に向けて……。
「はぁぁあああああッ!」
左右の拳を連続で叩き込みます。
一撃で倒すことが不可能ならば手数で押し切るまで。
そう考えた末の連打ですら……。
「カハハハハハァ!」
ブルアンの動きを止めることは出来ませんでした。
噴き出す鼻血を拭うことすらせず、高笑いをしながら突っ込んでくる様は狂気すら感じさせます。
「ハハハハッ、楽しいなぁオイ!」
「わたしはッ、楽しく、くっ、ありません!」
先程の連打のお返しとばかりに丸太の如く太い両腕が幾度も繰り出されてきます。
わたしを捕らえようと迫る凶手を体捌きで躱し、反撃に転じようとしたのですが……。
「―――!?」
鉤爪のように曲がられたブルアンの指先が僅かにわたしの肩を掠めました。
直後に反撃を諦めたわたしは地面を強く蹴って大きく後退し、ブルアンから距離を取ります。
本当に一瞬の接触でダメージは皆無ですが、この一騎討ちが始まってから、初めて彼の手がわたしの身体に触れた瞬間でした。。
おそらくわたしの動きと速度にブルアンが慣れつつあるのでしょう。
まだまだ体力には余裕がありますけど、このままでは何れ捕まってしまうかもしれません。
能力を制限した今の状態で現状を打破するのは、正直厳しいかもです。
隙を見てこの場から離脱したいのが本音ですけど、でもどうやって……。
そんな風に構えたまま密かに悩んでいた時、「はいはい、ちょっとお邪魔するぜ」と場違いに暢気な声が聞こえてきました。
声の聞こえた方を振り向けば黒髪、黒い眼帯、黒いコートと全身黒ずくめの男性がこちらへ歩いてくるのが見えました。
いったいどのようにして人の壁を抜けてきたのか。
わたしだけでなく周りの構成員も困惑している中、先程までの笑みを引っ込めたブルアンが「誰だテメェは?」と怒気を隠すことなく男性に正体を問いました。
黒ずくめの男性は、わたしとブルアンも交えて三角形を描くような位置で足を止めました。
「悪いが馬鹿騒ぎはお開きだ。近所迷惑だからとっとと帰ってくれや」
そして堂々と言ってのけました。
この状況下でそんな台詞を口にするだなんて只者ではありませんね。
マスミさんと良い勝負が出来そうです。
でも当然ながら戦闘狂のブルアンが聞き入れてくれる筈もなく……。
「殺されてぇのかテメエは?」
案の定、火に油を注ぐ結果となってしまいました。
怒りのあまりか、こめかみには太い血管が浮き上がっています。
最早、悪鬼の形相ですが、黒ずくめ男性は臆した様子も見せず、口元を皮肉気に歪めるました。
「オレの楽しみを邪魔するんじゃねぇ。さっさと失せ―――」
「落ちぶれたもんだなぁ、ブルアンの旦那よ」
「……なんだと?」
「かつては将来を有望視されていた男が、今じゃ悪党の一味。これを落ちぶれたと言わずに何と言うよ」
「……黙れ」
まるで嘲るような言動を続ける男性。
いえ、事実嘲っているのでしょうね。
明らかな挑発に押し殺したような低い声がブルアンの口から漏れ―――。
「折角学んだ〈ランカージャ〉も披露されるのはこんな路上の喧嘩止まり。あんたの師匠も今頃―――」
「黙れぇぇえええ!!」
―――爆発しました。
怒りに血走った目で男性を睨み、雄叫びを上げながら突進するブルアン。
押し潰さんと迫る巨体を男性は、「危ねぇ危ねぇ」と身軽な動作で躱すと同時に懐から小さな石のような物を取り出しました。
「死にやがれぇ!」
「テメェとまともに戦り合うつもりはねぇよ」
突進を躱されたブルアンが拳を大きく振り被りますが、それよりも早く男性は取り出した石を地面に投げ付けました。
投げられた石がパキッと音を立てて割れた次の瞬間、猛烈な勢いで黒い煙が噴き出しました。
「なっ!?」
発生した黒煙は瞬く間に広がり、わたしとブルアンだけではなく周りの構成員をも呑み込んでいきます。
驚いた拍子に煙を吸い込んでしまいましたが、特に苦しくはありません。
どうやら人体には無害なようですが、視界は最悪で煙以外の何も見えません。
「んだこりゃ!?」
「何も見えねぇぞ!」
「クソがッ、あの野郎は何処に行きやがったぁぁあああ!」
突然の事態に周りの構成員も相当焦っているようです。
怒り狂ったブルアンの声も聞こえますけど、もしかして今って逃げるチャンスです?
「ボーッとしてる場合じゃねぇぞ」
「あ、貴方は……」
煙の所為で姿は見えませんが、すぐ近くからあの黒ずくめの男性の声が聞こえます。
これだけ近くに居るのに匂いがしません。
辛うじて気配を感じ取るのがやっとです。
やはりただの煙ではないようですけど、彼はどうやってわたしの位置を把握しているのでしょう。
「……いったい何者ですか?」
「質問はあとにしてくれ。取り敢えずお前さんの敵じゃないのは確かだ」
「それを信じろと?」
「さてな。信じるか信じないかはお前さん次第だが、俺が今こうしているのはマスミに頼まれたからだ。お前さんを逃がすためにな」
「マスミさんが?」
わたしをこの場から逃がすようマスミさんに頼まれたと言う男性。
その言葉が真実である証拠などないのですが……。
「分かりました。一先ず貴方を信じます」
「いやにあっさりと信じるんだな。俺が嘘ついてるとは思わねぇのか?」
「逆にお聞きしますけど、ここまで手の込んだ嘘をつく必要があります?」
それにマスミさんだったらきっと何らかの手を打ってくれると信じてましたから……って、流石に初対面の方にそこまで語るつもりはありませんけど。
わたしの声から何かを察したのか「随分と信頼されてんだなぁ、マスミの奴」と妙に納得した様子の男性。
そこに再び「何処だぁ! 出て来やがれクソ野郎が!」とブルアンの怒号が響いてきました。
のんびりしている暇はありませんね。
「まあいい、あのデカブツが気付く前にさっさと逃げるぞ。俺の後をついてこれるか?」
「多分……いえ、必ず」
「よし。まずはマスミ達と合流だな。話はそれからだ。行くぞ、ついてきな!」
「はい!」
合図に従って地面を蹴る。
視界の利かない黒煙の中、わたしは男性の僅かな気配だけを頼りに駆け出したのです。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1/30(土)頃を予定しております。




