第13話 報復の予感
前回のお話……ガシャーン
(ロ ゜Д゜)!?
(エ ゜Д゜)!?
年内最後の更新となります。
「マスミ、本当にあの不埒者共が宿に来ていると思うか?」
「さてね。もう来てるのかどうかまでは分からんけど……」
嫌な予感ってのは大体当たるものなんだよ。
口には出さずに心中でそう溢し、俺は走る速度を速めた。
今、俺とミシェルは辛うじて並んで歩ける程度の幅しかない細い路地を二人で進んでいた。
闇ギルドへ向かう際にも通った迷路のような路地を引き返している最中なのだ。
目的は子豚の昼寝亭へ一刻も早く戻るため。
何故そこまで急いでいるのかといえば、それは闇ギルドでジョッシュさんから告げられた言葉に端を発する。
―――数分前―――
「お前ら連中に目ぇ付けられてるぞ」
昨夜撃退したチンピラ共―――カロベロ・ファミリーなる者達が俺達を狙っているとジョッシュさんは教えてくれた。
彼曰く、カロベロ・ファミリーとはこのエルベの街を裏から牛耳っているヤクザであり、下っ端とはいえ八人もの構成員を一人残らず病院送りにされたことで、自分達の面子が潰されたと考えたそうな。
何処の世界でもヤクザ者は面子を重んじるものらしい。
それにしてもあのチンピラ共……。
「よくパンイチで帰れたもんだな」
「剥かれてたからな」
イイ年した野郎共が全員パンツ一丁で街中を徘徊している光景は悪夢以外の何物でもないと思う。
普通なら公然猥褻でしょっ引かれそうなものだが、兵士は巡回していないのだろうか?
「大事件でも起きない限り兵士がスラムなんぞに来るもんかよ」
金のねぇ奴らのことなんざどうでもいいんだよと吐き捨てるジョッシュさんの様子を見るに、どうもそれだけではなさそうだ。
遠慮がちに何かあったのかを訊ねてみるとジョッシュさんは苦笑いを浮かべながら、「昔ちょっとな」とだけ答えてくれた。
これ以上は踏み込まない方が良さそうだな。
「ただのチンピラ共がなんだって街を牛耳れるまでになったんですか?」
「もう五年くらい前になるか。カロベロって奴が街のチンピラを束ねるようになってな。違法薬物の取引、賭博、売春、高利貸し、恐喝から殺人まで何でもござれ。悪事に手を染める度に組織はどんどんデカくなっていったのさ。カロベロ・ファミリーって名乗り出したのもこの頃からだよ」
ヤクザというよりも完全にマフィアのやり口だなぁと我ながら変なところに感心している俺の前で、ジョッシュさんは懐から銀色のシガレットケースを取り出した。
開いたケースの中には数本の紙巻き煙草が入っており、その内の一本を口に咥えたジョッシュさんは、ポケットから別のケースを取り出した。
そちらに入っていたのは……。
「マッチ有るじゃん」
「あん? 別にそこまで珍しいもんでもないだろ」
まだ俺がこの世界に迷い込んで間もない頃だ。
野営中の寝物語に『マッチ売りの少女』の話を聞かせようとした際、ミシェルもローリエもマッチの存在を知らなかったため、即興で『火打ち石売りの少女』にタイトルと内容を変更するという出来事があった。
てっきり異世界にマッチは普及していないものだとばかり思っていたのに。
「普通に雑貨屋なんかで買えたりするけどな。ただまぁ、好んで使う冒険者は少ないかもな」
「それはまた何故?」
「そりゃお前、簡単に折れるし、湿気ったら使い物にならないからな。火打ち石の方が良いって奴は結構居ると思うぜ」
「そんなものですか」
一応、納得のいく意見ではある。
確かに火打ち石なら雨天時でも火を起こすことは可能だし、多少割れたところで問題なく使用することが出来る。
馴染みのない人からすると使い辛そうなイメージを持たれるかもしれないが、普段から使い慣れている者にとっては火打ち石での着火など特に難しいものでもないのだ。
逆を言えば慣れるまでが難しい。
何事も一長一短なのである。
そんなどうでもいい思考をしていると女給兼ホステスのお姉さんがやって来て、自然な動作でジョッシュさんの前に灰皿を置いていった。
ホスピタリティー。
「ジョッシュ殿。この街を牛耳っているのはカロベロ・ファミリーだと先程言ったが、領主はいったい何をしているのだ? まさかそれ程の犯罪集団を知らぬ訳でもあるまい」
「決まってんだろ。領主もグルだから見逃してんのさ」
あっけらかんと告げられた答えに然しものミシェルも絶句してしまう。
なんとなく予想はしていたので驚きはないけど、この手の話を聞くと如何にラズリー伯爵が稀な人物であるのかを重い知らされる。
というか異世界よ、幾らなんでも悪徳貴族が多過ぎるぞ。
「正確にはカロベロと組んでたのは前領主……今の領主の親父だ。悪事を見逃してやる代わりに金や違法の品を横流しさせてたのさ。ところがほんの一年前にそいつは急死。跡を継いだ息子はビビってカロベロの言いなりになってるって訳よ」
「親子揃ってどうしようもないなぁ」
街の最高権力者たる領主が味方。
だから自分達は何をしても許される。
成程。昨日のチンピラ共があれだけ強気な態度を取っていたのにも頷ける。
まさに虎の威を借る狐。
ボスであるカロベロがどのような人物かは不明だが、取り敢えず部下には小物多しと。
そういった連中は往々にして短絡的な行動に走り易いもの。
俺は数枚の銀貨を取り出すとジョッシュさんの前に置いた。
「貴重な情報ありがとうございます。相場が分からないので、一先ずこちらを」
「別に金なんていらねぇぞ?」
「いえ、なんであれ労働には対価です」
俺の勘だが、ジョッシュさんに借りを作ってはいけない気がする。
おそらく彼はローグさんやディーンさんのように義理人情で行動するタイプではなく、何かしら利になるものがあれば力を貸してくれる人だ。
分かり易いものとしては金。
個人ではなく、あくまでも客―――取引相手として付き合うべきだ。
そしてこちらが客に徹する限り、彼が裏切ることはないだろう。
平気で客を裏切るような輩に闇ギルドが仕事を回すとは考え難い。
裏家業とはいえ信用は大事な筈。
そんな俺の考えを理解したのか、ジョッシュさんは「お前、面白いな」と不敵な笑みを浮かべた。
彼が銀貨を受け取るのを確認した後、俺はミシェルを促して席を立った。
「今日のところはこれで失礼します。今後、ジョッシュさんと連絡を取りたい場合は、闇ギルドに来ればいいんですよね?」
「ああ。でも道分かるか? 結構複雑だぜ?」
「ご心配なく」
優秀な案内人がいますのでと言って、俺達は闇ギルドの酒場を後にした。
外に出てすぐ「案内よろしく」と言えば、背中の翅を震わせたレイヴンくんが勢いよく肩の上から飛び立った。
「マスミ」
「急いで戻るぞ」
お互いに頷き合う俺とミシェル。
カロベロ・ファミリーの襲撃を予感した俺達は、先導してくれるレイヴンくんに続いて路地へと入り、子豚の昼寝亭へと急ぎ戻るのだった。
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次回更新は年明け早々1/1(金)を予定しております。
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