第12話 真昼の昼寝亭
前回のお話……狙われている
(真 ゜Д゜)やっぱり?
―――side:ローリエ―――
「すみません。お客さんに手伝っていただいて……」
「気にしないで下さい。わたしが好きでやっていることですから」
隣に立つわたしに向けてマァナさんがペコペコと何度も頭を下げてきます。
本当に気にしなくてもいいのですけどねぇ。
そんな申し訳なさそうな表情とは裏腹に彼女の手の動きには一切の淀みがありません。
汚れた食器を手に取っては素早く洗い、次々と私に手渡してきます。
洗い残しなどありません。
自信無さげな態度からは想像も付かない手際の良さです。
もうお分かりかとは思いますが、今わたしはマァナさんと一緒に使い終わった食器を洗っています。
マスミさんとミシェルが二人で出掛けた後、わたしは部屋で仮眠を取り、お昼前には目を覚ましました。
同じく宿に居残りのエイルさん、ユフィ―さんと一緒に昼食をいただいた後、特にやることもなかったわたしはマァナさんにお手伝いを申し出たのです。
「お客さんにそんなことはさせられませんよ」
とマァナさんからは断られてしまったのですが、二人でやった方が早く終わりますから遠慮しないで下さいと言って、多少強引にお手伝いを認めてもらいました。
程なく食器洗いは終了です。
「ありがとうございます」
「わたしが勝手にやったことですから。またいつでも言って下さい」
マァナさんにそう返した後、わたしは厨房から食堂兼エントランス―――というには小さ過ぎますけど―――に移動しました。
そこにはエイルさんとマァナさんの一人娘であるミミちゃんが向かい合ってテーブルに着いていました。
ユフィ―さんの姿はありません。
またお昼寝でもしているのでしょうか?
「あ、お姉ちゃん。お疲れ様!」
「お疲れ様~」
「お疲れ様です。二人で何をしているんですか?」
というわたしからの問いにエイルさんは「これ~」と言って両手を広げました。
よく見えるようにと広げられた彼女の手の中には、紐によって作られた星がありました。
どうやら二人で綾取りをしていたようです。
「ここから更にこうするとぉ……こんな風になりま~す」
「すごぉい!」
たった一本の紐がエイルさんの指を通して様々な形に変化していく様を、ミミちゃんはキラキラとした眼差しで見詰めています。
エイルさんが技を披露する度に小さな手でパチパチと拍手を送る姿は大変微笑ましいです。
「ねぇねぇ、それは何て言う奇術?」
「奇術じゃないよ~。これはねぇ、綾取りって言うの~。マスミくんの故郷にぃ、昔からある遊びだよ~」
「マスミって、お姉ちゃん達と一緒に居た男の人?」
可愛らしく小首を傾げるミミちゃんに対して、エイルさんも同じように首を傾げながら「そうだよ~」と答えます。
途端にミミちゃんは綾取りを見ていた時以上に瞳を輝かせ……。
「もしかしてお姉ちゃん達の恋人!?」
とんでもない質問を放ってくれました。
わたし達とマスミさんの関係。
同じパーティの仲間。そして恋人……とまでは言えませんね。
恋仲の男女がするべきあれやこれやを一切していません。
でも将来的にマスミさんがわたし達全員のことを娶ってくれるのは確定―――言質もいただいてます―――な訳ですから、そういう意味では恋人以上と呼べなくもない気がしますけど……。
今のわたし達の関係って、なんて呼んだらいいんでしょうね。
どのように答えるべきかも分からず、口を紡ぐことしか出来ないわたしに代わってエイルさんが「違うよ~」と答えてくれました。
「違うの?」
「うん、違うよ~」
今はまだね~とエイルさんが付け足すと、ミミちゃんは先程とは反対の方に首を傾げながら「まだ?」と問い返してきました。
エイルさんはそんなミミちゃんに頷いた後―――。
「いつかねぇ、家族になるんだ~」
―――笑顔でそう答えました。
家族。
その言葉は何の違和感もなく、わたしの胸にストンと落ちてきました。
思えば、わたしにとって家族と呼べる存在はミシェル一人だけでした。
幼い頃を共に過ごした子達は、わたし一人を残して皆亡くなっています。
旦那様や奥様のことも敬愛しておりますが、やはり家族とは違います。
恩人であり、主であり、親友であり、姉妹でもあるミシェル。
彼女だけがわたしの唯一の家族……その筈でした。
ですが、今ではミシェルに抱くものと同じだけの情愛をマスミさんやエイルさん―――ユフィ―さんはちょっと微妙ですけど―――に対しても抱いています。
そうか、わたしは皆さんと……。
「家族に、なれるんですね」
思わず漏れてしまった呟きに気付いた人はいません。
聞かれていたらちょっと恥ずかしかったので、助かりました。
ミミちゃんはエイルさんの発した家族という単語に食い付き、「家族って、結婚するってこと!?」と更に瞳を輝かせています。
この子の瞳はいったいどこまで輝きを増していくのでしょう。
「そ~。結婚してぇ、みんなで一緒に暮らすの~」
それがわたしの夢~と嬉しそうに語るエイルさんを見て、ミミちゃんも大興奮です。
まるで我が事のようにキャッキャッと小さな手を何度も叩いて喜んでいます。
「素敵ぃ! ミミも早く結婚したーい!」
諸手を挙げて、ピョンピョンと飛び跳ねるミミちゃん。
おませさんです。
あと十年くらい我慢しましょうねぇと一人はしゃぐミミちゃんを見守っていると「ミミ? さっきから何を騒いでいるの?」とマァナさんが厨房の中から顔を出されました。
「コラ、お客さんに迷惑を掛けちゃ駄目でしょ?」
「迷惑なんて掛けてないもん」
お母さんに注意されたミミちゃんが不満そうに両の頬を膨らませています。
何気ない親子のやり取り。
実の親を知らないわたしには経験のないこと。
当たり前のようにそれが出来るミミちゃんのことを少しだけ羨ましく感じてしまいます。
「遊んでる暇があるなら裏から薪を取ってきてちょうだい。夕食の仕込みをするから」
「えー、重いのにぃ」
これは止めてあげた方がいいのでしょうか。
二人のやり取りを苦笑しながら眺めている途中、不意にエイルさんの表情が変わりました。
怪訝そうに眉根を寄せたかと思うと、その目を窓に―――外の方へと向けました。
相当質の低い窓ガラスが使われているようで、透明度はほとんどありません。
そのため、窓から外の様子を窺おうにもぼんやりとしか分かりません。
「エイルさん? 外に何か―――」
あるんですかと言い掛け、ようやくわたしも気付くことが出来ました。
宿の外から感じる複数の人の気配とそこに含まれた明確な害意。
獣人の能力の一部が封じられている所為で、気付くのが遅れてしまいました。
魔道具の使用による弊害ですね。
「確かに来るかもしれないとは思っていましたけど……」
「予想より早いの~」
椅子から立ち上がったエイルさんがミミちゃんを壁際から離し、厨房の傍まで下がらせました。
同じようにわたしもマァナさんに後ろへ下がっておくよう指示を出します。
「お姉ちゃん?」
「え? あの、何を……」
「二人とも厨房の奥に隠れていて下さい。絶対に出てきてはいけませんよ」
「危ないの~」
不思議そうにしているミミちゃんと不安げな表情を浮かべているマァナさんが厨房の中に入っていくのを確認した後、わたしとエイルさんは正面に向き直ります。
さて、何処から攻めてきます?
スイングドア。窓。あるいは壁。
視線は固定せず、不規則に動かしつつも意識だけは外に向けておきます。
そうして丁度十を数え終えた頃。
お互いに無言のまま警戒を続けるわたし達の目の前で、甲高い破砕音を響かせながら窓ガラスが砕け散ったのです。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12/30(水)頃を予定しております。
 




