第9話 待ち人、勝手に来たる
前回のお話……チンピラ共をボコる
(真 ゜Д゜)てい
(チ ゜Д゜)ぎゃ!?
部屋に一つしかない突き上げ戸を開けると、朝の日差しが室内を明るく染めてくれた。
そんな朝日に向かって、目を細めながら一言。
「新しい朝が来た」
希望の朝になるかは分からんけどと独り言ち、適当に身嗜みを整える。
俺が着替え終わるのを待っていたのか、枕元からゆっくりと飛び上がったレイヴンくんが定位置の肩の上に乗ってきた。
おはようと朝の挨拶をすれば、賢い我が従魔は返事代わりにカチッと大顎を打ち鳴らしてくれる。
未だグースカ寝ているニースをスマホと一緒に戦闘服の胸ポケットに入れ、部屋の外へ出る。
一階に降りると少し眠そうな表情でテーブルに着くローリエの姿が目に付いた。
「おはよ」
「あ、マスミさん。おはようございます」
俺を見て薄く笑みを浮かべたローリエに空間収納から取り出した水筒を差し出す。
ローリエはありがとうございますと告げてから水筒を受け取り、特に躊躇うこともなく直接口を付けて飲み始めた。
程好く冷えた水―――空間収納の中では時間が経過しない―――を一口二口と飲んで人心地付いたのか、ローリエはふぅと息を吐いた後「特に異常はありませんでした」と報告してくれた。
「流石に昨日の今日で報復に来たりはせんか」
「そもそも無事でいるかどうかも分かりませんけどね」
この会話だけでは何のことを話しているのかよく分からないと思うので説明しよう。
昨夜、我々は借金の取り立てにやって来たチンピラ共を一人残らずブチのめした後、予定通り子豚の昼寝亭に宿泊した。
……宿泊しようとしたのだが、大暴れした影響で店内は当然の如く酷い有様と化していた。
このままでは片付けもままならないということで、気絶した連中全員を宿から離れた路上に運び、そのまま放置してきた。
目が覚めたら報復に来るのではなかろうかと心配になったのだが、ローリエから……。
「多分、来たくても来れないと思いますよ」
「何で分かるの?」
その答えはすぐに明らかとなった。
周囲の建物の影や路地裏に潜んでいたのだろうか。
俺達がチンピラ共の傍を離れた途端、路上で横たわる奴らに幾つもの人影が近付き、群がってきた。
人影―――スラムの住人達はチンピラ共の懐を漁り、何食わぬ顔で金目の物を抜き取っていく。
果ては衣服までをも剥ぎ取られるチンピラ共。
かなり入念にボコった所為か、パンツ一丁にされても目を覚ます様子はなかった。
「そういうことね」
「スラムでは隙を見せたらお仕舞いですから。目が覚めたら奴隷落ちしていたり、そのまま冷たくなっていても不思議ではありません」
物取りだけならまだマシな方ですと淡々と告げるローリエ。
俺的には充分衝撃的な光景なのだが、一時を浮浪児として過ごした経験のあるローリエからすれば然して珍しいことでもないのだろう。
なんて言いつつ、宿の清掃代や補修費用やらは宣言通りに奴らの懐から頂戴したのだが。
こんな感じでチンピラ共を処理したため、報復に来たくても来れないとローリエは言ったのだが、生きている以上は何があるか分からない。
あるいは本人達ではなく、その仲間が報復に来ないとも限らない。
万が一の場合に備え、俺達は野営する時と同じように交代で見張りを付けることにしたのだ。
結果として杞憂に終わってしまったものの、何事もなかったのだからそれで良しとしておこう。
「おはようございます」
ローリエと二人で取り留めのない会話をしていると店前の掃き掃除でもしていたのか、箒片手にマァナが中へと入ってきた。
持っていた箒をカウンターに立て掛けたマァナは、「すぐに朝食の準備をしますね」と言って、厨房へと引っ込んでいった。
昨日のスープがまた飲みたいなぁなんて思いながら朝食を待っている内に他のメンバーも起床してきた。
程なくマァナが用意してくれた朝食を全員でいただいた後、俺はミシェルと二人だけで外出した。
ローリエは仮眠。
エイルには万が一の事態―――チンピラ共の報復に備えて宿に残ってもらった。
人選は厳正なる審査によって決められた。
ユフィー?
奴は早過ぎる昼寝に入ったよ。
「食後に惰眠を貪る……何と甘美なことでございましょう」
「そのまま牛になってしまえ」
相変わらずの生臭っぷりである。
ミシェルと並んで綺麗とは言い難い通りを歩いている途中、「これから何処へ向かうつもりなのだ?」と質問が飛んできた。
そういえば出掛ける際に目的地を伝えていなかったな。
「ローグさんの知り合いの所。この街に住んでるって聞いたんだけど」
エルベに到着したら自分の知り合いを訪ねるようにとネーテを発つ前にローグさんから言われたのだ。
彼曰く相当な情報通で、表沙汰にならないような事柄にも精通しているとかいないとか。
話を聞いたミシェルが「その人物、よもや犯罪者ではあるまいな?」と若干不安そうにしている。
ごもっともな意見だと思う。
ローグさんの知人が裏社会と通じているのはほぼ間違いないだろう。
そうでなければ表沙汰にならない情報を入手出来る筈もない。
単なる情報屋なのか、それとも……。
「声を大にして言えない特殊な職業の人なのかね?」
「特殊な職業って……」
なんだそれはとミシェルは呆れているものの、冒険者も相当特殊な職業だと思うぞ。
それにしても……。
「昨日はあまり気にならなかったけど、やっぱ見られてるよな?」
「明確な敵意や悪意は感じないが、注意は払っておくべきだな」
歩きながらもそれとなく周囲に視線を飛ばす。
姿こそ見えないものの、あちこちに人の気配と視線を感じる。
きっとスラムの住人達が隠れながらこちらの様子を窺っているのだろう。
まあ、自分達の縄張りにいきなり余所者が入ってきたら警戒するのも当然の話だ。
「気にし過ぎてもしょうがなし。注意は必要だろうけど、余計なアクションさえ起こさなけりゃ、向こうだって何もしてこないだろ」
「道理だな。もしも襲ってきた時は斬り捨てればいいだけのことだ」
そう言ってミシェルは腰に下げた〈ロッソ・フラメール〉の柄にそっと左手を添えた。
こちらは武装している。だから下手に近付くなよという彼女なりのアピールだ。
この程度なら刺激した内にも入らないだろう。
「……ところでマスミよ。ずっとスラムの中を歩いているようだが、本当にこんな場所にローグ殿の知人とやらは居るのか?」
「流石に住んでる場所まではローグさんも知らないってさ。よく出入りしてる店がスラムの近くにあるんだと」
正確にはスラムの外れ……街の裏通りと接する位置に件の店はあると説明されたのだが、何しろ土地勘が無いのでよく分からない。
宿を出る前にマァナに聞いておくべきだったかもしれない。
ローリエが言うには子豚の昼寝亭もスラムの外れの方に位置しているらしいので、その辺りを歩いていればそれっぽい建物が見付かるのではないかと考えたのだが……当てが外れたかね?
「当てずっぽうにも程があるぞ」
「文句は適当な説明したローグさんに言ってくれ」
「適当って分かってんのに探すのかよ。お前変わってんなぁ」
突如として俺とミシェルの会話に割り込んできた男の声。
声が聞こえてきた方に目を向ければ、一人の見知らぬ男がバラックのような小屋の傍に立ち、腕を組みながら俺達を観察していた。
見たところ年齢は三十歳くらい。
男にしては長い黒褐色の髪を紐で簡単にまとめ、左目には革製の黒い眼帯を付けている。
西部劇などでよく見るダスターコートを身に付けているが、こちらの色も黒。
上から下まで黒尽くめだ。
俺もミシェルも声を掛けられるまで、この男の存在に気付くことが出来なかった。
内心の動揺を悟られないように俺は殊更普段通りのトーンを意識しながら「どちらさん?」と訊ねた。
男は微かに笑みを浮かると―――。
「俺はジョッシュ。ローグの知り合いって言えば分かるかい?」
―――隠すこともなくあっさりと自らの正体を明かしてくれた。
どうやら探し求めていた人物が向こうから勝手にやって来てくれたらしい。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12/15(火)頃を予定しております。




