第5話 お宿を探して ~辺境のスラム~
前回のお話……真澄くん大暴れ
(真 ゜Д゜)やり過ぎちゃった
(ミ ゜Д゜)ポケー
(受 ゜Д゜)ガタガタブルブル
「マスミ、もう一回。もう一回だけ言って。お願い」
「勘弁してくれ……」
未だうっとりとした表情のまま、お願いお願いと言い続けるミシェル。
ギルドでミシェルとローリエに絡んできた酔っ払い共を撃退した際に俺が口にした台詞―――彼女達は俺の女だ発言。
どうもそれがミシェルの乙女な部分を直撃してしまったらしく、馬車に戻ってからもずっとこの調子なのだ。
「なぁ、本当に俺そんなこと言った」
「言った。俺の女ってはっきり言った。お願いもっと言って」
俺の知ってるミシェルじゃない。
正直、あの時は俺も頭に血が上っていた所為か、自分の発言内容をよく覚えていないのだ。
「言ってましたよ。俺の女にちょっかい出すなって」
「なんでローリエは不機嫌な訳?」
「だってあれじゃミシェル一人に向けて言ってるのと変わらないじゃありませんか」
わたしだって言ってほしいのにと拗ねたように手綱を握るローリエ。
そんな理由で不機嫌になられても困るんだけど、これって俺が悪いのか?
ミシェルだけではなく、ローリエもこんな調子なのだ。
「態々口にせずとも、わたくし達は等しくマスミ様の所有物でございます」
「なんかお前だけ意味違くね?」
ユフィーだけはこの街に馴染めそうな気がしてきた。
「マスミくぅん、本当に言ったの~?」
「言ったような言ってないような……よく覚えとらんのよ」
「ミシェルちゃんだけずる~い」
わたしにも~と謎の要求をしてくるエイル。
人の気も知らないで好き放題言いやがって。
五人の酔っ払いを叩きのめした後、俺達は逃げるようにギルドを後にした。
というのも……。
「あー、これってやっぱ問題ですよね?」
倒れ伏す酔っ払い共を前に冷静さを取り戻した俺は、受付嬢達の元へと向かった。
揉め事御法度のルールを破ってしまったことを謝ろうとしたのだが……。
「か、帰って下さい!」
「は?」
「誰にも言いません。絶対言いませんから! だから帰って下さい!」
「いや、あの……」
カウンターの奥でお互いを守るように抱き締め合ったまま、恐怖に怯えた目を向けてくる受付嬢達。
その目は完全に犯罪者を見るそれだった。
俺は謝罪をしたいだけなのに、それすらも言わせてもらえない。
「あの、暴れたことは謝りますんで、取り敢えず話を―――」
「お願いですからもう帰って下さい!!」
という悲鳴染みた叫びと共に報酬の入った袋が投げ付けられた。
謝罪どころかこの街のルールとやらについても訊ねることが出来ず、俺達は退散せざるを得なかった。
ギルド内で喧嘩沙汰を起こした処遇がどうなるのかも分からず終いだし、あの受付嬢達が今回の件を本当に報告せずにいるつもりなのかも不明。
この街のギルドは利用不可能になったも同然と言えるかもしれない。
『行ったら何が起きるか分かったものではないからの』
「ぶっちゃけ出禁と変わらんよなぁ」
冒険者がギルドを利用出来ないとは、即ち収入を得る手段がないということでもある。
幸か不幸か、今現在資金にはかなり余裕がある。
ネーテを発つ前に一生懸命依頼をこなした甲斐―――隣国行きの事実を知ったラズリー伯爵からの援助もあった―――もあり、今回受け取った報酬と合わせれば、しばらくは働かなくとも生活出来るだろう。
だからといってそれだけで何ヵ月も保つ訳ではないのだから、一刻も早くこの問題を解決したいのが本音である。
そのための目処は全く立っていないのだが……。
ついでに言えば、目下の問題はギルドの件だけではない。
「宿見付かんねぇな」
「ことごとくお断りされましたものね」
今夜泊まる宿が見付からないのだ。
別にこの街に宿屋が存在しない訳ではないし、実際大通り沿いにある何件かの宿屋を訊ねてもみた。
最初は五人で宿泊したいという申し出に宿の主人らも笑顔―――宿屋からすれば利用客は多い方が有り難い―――だったのだが、俺以外全員が女性だと知った途端……。
「そういえば今日はもう満室になっちまってたんだ。他を当たってくれるかい」
「面倒事は御免だ。悪いが帰ってくれ」
急に発言と態度を変えて宿泊を拒否されてしまったのだ。
さっきは部屋空いてるって言ったじゃないかと抗議をしても取り合ってはもらえなかった。
しかもこれはまだマシな方で酷いのだと……。
「女を泊まらせる部屋なんざ此処にはねぇんだよ!」
今すぐ出ていけと追い出される始末。
俺達がいったい何をしたというのか。
「マジでこの街おかしいぞ」
「皆様、女性絡みで何かトラブルにでも巻き込まれたのではございませんか?」
「街ぐるみで巻き込まれる女性トラブルってなんだよ」
「全然想像が付きませんね」
ここまで行き過ぎた男尊女卑が罷り通ってしまう理由とはいったい何なのか。
最早差別なんて言えるレベルを超えている。
それでいながら、個々人でかなり温度差があるようにも感じられた。
「……駄目だ。さっぱり分からん」
『今は考えたところで仕方あるまい』
「推理するための情報がぁ、全然足りないの~」
「一先ずは宿探しに専念しましょう。と言っても―――」
望みは薄そうですけどねと溜め息を吐くローリエ。
彼女が言ったように、大通りにある宿からは軒並み宿泊を拒否されてしまったので、今は通りから外れた道を進んでいる。
何件かの宿は発見出来たのだが、全て空振りに終わってしまった。
「折角街に到着出来たってのに、このままじゃ馬車で寝ることになりそうだな」
「わたくし寝るならベッドが良いです」
「俺だってそうだよ」
そろそろ日も暮れてきそうだ。
早いところ泊まれる宿を探さなければと思いつつも、現実は厳しい。
不慣れな街の中を散策し続けてどれだけの時間が経過しただろう。
立ち並ぶ建物の数は目に見えて減っていく。
そのどれもが古めかしく、何処かしら汚れていたり、損傷していたりするものばかり。
通りのあちこちにはゴミや汚物が散見されるようになり、すえた嫌な臭いも漂ってきた。
更には我が物顔で道を横切っていく一匹の鼠。
一見して整備が行き届いていないというのがよく分かる。
これではまるで……。
「貧民窟だな」
俺は写真などでしか見たことはないが、元の世界にだってスラムは幾つも存在していた。
南アジアを中心にスラムで生活をする住民の数は増加傾向にあるとすら聞く。
公共サービスやインフラの整備が地球程には進んでいない異世界だ。
こういった場所があっても何ら不思議ではない。
「……早く離れた方がよさそうですね」
微かに目元を厳しくしたローリエが警戒するように周囲に視線を飛ばす。
浮浪児として路上生活を経験したことのある彼女は、スラムの危険性を誰よりも理解している。
「やっぱり結構危険なもんなのか?」
「場所によりけりですね。もっと奥まで進まなければ、そこまで危険はないと思います」
それでもあまり長居するべきではありませんと言うローリエ。
経験者―――という表現もおかしいが―――の意見は大切だ。
ここは素直に従っておくべきだろう。
大通りに引き返すべく、ローリエが馬車を操作しようとした時「ねぇねぇ、あれは~?」とエイルが前方を指差した。
エイルが示す方向に見えるのは一軒の木造家屋。
古びた外観は周囲にある他の建物と大差なく、それだけならば特に気にするものでもなかったのだが……。
「看板?」
「ですね」
他の建物と異なり、その家屋には看板が取り付けられていた。
屋根に乗せるように取り付けられた看板には、何やら屋号らしきものが見て取れる。
かなり薄れてきて読み辛いが……。
「小豚の昼寝亭……だって~」
スラムの一角にひっそりと佇む古びた宿屋―――小豚の昼寝亭。
その看板には、ご丁寧にデフォルメされた小豚らしきイラストが描かれていた。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11/25(水)頃を予定しております。




