第4話 ようこそ、ネーテの街へ ~入る前から一悶着~
前回のお話……
(真 ゜Д゜)(ミ ゜Д゜)(ロ ゜Д゜)ウサギ美味え
馬車に乗った夫婦らしき男女。
大荷物を背負って歩く恰幅のいい男性。
鎧を着込んだ大男。
手を繋いで歩く母娘等々。
様々な人達と擦れ違いながら街道を歩いていく。
人通りが増してきたということは、それだけ目的地が近くなってきた証拠でもある。
もう少しで到着だと思えば、足取りも自然と軽くなってくる。
早く着かないかなぁ。
子供のように駆け出したくなる気持ちを抑えながら足を進めていけば、程なくそれが見えてきた。
街をぐるりと取り囲むように建てられた分厚く高い塀はきっと防壁だろう。
その防壁に沿うような形で掘られた堀には、街の横手に流れる大河から水が引かれている。
水堀というヤツか。幅は凡そ5、6メートル。
きっと俺達が少し前に立ち寄った川も繋がっているに違いない。
防壁の一部には開閉式の扉が設けられており、そこから水堀を渡るための跳ね橋が架けられている。
街の出入口は、結構な数の通行人でごった返していた。
「おぉ、人がいっぱいおる。なんかテンション上がってきた」
「ようやく着いたか。行きに比べて随分と時間が掛かってしまったな」
「まあまあ、こうして無事に帰ってこられたんだからいいじゃありませんか」
ミシェルとローリエが何やら話しているが、全然耳に入ってこない。
それくらい今の俺は目の前の光景に見入っていた。
開拓村を出てから四日目。
俺達はネーテの街へ到着したのだ。
どうも、逃走兎なる魔物の肉をたんまりいただいたおかげで、お腹いっぱい元気いっぱいの深見真澄です。
川原での食事と後片付けを終えて再出発したのだが、そこから街に着くまでは早かった。
野営地を出発した時のペースの遅さはいったいなんだったのか。
やはり美味しい物を沢山食べると元気が出ますね。
ありがとうウサ公。俺はお前のことを決して忘れない。
美味なる食事という意味で……。
現在、我々は街の出入口たる門から伸びた列に並んでいる最中である
ネーテには東西南北の四方に門―――俺達が並んでいるのは西門―――があり、その全ての門で兵士による検問が行われている。
どうも街の中に入るためには、この検問を必ず受けなければならないらしい。
門の脇には詰め所が設営されており、毎日交代で十数人の兵士が常勤しているとか。
列の最後尾に居た時でも何人かの兵士らしき姿が確認出来た。
「お勤めご苦労様です」
「何故、私に対して言うのだ?」
「さあ?」
検問待ちの列は順調に進み、然して時間も掛からずに俺達の番がやってきた。
「街に来た目的を教えてほしい。あと身分証か通行証があれば、それも提示してくれ」
槍と革鎧で武装した兵士―――この場合は衛兵って言うんかね?―――から質問された。
俺よりも幾らか若そうな男だ。
もっと横柄な態度で詰問されるのかなぁなんて思っていたのだが、案外物腰は柔らかかった。
明らかに封建制度が罷り通っている異世界なので、国に勤める兵士も皆特権意識を持っているものと勘違いしていた。
偏見を持って申し訳ない。
さてこの質問、俺はなんと答えるべきか。
「失礼、私も彼女も冒険者ギルド所属の冒険者だ」
「開拓村から出されたゴブリン討伐の依頼を終えて帰還したところです」
以前、開拓村の村長さんにも見せていた認識票らしきものを提示しながら、衛兵に説明をするミシェルとローリエ。
ねぇねぇ俺は?
ついでに俺の紹介もしてくれないの?
「うん、冒険者ギルドの認識票で間違いないな。そっちの彼は?」
「ああ、彼は―――」
と言い掛けたミシェルの言葉を遮るように一歩前へと踏み出し……。
「どうもはじめまして。ビッグな男になるという夢を追い求め、単身故郷を飛び出してきた深見真澄二十八歳です。この街には冒険者になるためにやって来ました。ちなみに身分証は持ってません。どうぞよろしく」
ビシッと親指で自分の顔を指しながら、ハキハキと答える。
内容はこの数十秒の間に考えた。
面接の際、質問に淀みなく返すことはとても重要なことだ。
「……本当か?」
衛兵から向けられる視線が不審人物を見る目に変わっていく。
何故だ?
「まぁ、嘘は言っていない。言動はちょっとアレだが、犯罪者でないことだけは私達が保証する」
おいコラ、アレってなんだ。
失礼なことを言うんじゃありません。
「えっと、悪い人ではないんですよ?」
それはフォローのつもりか?
開拓村を出てからこっち、二人の俺に対する扱いがどんどん雑になっている気がする。
おいコラ衛兵、なんだその胡散臭そうなものを見る目は。
「この後すぐにギルドへ連れて行って登録を行うつもりだ。それまでの間、おかしなことはしないように私達が責任を持って見張っておく。もしも登録後に何かしたら遠慮なく捕まえてくれて構わない」
そこは構えよ。
というか俺が何かやらかすことを前提に話をするな。
「そ、そうか。早めに登録してくれるとこちらも助かる。身分証がない場合は、一人につき大銅貨三枚の入門料が必要になるが、これも規則だから我慢してくれ」
「いや、当然の措置だ」
ミシェルが財布―――昔の道中財布に似ている―――の中から三枚の硬貨を取り出し、衛兵に手渡す。
十円玉よりも一回り大きな緑っぽい色をした硬貨だが、それが大銅貨とやらかね?
「大銅貨三枚、確かに受け取った。あー、そっちのお前、冒険者ギルドでの手続きが終わり次第、認識票を見せに来るんだ。一度こちらで確認しておかなければ、後々困るのはお前自身だからな。それと街中で妙な真似をするなよ。いいな、分かったな?」
最初に見せた態度は何処へいったのか。
一方的にそう告げた後、さっさと行けと言わんばかりにシッシッと手を振ってみせる衛兵。
「なんだとこの野郎」
随分とおざなりな対応をしてくれるじゃねえか。
それが貴様の本性か?
胡散臭い奴は雑に扱ってもいいんかい……って別に俺は胡散臭くねぇよ。
オーケー、よぉく分かった。
そっちがそのつもりなら俺だってもう遠慮はしない。
徹底抗戦してくれるわ。
「よぉし、そこ動くんじゃねぇぞテメェェェェェ……ッ!?」
「止めんか馬鹿者」
ミシェルが服の襟を思いっ切り、それもいきなり引っ張ってきた。
ちょっ、苦しい!
「はッ、離せミシェル。この男に目上の人間に対する口の聞き方というものをだな―――」
「だから止めろと言うに。本当に捕まるぞ」
えぇい、離さんかい!
ジタバタと抵抗を試みるが、彼女の腕力はビクともしなかった。
「はいはい、行きましょうねマスミさん。後ろがつかえてますからねぇ。ご迷惑になっちゃいますよぇ」
「騒いですまなかった。我らはこれで失礼する」
「待て二人とも、俺はまだ納得してなモガモ、ゴ……ッ」
「ほら暴れるな。さっさと行くぞ」
左右から伸びてきた手に口を塞がれ、少女二人にズルズルと引き摺られながら門を通過する俺。
検問待ちの列が徐々に遠ざかっていく。
せめてもの抵抗と衛兵めを睨み付けながら呪詛の念を送ってやる。
おいコラ衛兵、お前の顔は覚えたからな。
あからさまにホッとしてんじゃねぇぞ。
お勤めご苦労様だこの野郎。
―――ズルズルズルズル。
街路上を引き摺られることしばらく。
街の大通りらしき場所まで来たところで、ようやく二人は俺の身体を解放してくれた。
西門は既に見えなくなっており、この場からではその様子を窺い知ることは出来なかった。
「おのれ衛兵め。絶対あそこの詰め所にクレーム入れちゃる」
「それで本当に捕まったらどうするつもりだ。質の悪いチンピラや野犬でもあるまいし、誰彼構わず噛み付かなければ気が済まんのか、お前は……」
呆れたように息を吐くミシェル。
「だってあの衛兵ムカつく」
「まあ、彼の言い方にも問題はあったと思いますけど……」
「それとてマスミが余計なことを喋らずに大人しくしていれば、もっとマシな対応をしてくれたと思うぞ?」
俺が悪いのか?
そもそもそこまで変な発言したか?
「ちっ、命拾いしたな衛兵。それにしてもあんな奴が国防を担う兵士の一人だというのか。国家は何をしている」
「いや、彼というか彼らはこの地を治めている領主に仕える兵士であって、国軍の所属ではないと思うぞ?」
「なんだって?」
国家公務員ではなく地方公務員だったか。
「ややこしい。なんか余計にムカついてきた」
「頼むから街中で悶着を起こしてくれるなよ。今お前の身元を保証しているのは、私達だということを忘れるなよ?」
「人を手の掛かるガキンチョみたいに言うな」
「子供の方がまだ手が掛からんわ」
手の掛かる二十八歳ですみません。
「あのマスミさん。衛兵さんともそうですけど、問題を起こして警邏の方に捕まらないで下さいね? 牢になんか入れられないで下さいね?」
だからどうして俺が何かしでかすことを前提に話すの?
君達の目には俺がそんなに問題を起こす人間に見えるの?
「そうなった場合、私かローリエが迎えに行かなければずっと拘束されているのか。最悪そのまま……」
「そのままなんだって? おい、最悪の場合は俺をそのままどうするつもりだ?」
この女、マジで俺を見捨てるつもりではあるまいな。
自分疑ってますよと懐疑的な目でミシェルの顔をジーッと見続けたら、そーっと目を逸らされた。
え、嘘でしょ?
本気で俺のことを見捨てるつもりなの?
不安が顔に出ていたのか、ミシェルは表情を緩めると「冗談だ」と肩を竦めた。
この世には言っていい冗談と悪い冗談があることを彼女は知るべきだ。
「おじさんをイジメるなと言うとろうに」
若干憮然とした気持ちを抱えたまま、大通りに目を向けてみる。
幅広い街路の端には石造りや木造を問わず、複数の店舗や屋台、家屋などが立ち並び、検問待ちの列とは比べ物にならない数の人で溢れていた。
俺達とは肌の色が異なる人もいれば、頭部から獣のような耳を生やした獣人らしき人の姿も見えたりと道行く人並みの中には明らかに人間以外の種族もチラホラ混じっていた。
「おおぅ、ファンタジー」
人の多さに比例してか、大通りは活気に満ち溢れており、見ているだけでも圧倒されそうだった。
「思えば遠くへ来たもんだなぁ」
「まあ、マスミにとっては充分に遠くと呼べるのか」
「なんにせよ、大きな問題もなくこうして街に入れてよかったです」
小さな問題はあったが、それは言うまい。
「ネーテだっけ。本当に来たんだよな」
人も少なく、規模も小さかった開拓村とは違う。
多くの人や物が行き交う異世界の街―――辺境都市ネーテ。
なんとなく感慨深い。
ミシェルとローリエが互いの顔を見合わせ、頷き合う。
まるで数日前に開拓村で開かれた宴。あの時と同じように二人は声を揃えて―――。
「「ようこそ、ネーテの街へ」」
―――俺を歓迎してくれたのだ。
やっと街に着いた




