第20話 夜道にご注意 ~ストレス発散は拳で~
前回のお話……悩む女子ズ
(ミ ゜Д゜)どうしよう…
(ユ ゜Д゜)お供します
最後の一杯―――マスターの奢りを呑み終え、酒場を後にした俺はのんびりと夜道を歩いていた。
日付が変わるまでにはまだ余裕があるとはいえ、いい加減夜も更けてきた。
結局最後まで酔いが回ることはなかったけど、河岸を変えてまで呑み直す気分でもないし、今夜はこのまま帰るとしよう。
「マスターも簡単に言ってくれるよな」
故郷と仲間。両方を選ぶための悪足掻きくらいはしてみせろ。
マスターから言われた台詞が今も脳内に木霊している。
現状その方法がないから困っているのだが、それについてはこれから見付けるしかない
理想は異世界と地球を自由に行き来可能な手段を見付けることだけど、そう都合良くはいかないだろう。
「せめてスマホが使えればなぁ」
如何に日本の通信技術が優秀であろうとも、異世界にまで電波は届かない。
通信端末としてはすっかり無用の長物と化してしまった我がスマホ。
毎月の使用料なんかはどうなっているのだろう?
『今では我の〈精霊器〉じゃ』
「素敵なお住まいですこと」
あとお前のじゃなくて俺のだ。
何故か偉そうにのたまっているニースに抗議する意味も含め、ポケットをポンポンと軽く叩いておく。
連絡手段も確保する必要があるな。
うーむ、儘ならん。
「……いや、一番儘ならんのは俺自身か」
結局のところ、絵理達の前で自らの意思をハッキリさせなかった俺が一番悪いのだ。
帰るのか、それとも残るのか。
こんな風に思い悩んでいるのも、未だ決断出来ていないが故。
あんなにも雄弁に語っていた十代の少女に比べて、三十路手前の男のなんと情けないことよ。
「ウジウジしてる俺、格好悪い」
『普段は格好良いとでも?』
んなこと一言も言っとらんわとニースにツッコミ―――端から見れば一人でセルフツッコミをしている変人―――を入れつつも、足は止めない。
すっかり人通りの少なくなった道を歩き続け、水鳥亭まであと十分足らずで到着出来る距離にまで来た時……。
「ん?」
何者かの視線を感じた。
ミシェル達には遠く及ばないものの、俺もこの世界に来てから気配というものに敏感になってきた。
そんな曖昧なものを感知出来る筈がなかろうにと最初は思っていたのだが、人間成長するもんだねぇ。
「あまり友好的なもんじゃなさそうだな」
視線の中には明確な敵意が混じっている。
その証拠として肩に乗っているレイヴンくんが頻りに大顎を鳴らし、背中の翅を震わせていた。
たとえ言葉は通じずとも、動作の意味は理解出来る。
姿を見せない相手に対する威嚇。
それと同時に危険が迫りつつあることを俺に伝えようとしてくれているのだ。
分かってるよと一本角を軽く撫でつつ、それとなく周囲に目を飛ばす。
街灯の類がほとんど設置されていない薄暗い街路。
暗闇にさえ紛れてしまえば、身を隠すのはそう難しいことでもない。
生憎、俺の目で見通すことは叶わないが、複数の人の気配だけは感じられる。
さてどうするかと暫し考えた末―――。
「逃げるが勝ちよ」
―――逃走を選択した。
ただでさえ見通しが悪い上に相手は複数人居るのだ。
囲まれてしまっては対処の仕様がない。
ならば包囲が完成する前に抜け出すのみ。
「なっ、気付かれた!?」
「待ちやがれ!」
まさか既に気付かれているとは思いもしなかったのだろう。
突如として走り出した俺を追い掛けるべく、暗闇の中から何人もの男達が姿を現した。
ちらりと背後に目を向け……追ってきてるのは全部で六人。
足の速さは俺と大差なさそうだ。
このまま休まず走り続ければ、水鳥亭まで逃げることは可能だろうけど、女将さん達に迷惑は掛けたくない。
「だったら―――」
ここで潰しておこう。
そうと決めたら直ぐ様反転し、追ってきた男達に向かって駆け出す。
いきなり逃走したと思ったら、今度は逆に突っ込んでくる俺に驚き、慌てて止まろうとする男達。
俺は一切速度を緩めることなく地面を蹴り、先頭を走っていた奴の顔面に渾身の飛び膝蹴りを叩き込んだ。
ぐちゃりと鼻を潰された男は、鼻血と折れた前歯を撒き散らし、背中から地面に倒れた。
まず一人。
俺は着地と同時にすぐ近くに立っていた男の顎を右のショートアッパーでかち上げ、続けて左のフックでこめかみを打ち抜いた。
棒立ちのままコンビネーションをまともに喰らったその男は、あっさりとその場に昏倒してしまった。
「この野郎!」
左から別の男が掴み掛かろうと手を伸ばしてきたが、俺よりも早く反応したレイヴンくんが勢いよく飛び立ち、男の顔面に張り付くことで行動を阻止した。
「な、なんだこれ!?」
男は俺に向けて伸ばしていた手を引き戻し、顔面に張り付いた謎の物体―――レイヴンくん―――を引き剥がそうとしたが、そんな簡単に捕まるような我が従魔ではないのだ。
ひらりと軽やかに宙を舞い、男の手を躱すレイヴンくん。
レイヴンくんを捉えることが出来なかった男は、自分の顔面を叩いて「ぶわっ!?」と悲鳴を上げる結果となった。
そして俺は、無防備なその男の股間を容赦なく蹴り上げた。
ブーツ越しにも伝わってくる何とも言えない感触。
大事なところを蹴られた男は白目を剥き、口から泡を吹きながら崩れ落ちた。
これで半分片付いた。
「残り三人……ッッ」
言ってる傍から残る三人の内の一人がこちらに向かってきた。
迎え撃つつもりで両の拳を構えようとした途端『後ろからも来たぞ!』とニースの悲鳴染みた警告が届く。
前後からの挟撃。数の優位を活かしてきたか。
俺は反射的に身体強化を発動させて飛び出し、前方から迫る男との距離を一気に詰めた。
懐に入り込み、男の腕と服の襟を掴むと背負い投げの要領で担ぎ上げ―――。
「シャラァァ!」
―――背後から迫っていた相手目掛けて力任せにブン投げた。
「ぶあ!?」
「んぎゃ!?」
投げられるとも、そして投げ付けられるとも思っていなかった男二人は仲良く地面を転がり、折り重なった状態で動かなくなった。
これで残すは一人だけ。手早く片付けって……。
「何一人で逃げようとしてんだよ」
「ぐぇ!?」
仲間を見捨てて敵前逃亡を図ろうとしていた最後の一人。
見す見す逃がしてなるものか。
全身に行き渡っていた魔力を両脚に集中。
大幅に強化された脚力で相手に追い付き、その背中を蹴り付けた。
ヘッドスライディングよろしく顔面から地面に倒れた相手の背中を踏み付け、動きを封じる。
「ったく、いきなり襲ってきやがって。どういうつもりだ、この野郎」
「さ、先に手を出した、のは、テメェだろ……!」
「うるせぇよ。そもそもテメェらが俺を追っ掛けてこなけりゃこんな……ってお前」
踏まれたまま悔しそうにこちらを睨み付けてくる男の顔には見覚えがあった。
それはつい昨日、俺を影男と呼んで絡んできた二人組の片割れ。
頭突きをかました方か、それとも脳天に椅子を叩き込んだ方のどちらなのかは覚えていないし、正直興味もない。
俺なんかに存在を感付かれる程度だから大した奴らじゃないだろうとは思っていたけど、本当に大したことのない奴が出てきた。
十中八九、目的は報復だろう。
俺のことが気に食わない連中を集めて、袋叩きにでもするつもりだったのだろうけど……。
「雁首揃えて仕返しするつもりが返り討ち。なっさけねぇなぁ、お前ら」
「う、うるせぇ! テメェさえ、テメェさえ居なけりゃ……ッッ」
「情けない上にみっともない奴め。昨日も今日も全部悪いのはテメェ自身だろうが。責任転嫁してんじゃねぇよ」
男を踏む脚に体重を乗せてやれば、「げぇぇぇ……ッッ」と潰された蛙のような声が漏れた。
人が真面目に悩んでいる時に邪魔をしやがって、もっと苦しめこの野郎。
このまま警邏に突き出してやろうかとも考えたが、これだけの人数を詰所まで運ぶのは手間だし、どうせこの馬鹿共は反省などしないだろう。
だったら精々……。
「ストレス発散に付き合ってもらうとしようかね」
「は?」
「悩み過ぎて割りとイライラしてんのよ。今の俺」
やっぱりストレス発散には適度な運動が一番だよなぁと笑顔で指をボキボキ鳴らす俺を見て、男の顔がどんどん青ざめていく。
そして男が何事かを口にするよりも早く、その顔面に拳を振り下ろした。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10/5(月)頃を予定しております。




