第17話 同郷を求めて ~越境~
前回のお話……逃亡宣言
(絵 ゜Д゜)逃げてきました
(真 ゜Д゜)隣国やべー
自分達の身に危険が迫りつつあることを知り、城から脱出して城下町へと下った絵里と菜津乃だが、問題は山積みだった。
まず軟禁生活を送っていた影響で周辺の地理が分からず、何処に逃げたらいいのかも彼女達には判断が付かなかった。
更には着の身着のままで城を脱出したため、逃走資金や食料も満足にない。
持ち出せたのは、召喚された際に着ていた高校の制服やスクールバッグ。
あとは万が一の戦闘に備え、城の武器庫からこっそり拝借してきた小剣やナイフだけらしい。
「いや、もっと優先するべき物があるだろうに」
金も食料も地図も無しに、少女達はいったい何処へ向かうつもりだったのだろう。
指摘すると絵里は僅かに顔を赤くしながら、逃げることに必死でそこまで考えが回らなかったと恥ずかしげに告白した。
「なんで二人だけなんだ? 他の連中は?」
「勿論、他の皆さんにも相談しました。でも……」
ある者は有り得ないと否定し、ある者は出鱈目を言うなと激昂し、またある者は危険を冒すくらいならこのまま城に留まると主張。
誰一人として賛同する者がいなかったため、結局二人だけで城を抜け出すことになった。
苦労の末、城からの脱出には成功したものの、さっそく途方に暮れてしまう絵里と菜津乃。
そんな彼女達の前に救世主が現れた。
その救世主こそがアルナウトとフェイムの蜥蜴人兄妹という訳である。
「なんでまた声掛けようと思った訳?」
「なんと言いますか。二人から漂ってくる悲壮感が余りにも凄まじく……」
気の毒過ぎて放っておけなかったとフェイムが言えば、絵里は元々赤くなっていた顔色を更に濃くし、無言で俯いてしまった。
「聞けば何日もの間、城に軟禁され、命からがらようやく逃げ出してきたと言うではないか。助けを求める者を前にし、手を差し伸べることすらせずに捨て置くようでは蜥蜴人の名折れ。我らの方から助力しようと申し出たのだ」
「よく信じる気になったな」
「彼女らの目に嘘はなかった。他者を信ずる理由などそれで充分よ。仮に嘘だったとしても真実を見抜けず、騙された自分が愚かだっただけの話。更なる修練を積むだけよ」
結果として嘘ではなかったのだから何の問題もない。
そう言って破顔したアルナウトは、大口を開けて豪快な笑い声を上げた。
なんとも気持ちの良い御仁だ。
即座に「兄さんは考え無しなだけです」と妹にツッコまれていたのはご愛嬌。
「仮にエリとナツノの件がなかったとしても、私達も近々テッサルタ王国を出るつもりでした。あの国は人間至上主義を掲げている所為か、他種族に対する偏見や風当たりが強いのです」
宿を探すだけでも一苦労でしたと嘆息するフェイム。
大雑把な兄と世間知らずな少女二人を連れての旅は大変だったろうに、今日までの彼女の苦労が偲ばれる。
アルナウトとフェイムに同行する形で絵里と菜津乃はテッサルタ王国を出国。彼らの協力により無事に国境を越え、アンデルト王国に入国することが出来た。
そして彼女達の次なる目的は、当然ながら日本への帰還方法を探すことだった。
「異世界召喚が出来るんだったら、反対に送還する方法もあるのではないかと思いまして」
「道理だな」
変わらず蜥蜴人兄妹に護衛をしてもらいながら旅を続け、立ち寄った街や村での情報収集に励み続けること数日。
黒髪黒目の変わり者の冒険者が辺境の街に暮らしているという噂を耳にした。
辺境に暮らす変わり者の冒険者?
「その冒険者は男性で、身に付けている装備も見たことのないものばかりで……」
「ほうほう」
「その性格や言動は相当変わっているそうで……」
「ふむふむ」
「あとパーティで自分のハーレムを作るような女好きで……」
「うんう、ん?」
「いつも肩には一匹の虫を乗せているそうです」
「ちょっと待て」
それもう完全に俺じゃねぇか。
自分が噂になっていることも驚きだが、その内容にはもっと驚かされた。
なんだその正しいようで微妙に事実とは異なる噂。
誰が変わり者だ。
あとハーレムなんざ作ってねぇよ。
「充分変わっているではないか」
「変わってますよねぇ」
「変わってる~」
「実にマスミ様らしいかと」
「お前ら少しはフォローしろや」
これの何処がハーレムに見えるというのか。
誰かは知らんが適当な噂を流しやがって。
名誉毀損で訴えるぞ、この野郎。
「やっぱり噂の正体は深見さんだったんですね」
「心底遺憾ながらそうらしい」
もしや噂の正体は自分達と同じ日本人なのではないかと考えた絵里達は、急ぎ辺境の街―――ネーテを目指して移動。
到着してからすぐにギルドへ向かい、俺の名前や泊まっている宿を聞き出した後、水鳥亭やって来たという訳だ。
彼女達が噂の人物―――俺に会おうと考えた理由は、日本に帰るための手掛かりを求めてのことだろう。
「手掛かりねぇ。生憎、それに関しちゃさっぱりだ。未だに自分が迷い込んじまった理由すら分かってないしね」
「ほらぁ、やっぱ知らなかったじゃん。だからこんなオッサンに聞くだけ無駄だって言ったのに」
「お前さんは本当に失礼極まりねぇな」
またも人の顔を指差し、ブーブー文句をたれる菜津乃。
そんなにも食い千切られたいか。
「ご期待に沿えなくて申し訳ないね」
「いえ、そう簡単に見付かるとは思ってませんから。あの深見さん、提案があるんですけど」
「提案とな?」
「はい、折角日本人同士で出会えた訳ですから、ご縁は大切にしたいなと」
「その点は素直に同意するよ」
普段の生活にも慣れてきたとはいえ、やはり異世界であることに変わりはない。
同郷の人間が近くに居るというのは、ただそれだけでも貴重で心強いものだ。
何より彼女達は悪い人間―――菜津乃の口の悪さはともかく―――ではない。
縁を繋いでおくに越したことはないだろう。
「してその提案とは?」
「わたしもなっちゃんも日本への帰還を諦めたくはないので、これからも手掛かりは探し続けるつもりです。それで……深見さんにも協力していただければと思いまして」
きっと情報共有のお願いか何かだろう。
帰還方法に関する手掛かりを発見したら教えてほしいってところか。
それくらいならばお安い御用だと軽い気持ちで了承しようとしたら……。
「深見さんさえ宜しければ、今後はわたし達と一緒に行動しませんか?」
「……はぁい?」
絵里の口から出た予想外の提案。
俺は了承の返事も忘れ、そんな間抜けな声を漏らすことしか出来なかった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9/20(日)頃を予定しております。




