第11話 不足のダブルバレル
前回のお話……分解、そして組み立て
(真 ゜Д゜)カチャカチャ
(デ ゜Д゜)はや!?
「信じられないだろうが、これでも私は国に仕えていたのだよ」
随分前に辞めたがねと淡々と告げるデイビットの後ろを俺は無言で付いていく。
握手を交わし、お互いに自己紹介を終えた後、デイビットは「一緒に来てくれ。君に見てもらいたい物がある」とだけ告げ、返事も待たずに奥の方へと歩き出してしまった。
危険はないだろうから適当に待っててくれと女性陣を居間に残し、俺は慌ててデイビットを追い掛けた。
デイビットはちらりと一度だけこちらに目を向け、俺が追い付いたのを確認した後、自らのことを語り始めたのだ。
「銃士隊というものを知っているかい?」
「聞いたことなら。銃器を専門に扱う部隊だっけ?」
「そうだ。正しくは独立銃士歩兵隊。王国軍内で唯一銃器を主武装として扱う部隊だ。私は軍の技術開発部に所属していたのだよ」
「へぇ、あんたって結構偉い人だったの?」
「まさか、嫌われ者の厄介者だったさ。剣でも槍でも弓でもなく、銃にばかり興味を示す頭のおかしい男だとね」
自嘲気味に笑うデイビットは、銃士隊の現状について説明してくれた。
元々銃士隊とは戦場における銃器の運用方法を研究し、その有用性を証明するために設立された実験部隊だそうだ。
セクトンの街でライフルを購入した際にも聞いた話だが、アンデルト王国において銃器の類はほとんど流通していない。
それを良しとしなかった一部の者達が軍の上層部に掛け合い、十年程前に生まれたのが銃士隊。
歩兵が扱う装備といえば、多くの場合は槍や弓。
そこへ新たな飛び道具として銃器を加えれば、もっと戦術の幅が広がる筈だという主張らしいが……。
「単純に銃器の専門部隊が欲しかっただけという説もある」
「何という私利私欲」
この国は大丈夫なのか?
兎にも角にも設立された銃士隊だったが、現在までの成果は芳しくない。
他の歩兵部隊と比べて練度に大きな差がある。
弓矢と比べて整備が困難な上にコスト面でも金が掛かる。
大前提として銃器に関する専門的な知識を有している者自体が少なく、十年経っても未だに有用な戦術を見出すことが出来ていないのが現状らしい。
「より優れた銃器を開発したくとも予算は限られている。おまけにその少ない予算も年々削られていく始末だ」
「まあ、銃って基本金食い虫だからなぁ」
何をするにしても先立つ物がなければ始まらない。
無から有は生まれんのですよ。
大砲などの重火器類は一定の評価を得ているものの、個人が携行する小火器については、全くと言っていい程に評価されていないとのこと。
そんな状況で十年間も解体されずによく存続出来たものだ。
「ってか十年もあったんだからもう少し頑張れよ、銃士隊」
ブチブチと不満を漏らしながらデイビットに続いて長い廊下―――本当にこの家は広いな―――を歩き、何故か所々穴だらけになっている扉を潜った先は……。
「ここが私の研究室だ」
「おお、こりゃ壮観だねぇ」
案内されたのはかなり大きな部屋だった。
二十畳くらいはあるかもしれない。
部屋の中央に据えられた作業台。様々な機材や工具。此処彼処に転がっている俺には用途不明の品々。
そして壁に掛けられた何丁もの銃器。
成程、この部屋が彼の研究室というのも頷ける。
「研究室って言うけど、助手とかはおらんの?」
「この家に住んでいるのは私一人だが?」
「え? じゃあここにある銃って、全部あんた一人で造った訳?」
まあそうなるとデイビットは特に誇る様子もなくあっさりと頷いた。
実際問題一人でも銃器を組み上げることは不可能ではない。
だが専用の工場もなく、この限られた設備だけで組み上げるのはかなり難しい筈だ。
これ程の数を完成させるとなれば、相当な時間と労力を費やしただろうに……この男、俺が考えるよりも遥かに優秀なのかもしれない。
いや、そもそも優秀ではない人材を国が登用する筈もないか。
「人は見掛けによらんなぁ」
パッと見は浮浪者一歩手前なのに。
そんな失礼な感想を抱いているなどと知る由もないデイビットは、壁に掛けられていた銃の一丁を手に取ると「まずはこれを見てほしい」と言って、俺に差し出してきた。
受け取った銃をよく観察してみる。
構造としては現在俺が使用している中折式と同じだが、決定的に異なる点があった。
「ダブルバレルか」
中折式の単身銃に銃身を縦あるいは横に二本付けたことで、それまでは不可能だった二連射が可能となった銃だ。
縦に付けたものを上下二連式。横に付けたものを水平二連式と呼ぶ。
主に前者はクレー射撃。後者は狩猟などでよく利用されている。
ちなみに今デイビットが俺に渡してきたのは、上下二連式の方である。
「細部に多少の違いはあるが、現在銃士隊で使用されている正式装備がこの銃だ」
「俺より良いの使っとるやんけ」
ちょっと羨ましい。
出来れば一丁譲ってほしいくらいだが、仮にも国防を担う部隊の装備が二連式か。
「君の目から見ても、やはり不充分だと思うかね?」
「いや、この銃自体は悪くないよ。ただまあ、個人が持つ分にはともかく部隊運用には向かないかなぁ」
二連式であることを除けば、おそらく銃口や使用する実包のタイプも俺が所持している単発銃と同じだろう。
銃士隊は国軍の一部なのだから、当然戦争などに臨むこともあるだろう。
そのような大規模戦闘に参加することを考えた場合、残念ながらこの銃では不充分……性能不足と言わざるを得ない。
まず第一に射程距離。
俺が使用している単発銃の有効射程は50メートル前後。最大射程もようやく100メートルを越える程度。
きっと二連式でも大差ないだろう。
異世界製の弓矢は何百メートルも平気で飛ばしてくる上に俺はまだ見たことないが、魔弓なるファンタジー兵器―――魔剣の弓バージョン―――に至っては数キロメートル先にまで矢を届かせるという話だ。
とてもではないが勝負にならない。
次に弾薬の装填。
中折式の構造上、必ず銃身を開放し、空薬莢を排出してからでなければ次弾を装填することが出来ない。
この動作は慣れていても結構時間が掛かる。
火力についても魔術や魔力を用いた兵器の方が強力。
十発の銃弾よりも一発の魔術の方が優れている。
ざっと挙げただけでもこれだけの問題点があるのだ。
「君の言う通りだ。この銃では何もかも足りない」
疲れたように嘆息するデイビットに対して同情的な気持ちが湧いてくる。
彼をフォローしてやりたいが、悔しいことに事実なのでどうしようもなかった。
それでも何か言ってやるべきだろうと手を伸ばし掛けたところで、デイビットは「だから私なりに改善を試みた」と勝手に立ち直り、銃が掛けられている壁の方に向かって行った。
……中途半端に伸ばしたこの手をどうしてくれる。
そんな俺の心情などお構いなしにデイビットは「君に見てもらいたかったのはこれだ」と戻ってくるなり、まるで押し付けるように新たな銃を手渡してきた。
乱暴な受け渡しに文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、手の中の銃を目にした瞬間、俺の口から吐かれたのは「嘘だろ……!?」という驚愕の声だった。
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次回更新は8/25(火)を予定しております。




