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第2話 そういえば彼はサバゲー好きだった

前回のお話……(少女 ゜Д゜)火打ち石いかがっすかー

 ―――とぼとぼ歩く。


「……」


「くそっ、くそっ、よくもいたいけな少女を……!」


「ひぐっ、ぅぅぐゔぅ……えぐっ」


 ―――とぼとぼとぼとぼ歩き続ける。


「……」


「おのれぇ、父親だからといって何をしても許されると思うなよ!」


「うぐぅぅぅっ、わぅぐぅぅ、ひぃぃぃぃん……ッ」


 ―――とぼとぼとぼと……歩けるか!


「あのさぁ、二人共いい加減落ち着いてくれんかね?」


「これが落ち着いていられるか! 何の罪も無い娘が父親から日常的に虐待を受けているのだぞ? そんなものに怯えながら暮らしていくなど……ふざけるな!」


 ふざけてねぇよ。

 何故俺が怒鳴られねばならんのだ。


「ふぐぅぅぅっ、あぅぅぅぅっ、わぅぅぅぅぅぅぅ―――!」


 ローリエもいい加減泣き止みなさい。

 昨夜から泣きっぱなしで干からびてしまうぞ。


「あー、頭(いて)ぇ」


 目もシパシパして激しく眠い。

 昨夜、二人に語って聞かせた『火打ち石売りの少女~嗚呼、無常編~』。

 あくまでも俺は寝物語の一環として語ったのだ。

 正直、悪乗りし過ぎた自覚はあったし、はっきり言って内容も寝物語にしていいようなものではなかったけど、それでも俺は事前にちゃんと告知したのだ。

 今からする話は作り話だよって、言ったにも関わらず……。


「おのれッ、実の娘に手を上げるなど許せん! 貴様のような男に父親を名乗る資格などない!」


「うわあぁぁぁぁぁぁん! うえぇぇぇぇぇん!」


 何故かこうなってしまった。

 感情移入し過ぎたミシェルは実在しない相手への怒りを露にし、ローリエは号泣して手が付けられなくなった。

 いや、原因は悪乗りした俺にあるんだけども。

 何度作り話だと説明しても、感情を爆発させた二人には聞き入れてもらえなかった。

 ミシェルなんて最初は呆れながら聞いていた筈なのに……。

 一晩経っても興奮冷めやらないご様子のお嬢さん達。

 当然ながらこんな状態の二人が大人しく眠ってくれる筈もなく、俺まで付き合わされるような形で一睡も出来ずに朝を迎えたのだ。

 眠い。本気で眠い。

 話の結末?

 焼身自殺を思い留まった少女が家に帰ったら今度は父親にど突き回されて、もう一度自殺を試みようとする場面にて終了となっております。

 我ながら身も蓋もない結末だが、『無常編』と銘打っているので致し方ない。


「えぇい腹立たしい! この怒りを私はいったい何処にぶつければいいのだ!?」


「ぅぅぅっ、救いを。どうか少女に救いを……」


 徹夜しているとは思えない程に騒がしい二人。

 若者は元気があって羨ましい。

 おじさんは眠いよ。


「くぁ……っ」


 何度目かの欠伸が漏れる。

 野営地を出発してから街に向かって一時間以上は歩いてるのだが、昨日よりもペースが遅い所為か、あまり進んだ気がしない。

 街に到着するまで、あとどれ程の時間が掛かるのやらと思っていたら、街道から外れたところに川が流れているのが見えた。

 結構大きな河川で、比較的流れは穏やかそうだ。

 眠気覚ましをするには丁度良いかもしれん。


「おーい、ミシェルさんや」


「おのれおのれおのれ……ってなんだマスミ?」


 もう俺はツッコまない。


「ちょっとそこの川に寄ってもいいかね? 眠気覚ましに顔洗いたい。ローリエも泣きっ面のまま街に入るわけにゃいかんでしょ?」


 今のローリエは多量の涙と少量の鼻水で可愛いお顔がグチャグチャになっている。

 美少女が台無しです。


「うむ、確かにそうだな、マスミはともかくローリエをこのままにはしておけん。何処に誰の目があるかも分からんからな。淑女たる者、身嗜みには気を付けねば」


「おい、今さり気なく俺はともかくって言ったろ?」


「言ってない。ローリエもそれでいいか?」


「えぐっ、ひく……はい、出来ればわたしも一度顔を洗いたいです」


 満場一致で川のほとりで一服することが決定したのだが……。


「なぁ、絶対言ったよな?」


「言ってない」


 ちょいディスりした事実を頑ななまでに認めないミシェル。

 なんだか微妙に性格が悪くなっている気もするけど、これって俺が悪いのか?

 釈然としない気持ちを抱えつつも、川辺にしゃがんで両手で水を掬ってみる。

 透き通った綺麗な水だ。おかしな臭いもしない。

 日本だったら自然豊かな田舎の方にでも行かないと、まずお目に掛かれないと思う。

 魚は釣れるのかしらん?

 手に掬った水で顔を濡らし、馴染ませるようにゆっくりと擦る。

 冷たくて気持ちが良い。

 バシャバシャと何度か繰り返し顔を洗う内に大分目も覚めてきた。

 詳細不明の謎〈顕能(スキル)〉―――空間収納(仮)からタオルを一枚取り出し、水で濡れた顔を拭く。

 この操作にも段々慣れてきたな。


「ぷあぁ、すっきりした」


 ローリエも掬った水で顔を―――特に目元を重点的に―――洗っている。

 ミシェルはその脇で自分の装備に付着した汚れを落としている。

 平和だ。

 異世界(こっち)に来てから、かれこれ六日程経つけど実に平和だ。

 初日と二日目が殺伐としていたから尚更強くそう感じる。

 村を出てから一度も魔物と出くわしていないのも尚良し。

 このまま何事もなく街に着いてほしいものだなぁ……なんて考えていると大体何事もなく終わらないのが世の常。


「……んん?」


 川を挟んだ向こう側。

 対岸の川辺で何かが動いたように見えた。

 俺達以外は誰も居なかった筈なのにと首を傾げつつ、よく目を凝らしてみる。

 果たして動いている物体の正体は……。


「兎?」


 そこにいたのは兎だった。

 ウサギ目ウサギ科。長いお耳と赤いおめめがキュートなあの兎なのだが、さてここで疑問。

 地球の自然界に体毛が青灰色の兎なんて存在しただろうか?

 少なくとも俺は知らない。


「あれは逃走兎(エスケープラビット)だな」


「人前に出てくるなんて珍しいですね」


「エスケープ?」


 なんだそのふざけた名前の兎は。

 逃走兎(エスケープラビット)―――下級の魔物の一種。

 体毛が少し変わった色をしている以外は普通の兎と区別が付かない。

 抱っこするのに丁度良さそうなサイズをしている。

 分類上は魔物なのだが、戦闘能力はほぼ皆無で、普通の兎に毛が生えた程度でしかない。

 ぶっちゃけゴブリンより弱い。

 基本は草食。

 異常に警戒心が強く、同族の前以外では決して警戒を解くことがない。

 同族以外と出くわした際には、常に一定以上の距離を置いて対峙し、自分から接近することはない。

 逆に相手から接近して来た場合にはすぐ逃げる。

 名は体を表すの通り、最大の特徴はその逃げ足の速さ。

 魔力で身体能力を底上げしたミシェルですら追い付けない程のスピードで走るらしい。

 以上、ローリエ先生の魔物講座でした。

 それにしても見れば見る程……。


「兎そのものだな」


「まぁ、兎だがな」


「魔物か動物かの違いはありますけどね」


 普通の兎ですら時速60~80キロで走るらしいからな。

 単純にそれ以上の速度で逃走すると考えるべきか。


「まさかミシェルでも無理とは……」


「一度だけ全力で追い掛けたこともあるのだが、引き離される一方だった」


「下級の魔物なのに討伐記録は驚く程少ないんですよ。見付けてもほとんどが逃げられてしまうので」


 逃げてばかりで滅多に人を襲わないから危険度も低いという訳か。

 このリアル脱兎め。

 面倒なだけで討伐する旨味がまったく感じられない。

 対岸から俺達のことをジーッと見詰めているのだが、全然目を逸らそうとしなかった。

 警戒心バリバリである。


「アレを捕まえるなり仕留めるなりしたら何かないの? 魔石や素材に価値があるとかさ」


「さぁ? 所詮は下級の魔物だからな。魔石にも素材にも大した価値はない。肉が美味いと聞いたことはあるが……」


「肉?」


 そもそも魔物の肉を食って大丈夫なのか?


「あまり市場に出回らない所為か、食料としてはそれなりに貴重らしいぞ。私は食べたことはないが」


「食べられる魔物は意外と多いんですよ。ちなみにわたしも食べたことはありません」


「なんと……」


 異世界の食料事情、侮りがたし。

 そうか、魔物って食っても平気なのか。

 そしてあの兎の肉は美味いらしい。

 ふふふ、ウサ公よ。俄然貴様に興味が湧いてきたぞ。


「とはいえ、仕留めたくとも逃げられるのではどうしようもない。こうして姿を見せているのも川を挟んで安全だと考えているからだろうしな」


「ずっと見ていても仕方ありませんし、そろそろ移動しましょうか」


 逃走兎(エスケープラビット)への興味を失ったミシェルとローリエが立ち上がり、川辺から街道へ戻ろうとするも、俺だけはその場から動かなかった。


「マスミ?」


「行かないんですか?」


 対岸に座り込み、こちらから未だ目線を切らない逃走兎(エスケープラビット)の姿を見据える。

 彼我の距離は目測で約20メートル強。

 川を挟んでいるという以外に遮蔽物無し。

 改造スリングショットで届かないこともないが、この距離では威力を最大限に発揮出来ない。


「おい、まさか捕まえようだなんて考えていないだろうな。川を渡ろうとした途端に逃げられるのがオチだぞ」


「渡らなきゃいいんだろ?」


 そう返事をしながら〈顕能(スキル)〉を発動させ、空間からお目当ての物を取り出す。

 光の反射を抑え、艶消しの仕上げが施された漆黒の金属塊。

 細長く流麗なフォルム。

 初めてこいつを目にした瞬間、機能美と実用性をひたすら追求したその姿に一目惚れしてしまったのだ。

 俺のような人間のハートを鷲掴みにして離さない憎いアンチクショウ。


「出番だぜ、静音(しずね)ちゃん」


「ちょっと待て。シズネって誰だ?」


「えっと、それはいったい……」


「俺の娘の静音ちゃんだ」


 狙撃銃(スナイパーライフル)を模して製造された俺の愛銃たるボルトアクションエアライフル。

 愛を込めて静音という名を与えた。

 スムーズなボルト操作を再現し、専用のサイレンサーを装備することで静音性を高めたプロスナイパー仕様はマニア垂涎の一品。

 全長1100ミリオーバー。重量2090グラム。装弾数三十発。

 俺が丹精込めて魔改造を施した結果、50メートルを超える射程距離と間違いなく銃刀法に引っ掛かる程の威力を得るに至った。

 サバゲー好きを公言しておきながら、ここ数日構って上げられなくてごめんね?

 名前の由来?

 射撃音が静かだからだよ。


「それが静音ちゃんだ」


「「……」」


 何故か押し黙る女性陣。

 自慢の娘―――無機物で血縁関係無し―――を紹介しただけだというのに解せぬ。


「すまんマスミ。嬉々としてシズネ(それ)のことを語るお前の姿は……正直見ていて気持ちが悪かった」


 おい待て引くな。あとウチの娘をそれ呼ばわりするな。

 ふん、いいもんいいもん。

 だったら存分に静音ちゃんの性能を見せ付けてくれるわ。

 吠え面かくんじゃねぇぞ。

 右膝を地面に突き、左足の爪先を逃走兎(エスケープラビット)に向けて静音ちゃん―――銃を構える。

 所謂(いわゆる)膝撃ち(ニーリング)の姿勢だ。

 スコープを覗き込み、目標に照準を合わせる。

 真っ赤なおめめがこちらを見ている。

 馬鹿な奴め。さっさと逃げれば良かったものを。

 ボルトハンドルを引いて戻し、弾を装填する。

 準備完了。


「……」


「「……」」


 慣れ親しんだ動作。

 特に意識することもなく、自然と引き金(トリガー)に掛けられた指が動く。


 ―――プシュッ。


 空気が抜けるような音と共に丸い弾―――BB弾が発射され、狙い違わずに標的へ着弾した。


「ギュッ!?」


「「―――!?」」


 突然の痛みと衝撃に驚く―――あいつ鳴くんだ―――逃走兎(エスケープラビット)

 背後に立つミシェルとローリエからも驚く気配が伝わってくるが今は無視。

 改造したといっても、まさか一発で仕留められるなどと自惚れてはいない。

 半ば自動的にボルト操作を行って次弾を装填し、再び引き金を引く。


 ―――プシュッ。


「ギッ!?」


 反転しようとした逃走兎(エスケープラビット)の右後足に着弾。

 青灰色の身体がその場に転倒する。


「逃がさねぇよ、ウサ公」


 機械的に装填と射撃を繰り返す。

 十数発も撃ち終える頃には、ウサ公は横たわったまま動かなくなっていた。

 動物虐待だと?

 いや、あれは動物ではなく魔物なので勘定には入らない筈だ。


「どうだ見たかッ、静音ちゃんの力を!」


 吠え面かいたか!?


「……なんというかマスミよ、お前も容赦がないな」


 ちょっと待て。

 なんでさっきより引いてるんだ。

 納得いかない。


「あのぉ、逃げられる前に倒せたのは凄いと思うんですけど……」


 ふふん、そうだろそうだろ?


「どうやって取りに行くんですか?」


「どうやってって……」


 彼我の距離は変わらず20メートル強。

 間を隔てるのは、流れは穏やかだが大きな川。

 迂回路は……見える範囲にはなし。

 ちょっと一泳ぎしてきます。

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