第5話 幸せのサンドイッチ ~食べられません~
前回のお話……喧嘩とサボりは駄目絶対
(真 ゜Д゜)ばいばーい
(ベ ゜Д゜)置いてかないでー
(デ ゜Д゜)始末書書けや
応接室からロビーに戻れば、すっかり人の姿は疎らになっていた。
殆どの冒険者は依頼に出てしまった後らしく、目に付く姿は仕事をしているギルド職員ばかり。
幸い喧嘩の時のように注目を集めてはいないので、今の内にお暇しようと思ったのだが……。
「あ、フカミさーん」
ロビーを通過する途中で呼び止められてしまった。
聞き慣れた女性の声に振り向けば、冒険者登録の時から今日まで何かと世話になっている受付嬢のメリーが、カウンター越しにブンブンと大きく手を振っている姿が見えた。
止めて。注目を集めるような真似をしないで。
そんな心中の願いなど通じる筈もなく、彼女は可憐な容姿とは裏腹に豪快に手を振り続ける。
ついでに長い三つ編みも右に左にと揺れていた。
無視する訳にもいくまいとメリーの元に向かえば、開口一番「お怪我はありませんか?」と心配そうに訊ねられた。
どうやら彼女も俺と二人組の喧嘩を目撃していたようだ。
「心配してくれてありがとう。見ての通り、俺は傷一つ負っちゃいないよ」
両手を広げて大丈夫とアピールすれば、メリーは安堵したように大きく息を吐いた。
「良かったぁ。こちらからも喧嘩の様子は見えていたんですけど、やっぱり直接確かめないと不安だったもので」
「悪いね。朝っぱらから仕事の邪魔しちゃって。騒ぎを起こしたかった訳じゃないんだけど……」
「いえいえ、フカミさんに落ち度がないのは分かってますし、あそこまで露骨に絡まれたらどうしようもありませんよ。ただ、もしかしたら今後もああいったことは起こるかもしれません」
「あー、なんかベルタにも聞いたけど、俺のことを影男とか言ってる連中がいるんだって?」
「ご存じだったのですね。一部の冒険者の方々がフカミさんをその……影男と呼んで馬鹿にしているのは事実です」
「軽く聞いただけだから詳しい事情は知らんけどね」
影男という単語を言い辛そうに告げた後、眉尻を下げて消沈した様子を見せるメリー。
別に彼女の所為ではないのだから、そんな表情をしなくてもいいのに。
「実はフカミさん達のパーティは、この街における注目株なんです」
ネーテを中心に活動している若手冒険者の中でもトップの実力を誇るミシェルとローリエ。
経験豊富で弓も魔術も一流。パーティ唯一の鋼鉄級であるエイル。
法術という希少な回復手段を扱えるユフィー。
我がパーティに所属する女性陣は軒並み優秀且つ美人。
更には最近白銀級に昇格したばかりのローグさん達にも目を掛けてもらっている上に貴族とも繋がりがある―――ラズリー伯爵のことだろう―――との噂。
これまでの実績を考慮すれば、成程目立たない訳がない。
そんな注目のパーティにちゃっかり所属している一人の男―――即ち俺を見て、多くの冒険者達がこう思った。
―――あの男は誰だ?
きっと優秀な女性陣に紛れて目立てないだけなのだろうと同情的な意見が殆どの中、一部の連中―――日々の生活にも苦慮する稼ぎの悪い奴らは別の考えを抱いた。
他のメンバーはともかく、あんな大したことのない男まで評価されるのは絶対におかしい。
きっとあいつは不正をしている。
女達だけを働かせて自分は何もしていない筈だ。
卑怯者。寄生虫。腰抜け野郎。
そうして生まれた渾名が『女の影に隠れているだけの腰抜け男』―――影男という訳である。
「暇な連中もいるもんだなぁ」
「勿論、不正の事実などありませんし、フカミさん達の実績は評価されて当然のものなんですけど……」
「まあ、好きに言わせとけばいいんでない? 実害がある訳でもなし」
仮に実害が出そうになったら、さっきみたいに実力行使するだけだ。
身を慎む努力はするが、それを邪魔しようとするなら話は別だ。
「ですがそれではフカミさんが……」
「俺が大したことないのは事実だし、影口叩く程度なら気にせんよ。あの二人組だって、ミシェル達が同席してればきっと絡んでなんかこなかっただろうし」
俺が一人だったから―――正確にはベルタも居たけど―――奴らは絡んできたのだ。
二人掛かりで挑めば、俺などどうとでも出来ると判断したのだろう。
だから挑発行為に及んだ。
「考えなしも極まれりだな」
自分達の行いが如何に軽率で無駄であったか。
ちょっと考えれば分かりそうなものだが、そもそも考える頭が足りないからこそ、今回のようなことが起きたとも言える。
「おかげでディーナさんに注意されちゃったよ」
「何と言いますか。災難でしたね」
曖昧な笑みを浮かべるメリー。
まったくだと肩を竦めた直後、「はっけ~ん」という間延びした声と共に何者かが背後から抱き着いてきた。
背中に押し付けられる圧倒的な質量。僅かに身動ぐだけでも形状を変化させる柔らかさ。そしてほのかな温もり。
この物体が何なのか、抱き着いている人物が誰かなのかも知っている。
だが敢えて指摘はしない。
暫しその極上の感触を堪能するべく、俺は静かに目蓋を閉じた。
きっと今俺の脳内では、幸せホルモンがドバドバととんでもない勢いで分泌されていることだろう。
「あのぉ、フカミさん?」
遠慮がちなメリーの声も何処か遠くに聞こえてしまう。
きっかり百まで数字を数え終えた後、俺は抱き着いている人物に声を掛けた。
「もう充分だ。ありがとう、エイル」
「もういいの~?」
「ああ。存分に堪能させてもらった」
満足げに頷くと「じゃあおしま~い」と素敵な物体が背中から離れていった。
離れる瞬間、やっぱりもう少しと出掛けた言葉をグッと呑み込む。
名残惜しさに耐えつつ後ろを振り返れば、夏の装いとなったエイルが笑顔で佇んでいた。
といっても彼女の場合は普段から肩も脚も剥き出しの薄着なので、あまり変わったようにも見えない。
強いて言えば、生地が薄くて涼しげな服に衣替えをしたくらいかな。
そして先程まで俺の背中に押し付けられていた物体X改め爆乳よ。
今日も変わらず主張が激しいようで何よりである。ありがたや。
「コレットちゃんからぁ、マスミくんは出掛けたって聞いたのでぇ、探してました~」
「ちょっと散歩でもしようかと思ってね」
「じゃあ一緒に散歩するの~」
言うが早いか。
エイルは俺の右腕を取ると、まるで恋人同士がそうするように自身の両腕を絡ませ、体重を預けてきた。
当然そんなことをすれば彼女の爆乳が押し付けられ……否、押し付けられるどころではなかった。
今俺の二の腕は挟まれている。
サンドイッチよろしく二つの柔肉に挟み込まれているのだ。
背中越しに感じていた時とは比較にならない程の多幸感に心が満たされていく。
脳内で幸せホルモンの分泌が止まらない。
ドバドバである。
「……随分と仲がよろしいのですね」
腕を組んで並ぶ俺達を見て、メリーの視線が急に氷点下まで冷たくなったようにも感じるが……正直気にもならなかった。
というかもうこの至福の感触を味わっていられるのなら何だっていいやとさえ思えてきた。
思考を半ば放棄した俺は、行こう行こうとエイルに引っ張られるがままに脚を動かす。
「どうぞ存分に休日をお楽しみ下さい」
耳に届いたメリーの声は、視線と同様にとても冷たい響きを伴っていたが、この時の俺には彼女がどのような気持ちを抱いているかなど知る由もなく、極寒の視線に見送られながらギルドを後にするのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7/30(木)頃を予定しております。




