第4話 喧嘩は御法度、サボりは始末書
前回のお話……開幕の頭突き
(真 ゜Д゜)フン!
(男 ゜Д゜)ひでぶっ!?
「いったい何があったのですか?」
「悪口言われたからムカついちゃって……」
「真面目に答えて下さい」
「すみません」
別に嘘ではないのだが、真顔で注意されると何も言い返せなくなった。
目の前に立つ女性―――ディーナ女史から注がれる冷え冷えとした視線に何故か背筋がゾクゾクしてしまう。
もしや変な趣味にでも目覚めて……いや、違う。俺はノーマルだ。
現在、俺はギルドの応接室に備え付けられたソファーに座り、ディーナ女史から見下ろされている。
食堂で絡まれていた筈ではと疑問に思われている方もいるだろうが、無論これには理由がある。
―――
――――――
殴り掛かってきた相手の拳を躱し、お返しの頭突きを鼻っ柱に叩き込んでやれば、ぐちゃりと生々しい音を立てて潰れた鼻から真っ赤な血が噴き出した。
ギャッと短い悲鳴を上げ、大きく仰け反った男の動きに合わせて俺は椅子から立ち上がり、無防備な相手の股間を膝で蹴り上げた。
「ほぼぉッ!?」
男は内股となり、再び悲鳴―――というよりも奇声―――を発した。
同時に周囲からは歓声と囃し立てるような声が上がる。喧しいわ。
男の股間―――金的に入った膝から伝わってくる何とも言えない感触。
おそらく大事なモノは潰れていないと思う。
急所に甚大なダメージを負った男は鼻血を垂れ流したまま白目を剥き、そのまま崩れ落ちて動かなくなった。南無。
「テ、テメェ何してやがる!?」
俺が反撃してくるとは考えなかったのだろうか。
相棒をやられたことに激昂したもう一人が今更になって動き出そうとするが、それよりも早く俺はベルタが持っていたコップを奪い取り、その中身を相手にぶっかけてやった。
中身はただの果実水なので、相手に浴びせたところで何の痛痒も与えられはしない。
それでもいきなり液体をぶっかけられたら大抵の人は驚くものだ。
案の定、男は咄嗟の反応で両目を瞑ってしまった。
当然、こんな大きな隙を逃すつもりはない。
先程まで腰を下ろしていた椅子を俺は両手で掴み、高々と頭上に振り上げ―――。
「どっこいしょ」
―――我ながら軽いなぁと思える掛け声と共に男の頭に叩き付けた。
然して頑丈でもない木製の椅子はたったの一撃でバラバラに砕け散り、細かい木片が辺りに散らばり落ちた。
椅子による殴打をまともに喰らった男は、頭から一筋の血を流すと、白目を剥いたまま動かない相棒の上に倒れ込んでしまった。
こちらも完全に気絶してしまった様子。
時折ピクッと痙攣するのがちょっと気持ち悪い。
「真澄は二人組の男を撃退することに成功した」
「それ誰に向けて言ってんの?」
「さぁ?」
ベルタからの疑問に適当な返事をしたら「あたしの果実水返してよぉ」と言われた。
この女、人の金で飲んでおきながらいけしゃあしゃあと……。
俺と二人組の喧嘩を面白がって見ていた他の冒険者連中も喧嘩が終わった途端に興味を無くしたのか、食事を再開したり、外に出たりと各々やりたいように行動し始めた。
完全に見せ物扱いである。
「こいつらどうしたらいいんかね?」
「いや、あたしに聞かれても困るんだけど」
しばらく目を覚ましそうにない二人組をどうしたものかと頭を悩ませている途中、「何事ですか?」と背後に数名の警備員を引き連れたディーナ女史が姿を現した。
ディーナ女史の視線が食堂に居る俺とベルタを、そして足元に転がっている二人組の姿を捉える。
それを見て、ある程度の事情を察してくれたのか、ディーナ女史は「彼らを医務室に運んで下さい」と警備員らに指示を出した。
見るからに屈強な警備員に担がれ、運ばれて行く二人組。
そして俺とベルタの元にはディーナ女史がやって来て……。
「フカミさんは私と一緒に来て下さい。貴方もですよ、ベルタ」
俺とベルタは揃ってディーナ女史に連行されることとなった。
――――――
―――
「以上が喧嘩に至った理由でございます」
食堂で起きた諸々をディーナ女史に説明したところ、額を押さえながら深々と嘆息されてしまった。
「ベルタ、彼の説明に間違いはありませんか?」
「あ、はい。間違いはないんですけど……ディーナさん、あたしっていつまでこうしてればいいんですか?」
一緒に応接室に連れてこられたベルタは、俺が今座っているソファーの隣―――何も置いていない床の上に正座させられていた。
室内に入ると同時にディーナ女史から正座するよう命令されたのだ。
「しばらくそのまま反省なさい。仕事をサボっていただけでも問題なのに、目の前で起きた喧嘩を止めることもなく見学しているなど……」
「あと俺、飲んでた果実水こいつに盗られたんだけど」
「ちょ、余計なこと言うなし!」
「……今日中に始末書も提出しなさい。提出が確認出来るまで帰ることは許しません」
ディーナ女史から下された無情な通達。
ベルタは眉を八の字にしながら「あたし今年に入ってから、もう九枚目なんですけど……」と非常に情けないことを口にするが、当然ディーナ女史が取り合うことはなかった。
今年で既に九枚目ということは、こいつは月一のペースで始末書を書かされていることになる。
よく解雇にならずに仕事を続けていられるものだ。
「事情は分かりました。ですが、貴方ならもっと穏便に済ませることも出来たのではありませんか?」
「いやいや、アレは無理だよ。最初からこっちに喧嘩吹っ掛けるつもりで絡んできてんだから」
「だとしてもです。冒険者同士の私闘に限らず、ギルド内でトラブルを起こすことは処罰の対象になり得ます。たとえ今回のようにフカミさん自身に落ち度がなかったとしても、やはり職員の印象は悪くなってしまうものです」
「査定やら何やらに響く可能性もあると?」
「……無いとは言い切れません。如何に公正な判断を心掛けようとも、職員とて人間ですから」
私的な感情が入ることも有り得る。
まさか真面目なディーナ女史の口からこんな台詞が聞けるとは思わなかった。
態々教える必要もなかったろうに。
きっと彼女なりに俺のことを案じてくれたのだろう。
何であれギルド内でのトラブルは百害あって一利なし。
今後はもっと身を慎んで行動するとしよう。
出来るかどうかは別問題にして……。
「努力はしてみるよ」
「ええ、是非そうして下さい。今日はお休みですか?」
「まあね。街中をブラブラ散歩する予定」
そう言うとディーナ女史は「時には休息も必要です」と幾分表情を緩めた。
「騒動を起こしては折角の休日が台無しになってしまいますよ?」
「俺が起こした訳じゃないんだけど……」
肝に命じておくよと返し、俺はソファーから腰を上げた。
そんな俺に向けてベルタが「ちょ、あたしを置いてくなし!」と手を伸ばしてくるが、ディーナ女史に襟首を掴まれ「貴方はさっさと始末書を書きなさい」と引き摺られていった。
長時間の正座で足が痺れてしまったのか、逃げたくとも逃げられないといった様子。
泣きそうな顔のまま引き摺られていくベルタに向け、頑張れよと適当な声援を送り、俺は応接室を後にした。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7/25(土)頃を予定しております。




