第3話 影男と呼ばないで
前回のお話……影男
(謎 ゜Д゜)影男!
連続投稿三日目。
「おいッ、影男!」
突然ロビーに響いた男の声。
いったい何事だと振り向けば、ロビーの中央に立つ二人組の男の姿が目に入った。
おそらくは二十代前半。少々くたびれた感のある革鎧を身に付けている。
他の冒険者や職員の注目を集めていることから、二人のどちらかが声の主で間違いあるまい。
何故かその目は食堂の方に……というか明らかに俺に向けられていた。
え、何?
影男って俺のこと?
「まぁたあいつらか」
そもそも誰よと俺が頭の上に疑問符を浮かべている傍ら、頬杖をついたベルタ=ブリサラが呆れたように息を吐いている。
どうやら彼女は奴らのことを知っている様子。
「ベルタさんや」
「ベルタでいいよ」
「んじゃベルタに質問。あいつら誰?」
「ナンパの常習犯。前にメリーをしつこくナンパした上に無理矢理連れ出そうとしたから、ぶっ飛ばしてやったことがあんの。確かその場にあんたもいたと思うけど」
「……ああ、そんな奴らもいたっけ」
言われて思い出した。
以前、メリーに絡んでいた二人組の冒険者がベルタにボコボコにされるという事案があり、その際に逃げようとした一人を転ばせてやったのだ。
顔は覚えていないが、成程この二人がボコボコにされた張本人か。
「どっちも鉄級だけど、依頼の成功率は高くない上に結構依頼主とトラブル起こしてる問題児なのよ。このままじゃ冒険者資格の剥奪も有り得るかな」
「それは俺に話して大丈夫なのか?」
割りとデリケートな内容に思えるのだがと二人組そっちのけで会話を続ける俺とベルタ。
無視されたと思ったのか、二人組は「聞こえてんのか、影男!」と怒鳴りながら、こちらに近寄ってきた。
そして俺達が座っている席のすぐ近くまで来ると……。
「朝っぱらから女侍らせて酒かよ。イイご身分だなぁ」
と実に分かり易く絡んできた。
侍らせてはいないし、酒も呑んでいないのだがと言ったところで無駄な雰囲気。
「自分のパーティだけじゃ飽き足らねぇからって、今度はギルドの女にまで手ぇ出すつもりかよ」
「いや、もしかしたらベルタの方からコナ掛けてきたのかもしれねぇぞ? こいつモテねぇし」
ギャハハハと声を揃えて下品な笑い声を上げる二人組。
とばっちりを食らったベルタの口から「あ゛?」と不穏な声が漏れる。
落ち着け。まだキレるには早いぞ。
「やっぱ稼ぎの良い野郎は違うな。オレらみてぇに毎日齷齪働かなくてもいいんだからよ」
「……なぁ、俺はお前さん達に何かしたか? 会話するのも初めての筈なんだけど」
流石にこうも悪し様に言われるのは不愉快だが、それよりも戸惑いの方が強い。
この二人が俺を嫌う理由は何だろう?
転ばされたことを根に持っているというのならまだ分かるけど、どうもそんな感じではなさそうだ。
そもそも俺がやったことすら気付いていなさそう。
駄目だ。さっぱり分からん。
「はっ、影男にゃ分かんねぇだろうよ」
「さっきから言ってる影男って何なの? 俺の影が薄いから?」
「いや、どう考えてもあんたの影は濃厚だよ。あのね、影男ってのは―――」
ベルタが言うには、影男というのは最近になってから冒険者達の間で呼ばれるようになった俺の渾名らしい。
といってもそれは愛称ではなく、蔑称として使われているそうだが……。
「なんで影男?」
「うーん、聞いても怒んない?」
「聞かんことにはなんとも言えんなぁ」
言い辛そうにしているベルタの口を―――果実水をもう一杯奢ることで―――何とか割らせ、聞き出すことに成功した。
曰く、影男とは『女の影に隠れているだけの腰抜け男』の略称であり、専ら言っているのは目の前の二人組のように稼ぎの悪い鉄級以下の冒険者だけだとか。
「何気にあんたのパーティって依頼の成功率も高いし、結構稼げてるのよ。それを面白くない連中が言い出したのが切っ掛け」
要は嫉妬だよねぇと言って、呑気に果実水を啜るベルタ。
そんなベルタを二人組の一人は忌々しそうに睨み、もう一人は「事実じゃねぇか」と面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「所詮テメェは女を戦わせてるだけの腰抜け野郎だ。偶々実力のあるパーティに入り込めただけのくせに偉そうにしてんじゃねぇ」
「うーむ、あながち間違ってもいないところがなんとも……」
前衛を女性陣に任せているのは事実だし、始まりの森でミシェル達と出会ったのも偶然。
俺達にとっては単なる役割分担に過ぎなくとも、何も知らない他者からすれば俺が後ろでふんぞり返っているように見えるのだろう。
いや、偉そうにしたことなんかないけどね。
まあ、仮に事実だとしても……。
「おたくらに関係ないよな?」
「あ?」
「俺が腰抜けかどうかってのとお前らの稼ぎが悪いのは何の関係もないって話。難癖付けたいんなら他所でやってくれ」
他者の努力や実力を認めない輩というのは何処にでも一定数存在するものだ。
そういう奴に限って無駄にプライドが高く、また自分の努力不足を認めたがらない上に事実を指摘されるとすぐに怒り出す。
他者を貶めることで優越感に浸り、ちんけなプライドを守ろうとする。
こいつらはその典型だな。
「俺に絡んでる暇があるんだったら、さっさと仕事しに行け。そんなんじゃいつまで経っても成長出来んぞ」
「テメェ……腰抜けの分際で調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「図星突かれたからって吠えんな」
「パーティの成績を自分の実力と勘違いしてんじゃねぇのかぁ、アァッ!?」
唾を吐き散らすように凄む二人組は、更に一歩こちらへ距離を詰めてきた。
お互いに手を伸ばせば届く距離だが、相手が自らの脚で立っているのに対して俺は椅子に座ったままだ。
敵意に満ちた二対の視線が降り注いでくる。
「ギルド内での私闘は御法度だぞ。しかも職員の前だ。言い訳に困るんでないの?」
「こいつは私闘なんかじゃねぇ。教育だ。口の利き方がなってねぇ新人に物を教えてやろうっていう先輩なりの優しさよ。有り難く―――」
受け取りやがれと一人が拳を振り被るが……。
「ならテメェには年上に対する口の利き方を教えてやるよ」
顔面目掛けて放たれる打ち下ろしの右拳。
蹴り上げるには近過ぎるため、距離的にそれしかあるまいと予想していた俺は僅かに首を傾げ、余裕を持って相手の攻撃を回避した。
標的を捉えられずにつんのめった相手の腕を引っ張り、体勢を崩す。
そうして眼前に迫る相手の顔―――その鼻っ柱に全力の頭突きをお見舞いしてやった。
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