第42話 野郎共の乾杯 ~アラサー警備員と昇格試験~
前回のお話……ゼフィル教団との因縁は続く
(真 ゜Д゜)さらばアバズレ
(ア ゜Д゜)アバズレゆーな!
第七章最終話です。
「すいません。遅くなりました」
「おぅ、お疲れさん。悪ぃが先に始めてるぜ」
「んっ」
店の中に入るとカウンターに並んで座っていたローグさんとディーンさんが手にしたグラスを掲げながら挨拶をしてきた。
既に結構な量を呑んだ後なのか、二人ともすっかり顔が赤くなっている。
「いやぁ、待ってたよ。俺そんなに強くないってのに、二人共ガンガン呑むんだもん」
「悪い悪い。ギルドの聴取が結構長引いちゃってさ」
早いピッチでグラスを空けていく二人には無理に付き合わず、チビチビと舐めるように酒を呑んでいるトルム。
今日は試験前に交わした約束―――トルム行き付けの小洒落ていない酒場で酒を奢ってもらう―――を履行してもらうために集まった。
当初は俺とトルムの二人だけで呑むつもりだったのだが、どうせなら主役も同席した方が良いだろうとローグさんとディーンさんにも声を掛けたのだ。
トルムの隣に腰を下ろすと、まだ注文もしていないのに目の前に酒の入ったグラスが置かれた。
注がれているのは蒸留酒―――ウイスキーか。
みんなも同じウイスキーをストレートで呑んでいることから、マスターが気を利かせてくれたのだろう。
同じ物を頼もうと考えていたので丁度良い。
どうもとマスターに軽く感謝を告げると、彼は黙々とグラスを磨きながら一度だけ頷いてくれた。
相変わらず厳めしい表情だなと内心で笑いながら、出された酒に口を付ける。
ウイスキー独特の強い酒精が舌と喉を刺激し、穀物の香りが嗅覚を楽しませてくれる。
重厚な舌触り。
熱さと辛さの中に隠れるように含まれた甘み。
「美味いなぁ」
味もそうだが、何よりこの香りが良い。
これだけ香気が強いのなら、ロックや割って呑んでみてもきっと美味いだろうな。
「聴取って、例のゼフィル教とかいう連中についてだよね?」
「そ、あいつらと会うことになったセクトンの街の騒動とかを根掘り葉掘り。俺だってまだ二回しか会ってないんだけどね」
マスターがツマミとして出してくれたナッツやチーズを食べながら、俺は今日までのことを思い返していた。
―――
――――――
ローグさんとディーンさんの白銀級昇格試験への同行。
大量発生した黒鉻蜘蛛の襲撃。
霊獣サングリエとの出会いと共同戦線。
裏で暗躍していたゼフィル教団の宣教官アウィル=ラーフとの邂逅、そして決戦。
一連の騒動を乗り越えた俺達は、サングリエの住み処で数日を過ごし、充分な休息を取ってからネーテの街へ帰還した。
馬は無事だったのだが、馬車が全て壊れてしまっていたので帰りは時間が掛かった。
帰還後はすぐにギルドへ向かうつもりだったのだが、報告は職員であるディーナ女史とグラフさんがやっておくとのことで、冒険者組は一旦解散の流れとなった。
明くる日、ギルドに再集合した俺達は応接室に案内され……。
「すまなかった」
とグラフさんから謝罪された。
いったい何に対する謝罪なのかと困惑する中、ディーナ女史が「今回の一件は、ひとえにギルドの調査不足が原因です」と説明を始めてくれた。
「本来であればもっと大規模な討伐隊を編制し、入念に準備をした上で臨むべき事態です。とても昇格試験には相応しくありません」
「ある意味じゃ、ギルドの所為で危険な目に遭ったようなもんだからなぁ。せめて俺がもっと早く撤退の判断をしていれば……」
「別にグラフの旦那の所為じゃねぇと思うがよ」
ローグさんがやんわりと否定するも、グラフさんは「いや、俺の責任さ」と沈痛な面持ちで首を振った。
試験の担当教官として責任を感じているのかもしれない。
調査不足とは言うが、あれ程大量の魔物が犇めいていたのでは調査どころではなかろうにと思う。
まあ、それならそれで今回の試験に選択されることもなかった訳か。
「誠意と言うのもおかしな話ですが、皆様にはギルドから賠償金が支払われますので、後程受付の方にお立ち寄り下さい」
「まあ、貰えるってんなら貰っとくけどよ」
この意見には全員が同意した。お金に罪はない。
一先ず謝罪の件は終了。
次に話題に上がったのは結果の気になる昇格試験。
「やっぱ試験は無効か?」
若干不安そうにしているローグさんとディーンさんに対してグラフさんはケロッとした様子で……。
「いや、試験自体は有効。あと二人共合格だから、ちゃんと認識票の更新しといてくれよ」
あっさり試験結果を口にした。
こういうのって、もう少し勿体振って発表するものじゃない?
いや、無駄に焦らされるのも困るんだけど、なんか……ねぇ?
当の合格者達は告げられたことに対する理解が及ばないのか、ポカンとした表情を浮かべている。
「えーっと……ローグ、ディーン。合格らしいぞ」
「おう……はっ? えっ?」
「ん? ん?」
ジュナが遠慮がちに合格の事実を教えてやっても反応は芳しくなかった。
このままでは埒が明かないと判断した俺は、二人に代わってグラフさんに質問した。
「それって今回の件に関してグラフさん……ってかギルドが責任を感じてるからお情けで合格にしたって訳じゃありませんよね?」
「馬鹿言っちゃいかんよ。能力のない奴を昇格させたって死ぬだけだろ?」
「だが途中から指揮を執っていたのはマスミだぞ? それでも有効になるのか?」
ミシェルの疑問に対して「そいつは何か問題あるのかい?」と逆にグラフさんは疑問で返してきた。
「問題という訳ではないが……」
「重要なのは正しい判断を下すことだ。あのイレギュラーの中、自分達よりも彼を中心にした方が上手く回ると判断したんだろ? 実際それは正しかった訳だし」
「これまでの経験、実績からもお二人は白銀級の資格有りと判断されました。これはグラフ教官だけではなく、支部長もお認めになられています」
「胸を張りな。お前さん達は今日から白銀級冒険者だ」
表情を和らげ、薄く笑みを浮かべたディーナ女史が「おめでとうございます」と告げるも、ローグさんとディーンさんは「お、おう」「ん……ん」と曖昧な返事を返すことしか出来なかった。
昇格の事実を二人が理解し、受け入れられるようになるまで三十分近い時間を要した。
そして復活した二人が真新しい銀色の認識票を受け取った後、当然のように打ち上げの流れとなった。
他の冒険者達をも巻き込んでのどんちゃん騒ぎ。
ギルドの食堂は混沌の坩堝と化した。
俺の記憶も途中から無くなっており、次に目覚めた時には食堂の床の上で、何故か空っぽの酒瓶を抱き締めていた。
俺も含めて多くの冒険者が酔い潰れ、そのまま食堂で夜を明かしてしまったのだ。
「起きたんならさっさと帰ってくれる? 掃除出来ないから」
妙に目付きの悪い女給さんから邪魔者扱いされてしまったので、同じく酔い潰れて寝ていたユフィーを―――ミシェル達は昨夜の内に帰った―――蹴り起こし、二日酔いの苦しみに耐えながら水鳥亭に引き返したのだ。
――――――
―――
こんなぐだぐだ感満載で終了した合格発表から二日後、即ち今日。我がパーティは再びギルドの応接室へと通されていた。
理由はゼフィル教団に関する聴取を行うため。
教団の存在自体は、実はギルドの方でも把握していたそうなのだが、これまでは時折各地で魔物至上主義を訴えるだけで実害はなかったらしい。
民衆から碌に相手にされていなかった筈の教団が、実は裏で危険な実験に手を染めていた。
自分達が暮らす街のすぐ傍でそのような悪しき行為に及んだ教団を野放しにするべきではないとディーナ女史が支部長に掛け合った結果、ならば対応を検討せねばなるまいとギルドも腰を上げたのだ。
面が割れているアウィル=ラーフについては、黒鉻蜘蛛大量発生事件の重要参考人―――実質的な主犯―――として既に指名手配されており、身柄を確保出来れば結構な報酬がいただける。
ジェイム=ラーフも同じように手配されてはいるのだが、残念ことに前回も今回も奴はフードで顔を隠していたため、その人相は判明していない。
今回の手配によって、神出鬼没な奴らの行動を果たして何処まで制限出来るのか。
少なくとも今まで程自由に動くことは出来なくなると信じたい。
俺達からの聴取によって知り得た情報は、ギルド独自のネットワークを活用し、本部及び各地の支部にも共有されるそうだ。
「冒険者ギルドの威信に懸けて、必ずや彼らの身柄を確保してみせます」
とディーナ女史は鼻息荒く宣言していた。
聴取を終えた後、俺は女性陣と別れて一人酒場へとやって来たのだ。
今宵は野郎共だけで呑み明かすと決めていたので、ニースもスマホごと女性陣に預けてきた。
全員がブーブー文句を垂れていた。
ちなみにレイヴンくんは肩にくっ付いたまま。
取り敢えずはナッツでも食わせておこう。
「改めて合格おめでとうございます」
「白銀級になった気分はどうっすか?」
「白銀級か。正直実感わかねぇってのが本音だな」
ローグさんは汚れ一つない銀色の認識票を掌に乗せ、数秒眺めてからウイスキーを口にした。
「最初は昇格試験本番だってことで結構緊張してたんだが、気付けばあんな訳分かんねぇ事態になっちまっただろ? 死にたくねぇから必死こいて戦ってる内に試験のことなんざ頭ん中から抜けてたよ」
それで合格って言われてもよぉとローグさんは苦笑いし、再度ウイスキーを口にした。
同意するようにディーンさんも頷き、手にしたグラスを呷り、一息で中身を空にした。この酒豪め。
ゼフィル教団が起こした騒動の所為で、結果的に試験のことを意識せずに済んだというのも皮肉な話だな。
「マスミ……ありがとう……」
マスターにウイスキーのお代わりを頼んでいる途中、ディーンさんから感謝の言葉が届いた。
そういえば彼は酒が入ると喋るんだったな。
普段「んっ」しか言わない所為か、その口調は若干たどたどしい。
改めてお礼なんか言われるとこそばゆいな。
「合格出来たのは……マスミのおかげ……感謝してる」
「ディーンさん、それは違いますよ」
否定の言葉を口にするとディーンさんは不思議そうに眼を瞬かせた。
「俺のおかげじゃなくて全員のおかげです。誰か一人が欠けてても駄目だった。俺達が今こうして酒を呑んでいられるのも、みんなが力を尽くした結果です」
「それに教官達も言ってたじゃないっすか。合格が認められたのは二人の今までの頑張りがあったからだって。もっと胸張りましょうよ」
トルムも便乗するようにそう言うと、ディーンさんは酒気とは別の赤みを顔に差しながら「んっ」と頷き、ローグさんも「はっ、違ぇねぇ!」と言って笑った。
「試験は合格。新しい武器は手に入ったし、ギルドから金も貰えた。おまけに霊獣様とも知り合うことが出来た。死にそうな目にゃ遭ったが、終わってみりゃ良いこと尽くめ。ディーンよぉ、シケた話はここまでにしようや。折角トルムが奢ってくれるんだからよ」
「え? 俺が奢るって約束したのはマスミくんだけ……」
というトルムの主張に耳を貸すこともなく、ローグさんは酒の追加をマスターに頼んだ。
注文に応じたマスターは後ろの棚から一本のボトルを取り出し、コルクの栓を抜いた。
更に人数分のグラスをカウンターに置くと、やはり無言のままボトルの中身をグラスに注いだ。
甘やかな香りを漂わせる美しい琥珀色の液体。
呑まなくても分かる。例のブランデーだ。
これが呑みたかったんだよなぁとグラスに手を伸ばそうとしたら、何故かマスターに待ったを掛けられた。
呑ませてくれないの?
するとマスターは、ブランデーを注いだものとは別の空のグラスを俺の前に置き、「またアレをやってくれ」と言ってきた。
初めて聞いたマスターの声は、年齢相応の落ち着きと渋みに満ちていた。
彼が何を求めているのかを察した俺は、ブランデーのボトルを受け取り、空のグラスに少量を注いで、内側を満遍なく濡らした。
次に用意したマッチに火を点ける。
ローグさんとディーンさんは不思議そうに俺の手元を覗き込み、これから何が起きるのかを知っているトルムは面白そうに笑みを浮かべている。
火の点いたマッチを近付ければ、ボッと小さな音を立ててグラスの内側に炎が灯った。
「「おおっ!?」」
いつぞやのトルム達と同じような驚きの声をローグさんとディーンさんが上げる。
レイヴンくんもこの演出に驚いたのか、大顎をパカッと広げて固まっている。
スマホがあったら写真を撮っておきたかった。
預けてきたのは失敗だったかな。
火を点ける様を注意深く見ていたマスターから「これ、俺が真似しても良いか?」と訊かれたので、どうぞどうぞと答えておく。
別に俺が考え出したことでもなし。存分にやっておくれ。
「ははっ、粋な演出してくれるじゃねぇか」
「うん……面白い……」
喜んでくれたのなら何よりである。
ローグさんとディーンさんは席を立ち、俺の傍へと寄って来た。
グラスの炎を囲むように集まった俺達は、先にマスターが用意してくれていたブランデー入りのグラスを手に取った。
「今夜は存分に呑み明かそうじゃねぇか」
「ついこの間も呑み明かしたばっかりですけどね」
硬いこと言うんじゃねぇよとローグさんは笑い、野郎ばかりでむさ苦しいとトルムは嘆き、たまにはそれも悪くないとディーンさんが頷く。
揺らめく炎に照らされた野郎共は、誰からともなく『乾杯』とそれぞれのグラスをぶつけ合った。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第七章は終了となります。
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