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第1話 寝物語は程々に

第二章、開始です。

「寒空の下で少女は言いました。火打ち石、火打ち石はいりませんか。ところが道行く人達は誰一人として足を止めることなく、少女の目の前を通り過ぎていきます」


「……」


「辛うじて足を止めてくれた人も、少女の姿を目にした途端に去っていきました。少女の身なりはお世辞にも良いとは言えず、売っている物も何の変哲もない火打ち石。そんなみすぼらしい恰好をした少女が売るような品を買いたいと思う者は誰も居なかったのです」


「……」


「このまま家に帰ることは出来ない。火打ち石を全て売らなければ、父親にまた暴力を振るわれてしまうから。怖いよぅ。寒いよぅ。少女は恐怖と寒さの両方に身を震わせました」


「……ぅぅ、ぅぅぅ、可哀想ですぅ」


「少女は路地裏に入って行きました。何か悪さをしようと思った訳ではありません。ただ、あまりの寒さに少しだけ暖を取りたかっただけなのです。路地裏のあちこちに溜まっていたゴミを集め、手持ちの火打ち石を使って火を点けようと―――」


「あ、危ないですよぉ」


「点けようとしたら近くに住んでいたおじさんに見付かりました。少女の手に握られた火打ち石を見て、自分の家が燃やされると勘違いしたおじさんは激怒し、少女を殴りました。ええ、それはもうしこたま殴りました」


「ええぇぇぇえええッ!?」


「少女は誤解を解こうと必死に弁明しますが、怒り狂ったおじさんの耳に少女の訴えは届きません。最早、嵐が過ぎ去るまでひたすら耐える以外、少女に出来ることはありませんでした。少女は思いました。このおじさんの剛腕に比べれば、父親から振るわれる暴力などかわいいものだと……」


「そんな感想抱いてる場合じゃありませんよぉ!? 誰か少女を助けて下さい!」


「ボロクズのようになった少女。おじさんが立ち去ってしばらくした後、何もかもがどうでもよくなった少女は、虚ろな瞳と心のままに火打ち石を手に取り、自分の衣服に火を点けようと―――」


「いやあぁぁぁああッッ!? 駄目えええぇぇぇ―――ッッ!!」


「喧しいわ! さっさと寝ろおおおおおおッッ!!」


「「ごめんなさい」」


 ―――怒られちゃった。


 どうも皆さんお久し振りです。

 そうでもないかな?

 先日、原因不明の異世界転移を経験したアラサーの深見真澄でございます。

 転移早々、小鬼(ゴブリン)と呼ばれる魔物に襲われたり、女の子にぶん殴られたり、そのゴブリンの群れと戦ったり、ゴブリンの群れを燻したり―――ゴブリンばっかり―――等々。

 割りと息吐く暇もなかった気がしますけど、俺は元気に生きています。

 ゴブリン討伐を祝う村での宴から明けて翌日、俺とミシェルとローリエの三人は村を出発した。

 村長さんからもう一日くらいゆっくりしてはどうかと提案されたのだが、ミシェルとローリエには冒険者ギルドへの報告義務がある。

 いつまでもお邪魔しては迷惑になると思って丁重にお断りしたのだ。

 名残惜しそうに村の皆さんから見送られ、碌に舗装もされていない街道をのんびり歩き続けること早三日。

 ミシェルとローリエの活動拠点であるネーテと呼ばれる街まで、あとほんの数時間といった距離まで近付いたものの、到着前に日没を迎えてしまったのだ。

 緊急時を除き、基本的に夜間は街への出入りは出来ないそうなので、本日はこのまま街道から外れた見晴らしの良い平原で野営をすることと相成った。

 もう少し窪地っぽい場所はないものかと思ったのだが、俺よりも周辺地域に詳しい二人からこの辺りの地形は何処も似たようなものだと言われてしまえば、素直に諦めるしかなかった。


「代わりと言ってはなんだが、街道沿いや街の近くなどは国や領軍の兵士が定期的に巡回しているし、依頼を請けた冒険者によって危険な魔物や盗賊などは駆除されている。念のために見張りは立てるが、そこまで危険はないから安心しろ」


 さいですか。

 ではその言葉を信じましょうとテキパキと火を起こし、私物のテント―――撥水加工と紫外線防止もバッチリ―――を設置していたら、何故か女性陣が目を丸くしていた。


「どしたの?」


「いや、相変わらず手際が良いと思ってな」


「ありがとう」


「お洒落なテントですねぇ」


「それなりに金掛けたからね」


 いい加減慣れてくれないだろうか。

 村を出てからずっとこのテントで一緒に寝泊まりしてたろうに。

 美少女と一緒に寝泊まりしてるのに艶っぽい展開はなかったのかって?

 そんなもんねぇよ。 

 余談だが、俺が元の世界から意図せずに持ち込んでしまった大荷物の扱いについては、これまた意図せずに解決した。

 この荷物を抱えて長距離を移動する―――特にタイヤ―――というのは、現実問題かなり厳しい。

 さてどうしたものだろうかと大荷物の前で頭を悩ませている最中、唐突に目の前からタイヤが消えたのだ。


「は?」


 何が起きたのかさっぱり分からなかった。

 タイヤは何処に消えてしまったのかと慌てて探そうとした瞬間、消えた時と同様、唐突に目の前に現れたのだ。

 訳が分からない。

 本当に何が起きているのだろう。

 もしかして他のも消えたりするのかなぁと試しに念じてみたら、今度はバックパックが消えた。

 まさかの大成功。

 俺の意思一つで自由に出し入れ出来るようなのだが、いったいどういうこと?

 二人に聞いてみた結果、ただ一言「〈顕能(スキル)〉」というシンプルな回答をいただいた。

 〈顕能(スキル)〉―――人が持つ才能や培ってきた経験が抽出・結晶化され、より高位の能力として具現化したもの……らしいのだが、正直説明されてもよく分からん。

 なんだか急にゲームっぽくなってきた。

 何故こんな現象が発生するのかといえば、遥か昔に神様がそのようなシステムを構築し、人が成長するための力として与えたからとかなんとか。

 胡散臭いことこの上ないと思ってしまうのは、俺が日本出身(よそもの)だからだろうか?

 この世界の住人にとっては常識らしいので、まぁ深く考えたところで仕方あるまい。

 今は便利な能力が手に入ったことを素直に喜ぼう。

 荷運びが楽になるのは良いことだ。


「マスミは運が良いぞ。先天的に〈顕能(スキル)〉を有している者など滅多にいないのだから。後天的に得ることも可能だが、命を削るような修練でも積まなければ発現しないらしいからな」


「実際、収納系の能力は便利ですよ。荷物を運ぶ負担が減るだけでも大助かりなんですから。冒険者ならパーティに一人は欲しい〈顕能(スキル)〉です」


 移動しながらこの能力について検証してみたところ、収納可能な容量やサイズの上限は不明だが、収納している間は物資が劣化しないことが分かった。

 生肉は腐っていないし、飲み物も冷たいままだった。

 時間停止とか状態保存の効果でもあるのかね?

 一家に一台改めパーティに一人は欲しい深見真澄です。

 ご都合主義って本当にあるんだなぁと今更ながらに思った。

 野営の準備と簡単な食事を済ませた後、見張りの順番を決め、俺とローリエは一足先にお休みしようとしたのだが、寝ないでお話ししていたらミシェルに怒られてしまった。


「マスミ、お前は大人しく寝ることも出来んのか?」


「おいちょっと待て。何故それを俺だけに言うんだ。どっちかっていうと大声出して騒いでたのはローリエだぞ」


「お前がよく分からん寝物語などを語って聞かせなければ済んだ話ではないのか?」


「それに関しては言い訳のしようもない。正直すまんかった」


「……何故こんな時ばかり素直なんだ」


「ぅ、ぅぅぅッ、ぅわうゔぅぅぅぅ……でもミシェルぅ、少女がぁ、少女が可哀想なんですよぉぉぉ」


「ローリエまでマスミに毒されてどうするのだ」


 号泣しているローリエを宥めるミシェル。

 毒されてとはこれまた失礼な物言いだな。

 俺が原因なのは紛れもない事実だけど。

 ローリエから俺が暮らしていた世界のことをもっと教えてほしいとせがまれたものだから、それでは我が世界の有名な童話の一つでもお聞かせしましょうと寝物語に語ってみせたのだ。

 そうしたらローリエが感情移入し過ぎてエライことになってしまったという訳である。

 俺が語った童話は、かの有名な童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセン原作の『マッチ売りの少女』。

 きっと幼い頃に誰もが一度は耳にしたことのある童話だと思う。

 話の冒頭からいきなり「マッチってなんですか?」なんて問われたものだから、勝手な都合により売り物を火打ち石に変更させてもらった。悪しからず。

 そもそも『マッチ売りの少女』はそんな話じゃないって?


「少女はただ暖まりたかっただけなんですぅぅ。それなのにお父さんは暴力で、おじさんは剛腕で、少女は自暴自棄ぃぃぃ」


「……すまん。何を伝えたいのか私にはさっぱり分からない」


 多少、話の中に俺なりのアレンジを加えたのは認めよう。

 タイトルを付けるとすれば『火打ち石売りの少女 ~嗚呼、無常編~』かな。

 ところで……。


「まだ話の途中なんだけど、続き喋ってもいい?」


「止めろ。眠れなくなったらどうする。これ以上ローリエを汚染するな」


 泣き止まないローリエを胸元に抱きながら、ミシェルが厳しい目を向けてくる。

 汚染って、人を有害物質か何かのように言うんじゃないよ。


「……いいえ、最後までお話を聞かせて下さい」


「なっ、何を言っているのだ。正気か、ローリエ?」


 涙を振り払って顔を上げたと思いきや、今もしっかりと涙を流しているローリエ。

 彼女は強い眼差しで俺をジッと見ていた。

 それは間違いなく覚悟を決めた者の表情だった。


「最後まで……聞く覚悟はあるんだな?」


「はいッ、わたしには少女の生き様を見届ける義務があります」


「待て待て、二人共おかしいぞ。さっきからいったい何なのだ。何故これから決戦に臨むかのような緊迫した空気を醸し出しているのだ?」


「ミシェルは黙ってて下さい!」


「あ、はい。すみません黙ります」


 ローリエがミシェルを一喝した。珍しい。


「では改めて語って進ぜよう。火打ち石を売る一人の少女の物語を」


「よろしくお願いします!」


「……なぁ、この流れは私も聞かなければならないのか?」


 いいから黙って拝聴せんかい。

 闇夜に包まれた平原。

 照らす明かりは小さな焚き火と夜空の銀月。

 舞台は整った―――『火打ち石売りの少女 ~嗚呼、無常編~』。

 これより開幕。

順調に真澄くんに毒されていくミシェルとローリエ……

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