第40話 剣と槍と大牙
前回のお話……ローグ&ディーン新装備ゲット
(ロ ゜Д゜)おらぁ!
(デ ゜Д゜)んっ!
―――side:ミシェル―――
同時に前へ出たローグ殿とディーン殿が、一匹の黒鉻蜘蛛に攻撃を仕掛ける。
ローリエとエイルの魔術によって包囲を崩され、その混乱から未だ立ち直れずにいる蜘蛛共の反応は明らかに鈍く、結果として碌な回避行動も取れぬままに、二人の攻撃をまともに喰らうこととなった。
「オラァ!」
「ぬぅ、んッ!」
両手剣による斬撃が蜘蛛の脚を斬り飛ばし、長槍による刺突が硬い外殻を貫く。
巨大蛇の素材を利用し、ドワーフの鍛冶師ロゥルデスの手によって鍛えられた業物は、黒鉻蜘蛛の肉体を容赦なく引き裂いた。
仲間を倒されたことに気付いた別の個体が二人に飛び掛かろうと前脚を持ち上げるが、それよりも早く放たれたディーン殿の刺突が蜘蛛の頭を穿つ。
更に前脚を持ち上げたまま動けなくなった蜘蛛の背中にローグ殿が素早く飛び乗り、逆手に持ち替えた両手剣を躊躇なく突き刺した。
二人の見事な連携により、瞬く間に二匹の蜘蛛が仕留められた。
「はっはーっ、こりゃ良いぜ! 最高の剣だ!」
串刺しにした蜘蛛から軽やかに飛び降りたローグ殿は、油断なく剣を構えながら再びディーン殿の隣に並び立つ。
相当気持ちが昂ぶっているのか、戦闘中とは思えない程に上機嫌な声を上げている。
これまでは眼球や関節、腹の下などといった外殻に覆われていない箇所を狙う必要があったものの、今では外殻の有無など関係なく、何処からでも攻撃を加えることが出来る。
武器を変えたおかげとはいえ、手こずっていた相手を苦もなく倒せるようになったのだ。
気分が良くなるのも当然かもしれない。
その気持ちは理解出来るのだが……。
「前に出過ぎだ!」
二人の背後に回り込もうとしていた蜘蛛の側面から斬り掛かり、その行動を阻止する。
蜘蛛を仕留めた後、私は並んで立つ二人と背中合わせになった。
「浮かれるのも結構だが、もう少し周りを見てほしいものだな」
私の諫言に対してローグ殿は悪びれた様子もなく「へっ、別に見てねぇ訳じゃねぇさ」と返してきた。
彼は常の太い笑みを浮かべたまま……。
「ミシェルの嬢ちゃんがなんとかしてくれるって思ってたからなぁ!」
「だ・か・らッ、嬢ちゃんって言うな!」
人任せな台詞を堂々と吐くローグ殿に私も嬢ちゃん呼ばわりは止めろと言い返した。
そんな私達の左右をローリエとエイルが駆け抜ける。
「〈風撃〉!」
「わぉぉおあああああッ!」
エイルの放った魔術が数匹の蜘蛛を纏めて吹き飛ばし、その空いた空間に突っ込んだローリエが〈獣化〉させた拳を振るって、更なる蜘蛛共を殴り飛ばしていく。
吹き飛ばされ、あるいは殴り飛ばされた個体にジュナ殿とミランダ殿が追撃を仕掛ける。
「くそ、ローグの馬鹿者め! この剣使い辛いぞ」
「潰れなさい!」
ジュナ殿は曲刀の代わりにローグ殿から借り受けた鋼鉄の両手剣を使用している。
使い辛いと不満を述べながらもその太刀筋には淀みがなかった。
ミランダ殿は鎚矛と大盾の両方を駆使し、宣言通りに蜘蛛を殴り潰していく。
「まったく、こんなことになるんだったら他の奴に担当譲ればよかったよ!」
文句を言いながらも、グラフ教官はすれ違いざまに蜘蛛の目を斬り付けた。
私も含めて全員が疲労困憊にも関わらず、誰一人としてそんなことを感じさせない程に動きが洗練されている。
ローリエとエイルの合流。
ローグ殿とディーン殿の新装備。
アウィル=ラーフの撃破。
最早これまでかと諦め掛けた中で起きた様々な出来事が、私達の身体を奮い立たせ、限界を超えた力を発揮させている。
「おーおー、みんなやるじゃねぇかよオイ。俺らも負けてらんねぇぞ!」
「んっ!」
「当然だ。ここで後れを取るようでは―――」
女が廃る!
私達も再び駆け出し、皆と共に残る蜘蛛共を倒すべく戦闘に参加する。
剣が、槍が、矢が、鎚矛が、そして獣の拳と脚が一匹、また一匹と蜘蛛共の命を奪っていき―――。
「せぇぇぁあああッ!」
高く振り上げられたローリエの獣脚が、その数倍の速度をもって振り下ろされ、最後の一匹にトドメを刺す。
ローリエ渾身の踵落としは蜘蛛の頭を粉砕し、その下の地面をも陥没させた。
こんな一撃を人間が喰らったら、きっと全身がバラバラに砕け散ってしまうだろうな。
「もう動いてるのは……いねぇな?」
ローグ殿の確認に全員が頷きを返す。
周囲に散らばる無数の蜘蛛の死骸。
私達は全ての黒鉻蜘蛛を駆逐したのだ。
その事実に一先ず安堵の息が漏れたものの、安心し切ることは出来なかった。
「あとは……」
「ええ、彼次第です」
『ブゥゥァアアアアアアアアアアアアッッ!!』
大気を震わせる獣の咆哮。
その発生源は、私達が立っている場所から離れた所に移動していた。
次元の違う戦闘に私達を巻き込まないため。
『ブアアアアアアアアアアッッ!!』
猪の姿をした霊獣サングリエ殿と巨大な蜘蛛ネフィラ・クラバタの激闘。
どちらも自身から流れ出た血で全身を汚しながらも、その戦いには未だ決着が付いていなかった。
サングリエ殿は体当たりでネフィラ・クラバタの体勢を崩した後、相手の脚に噛み付き、その強靭な顎の力で噛み砕いてしまった。
八脚の一本を失ったネフィラ・クラバタはお返しとばかりに前脚を伸ばし、槍の穂先の如く鋭く尖った先端をサングリエ殿の背中に突き刺した。
両者の力は拮抗していた。
何か、ほんの些細なことで、この戦いの均衡は容易に崩れてしまうだろう。
今この場でそれが出来るのは私達を置いて他にいない。
だが動こうとする意思に反して、まるで地面に縫い付けられてしまったかのように私の脚は動かず、それどころかその場に膝を突いてしまった。
「これは……うっ!?」
ぐにゃりと歪む視界。遠退きそうになる意識をブンブンと頭を強く振ることで繋ぎ止める。
それと同時に〈ロッソ・フラメール〉の剣身を覆っていた赤い光も完全に消失してしまった。
元々、体力・魔力共に限界が近付いている中で戦闘を継続してのだ。
遠からず肉体は限界を迎え、動けなくなるだろうと予想はしていたが……。
「だからといって、こんな時に……ッッ」
見ればジュナ殿、ミランダ殿、グラフ教官までもが私と同じように膝を突いていた。
ローリエとエイルの二人は膝こそ突いていなかったものの、どちらも荒い呼吸を繰り返している。
「すみません。そろそろ……限界、です」
「あはは~。ちょっと疲れちゃった~」
口調こそ普段と変わらず間延びしていたが、エイルの軽口にも余裕は感じられなかった。
いや、考えてみれば当たり前のことだ。
二人は囮役として私達よりもずっと長い時間、援護もないまま森の中を動き回り、蜘蛛共を引き付け続けてくれたのだ。
消耗具合は私達の比ではないだろう。
辛うじて動けそうなのはローグ殿とディーン殿のみ。
「……みんな、ここまで付き合ってくれて感謝してるぜ」
ローグ殿の口から突然発せられた感謝の言葉にディーン殿を除いた全員が怪訝な顔を向ける。
ジュナ殿が「こ、こんな時に何を?」と困惑しているが、皆も同じ気持ちだろう。
それに対してローグ殿は気恥ずかしそうに頭を掻きながら……。
「こんなことになってんのも元を正せば俺らの試験に付き合ってもらったからだ。だからまぁ、言える内に言っとこうかと思ってよ」
「そんな今際の際でもあるまいに……」
というジュナ殿からのツッコミにやはりディーン殿以外の全員が頷く。
このタイミングでその手の台詞は不吉過ぎるぞ。
「んなつもりで言った訳じゃねぇよ。最後くらいは霊獣様任せじゃなくて俺らも何かしねぇとなって思っただけだよ」
「だが二人だけでは……」
と言い掛けたところでローグ殿は「手ならある」と答え、私の言葉を遮った。
ローグ殿とディーン殿は互いに頷き合い、それぞれの得物を構える。
剣を握った右手を腰の脇へ持って行った後、ローグ殿は自らの背中が正面に見える程上体を大きく捻った。
同じように右腕一本で槍を構えたディーン殿は限界まで右腕を後ろに引き、空いた左腕を正面に伸ばした。
その構えは限界まで引き絞られた弓弦と放たれる直前の矢を思わせた。
「あの大蜘蛛に一発ブチかますぞ!」
「んっ!」
同時に地面を蹴り、二人はサングリエ殿とネフィラ・クラバタの元へ駆け出した。
走る二人の身体から魔力の光が噴き出し、それぞれの手にした武器へと集束されていくのが分かる。
それを見て、二人が何をするつもりなのかに気付いたエイルが「サングリエさん!」と声を張り上げる。
「こっちで隙を作るから最後はお願い!」
果たしてエイルの声は届くのだろうかと一抹の不安も覚えたが……。
『ブモォォオオオオオオオオッッ!!』
サングリエ殿は雄叫びと体当たりで応えてくれた。
脚の一本を失い、踏ん張る力の弱まったネフィラ・クラバタでは、サングリエ殿の全体重を乗せた体当たりに耐えることが出来ず、地面に押し倒された。
倒された勢いのまま地面を滑っていくネフィラ・クラバタの元へローグ殿とディーン殿が接近する。
「そのまま……寝てやがれぇ!」
身体を起こそうとするネフィラ・クラバタに向けて、まずはローグ殿が剣を振り抜く。
剣の軌道に沿って放たれる魔力の閃光―――マスミとの模擬戦でも使用された〈魔力放出〉。
あの時よりも強烈な光の斬撃は、無事だったネフィラ・クラバタの脚の一本を斬り飛ばし、再びその巨体を地に伏せさせた。
「ぬぅ、んっ!」
続けてディーン殿が全力で長槍を突き込めば、その穂先からは一条の閃光が放たれ、ネフィラ・クラバタの外殻に突き刺さった。
槍というよりも破城槌を思わせる光の刺突は漆黒の外殻を貫き、その巨体に風穴を開けた。
失われた脚や穿たれた風穴が再生される様子がない。
魔薬によって強化された再生能力は既に失われているのかもしれない。
「サングリエさん! 今なの!」
体当たりを決めた地点から動かずにいたサングリエ殿は、その場で両の前肢を持ち上げ、一度だけ地面を強く踏み付け……踏み砕いた。
局地的に発生した地震が森を揺らし、大地に深い亀裂を刻み付けていく。
『ブォォォォォォォォォ……』
砕かれた大地の上、サングリエ殿を中心にして浮かび上がった眩い光を放つ魔方陣。
そこから溢れ出した光がサングリエ殿の下顎から生えている半月型の大牙に吸収されていく。
すると驚くべきことに光を吸収した大牙が急激に巨大化し始めたのだ。
僅か十秒と掛からず、サングリエ殿自身の体長と同じ長さにまで伸びた大牙からは、バチバチと音を立てて紫電が迸っている。
その先端をネフィラ・クラバタに向けたサングリエ殿は―――。
『ブォォォオオオオオオアアアアアアアアアアアッッ!!』
―――これまでで最大の咆哮を上げながら突撃を仕掛けた。
迸る紫電が勢いを増し、地を駆けるサングリエ殿の全身に絡み付いていく。
稲妻の鎧を纏ったサングリエ殿は長大な雷光の大牙でネフィラ・クラバタを串刺しにし、自身よりも大きなその巨体を軽々と持ち上げてみせた。
『―――――――――――――――ッッ!?』
限界まで鋏角を開き、空に向かって声にならない絶叫を上げるネフィラ・クラバタ。
串刺しにされたまま残る六本の脚を出鱈目に動かし、目の前のサングリエ殿に攻撃を加えようとするが、無意味な抵抗に過ぎなかった。
幾筋もの紫電が絡み合い、荒れ狂う暴雷となって辺り一面に降り注ぐ。
そして輝ける大牙が一際強い光を発した直後、ネフィラ・クラバタの全身に無数の亀裂が走り―――。
『ブモォォオオオオオオオアアアアアアアアアッッ!!』
―――轟音を伴って爆散した。
この瞬間、熾烈を極めた巨大生物同士の戦いに遂に終止符が打たれたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6/30(火)を予定しております。




