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第38話 異邦人 対 宣教官 ~拳よ、届け~

前回のお話……謎の衝撃

(真 ゜Д゜)ハゥ!?

 衝撃が腹部を貫いた直後、視界が真っ白に染まった。

 ……。

 ……。

 ……頬から伝わる違和感にハッと目を覚まし、青空が視界に飛び込んできた。

 背中には硬い地面の感触があることから、自分が今仰向けに倒れているのが分かる。

 横目にレイヴンくんが一本角で俺の頬を突いているのが見えた。

 どうやら気絶していたらしい俺を起こしてくれたようだが、いったい何が起きたんだ?

 確かアウィル=ラーフの右目が紫色に変化したと思ったら、いきなり腹部に衝撃が……そこまで思い出したところで、急激に吐き気が込み上げてきた。


「ぅぅ、ぐっ、おぼぉぉぉ……ッ!?」


 腹の底からせり上がってくる不快な感覚を(こら)えることが出来ず、俺は急ぎ体勢を仰向けからうつ伏せへと移し、地面に向けて嘔吐した。

 吐き出された血液混じりの胃液がバシャバシャと音を立てて地面と俺自身を汚していくが、そんなことを気にしてはいられなかった。

 嘔吐直後の不快感と異臭が鼻をつき、更なる吐き気が催される。


『マスミッ、しっかりするのじゃ!』


 ニースの悲鳴染みた声に返事をする余裕すらなかった。

 (はらわた)が引っ繰り返ったかのような苦しみに襲われている俺の耳に「おやおや、随分と苦しそうだねぇ」と場違いに楽しそうな女の声が届いた。

 ノロノロと顔を上げた先では、膝を突いていた筈のアウィル=ラーフが何事もなかったように立っており、未だゼェゼェと喘ぐ俺を左右色の異なる瞳で見下ろしていた。

 一瞬で形成が逆転してしまった。


「な、なんで……傷は……」


「傷? ああ、あんたにやられた傷ならもう治ったよ」


「出鱈目、言うな……ッ」


 あっけらかんと告げるアウィル=ラーフだが、そんなことが有り得るものか。

 ちょっとした裂傷ですら、完治するまでには一週間以上もの日数を要する。

 まして奴は俺の魔力弾で脇腹を撃たれたのだ。

 間違いなく重傷。そんな傷が物の数分で塞がってたまるか。

 だがアウィル=ラーフは態度を崩すことなく「嘘じゃないよ。ほれ」と言って、黒衣の裾を捲ってみせた。

 露となった右脇腹には出血の痕こそ有れども、傷などは見当たらず、薄っすらと銃創痕らしきものが残っている程度だった。

 馬鹿な。こんな短時間で塞がるような傷じゃないのに……。

 混乱しそうな俺の目の前に一粒の丸薬が転がってきた。

 その大きさは直径2センチ近くあり、闇そのものを煮詰めたかのように真っ黒だった。


「アタシの傷が治ったのもそいつのおかげさ」


 先にネフィラ・クラバタに与えた物と同様、この丸薬もまた教団製の魔薬の一つである。

 魔物ではなく人間用に調整された魔薬であり、一時的に身体能力と治癒力を強化する効果がある。

 右目の色が変化したのは副作用のようなものらしい。

 俺が視線を外している隙に丸薬を服用したアウィル=ラーフは、その強化された腕力で以って俺の土手っ腹をブン殴ったのだ。

 冥途の土産のつもりなのか、アウィル=ラーフは丸薬のことを得意げに語って聞かせてくれた。


「効果が切れたら滅茶苦茶気持ち悪くなる上にしばらくまともに身体も動かせなくなるから、ホントは使いたくなんてなかったんだけど……使わざるを得なくなっちまったよ」


 あんたの所為でねと告げた後、アウィル=ラーフは落ち着いた足取りでこちらへと近付いてくる。

 その右手には、取り落とした筈のカランビットに似たナイフが再び握られていた。


「アタシはあんたを格下だと思って舐めていた。だが実際に戦って膝を突いたのはアタシの方だった。認めてやるよ。マスミ、あんたは強い。勝利をもぎ取るための、生き残るための手段を貪欲に模索するその精神性。下手な実力者より厄介だってことを思い知らされたよ。でも―――」


 今度こそ終わりだ。

 そう言ってアウィル=ラーフはナイフを逆手に構えた。

 このままでは無防備な姿を晒したままナイフの餌食となってしまうが、立ち上がろうとする俺の意思に反して、身体は全く動いてくれなかった。

 こうして意識を保っているだけでも精一杯なのだ。


「くそっ、たれ……!」


 満足に身体も動かせない状態では、回避も防御も不可能。

 最早、俺に逆転の手立ては残されていなかった。

 ……チクショウ。

 せめてもの意地だ。

 絶対に目を逸らしてなるものかとアウィル=ラーフを睨み付ける。

 アウィル=ラーフが冷たい声音で「あばよ、マスミ」と告げ、ナイフを振り上げる。

 直後、振り下ろされた刃が俺の脳天を断ち割る光景を幻視するも、その光景が現実になることはなかった

 いつまで経っても刃が俺の命を奪うことはなく、アウィル=ラーフはナイフを振り上げた姿勢のまま固まっている。

 いや、違う。

 よく見れば、アウィル=ラーフの右手首には先端に錘の付いたロープが巻き付いており、それに引っ張られていた所為でナイフを振り下ろすことが出来なかったのだ。

 そしてそのロープの反対側を握るのは……。


「マスミくん、今の内に……ッッ!」


「ト、トルム?」


 蜘蛛共と戦うみんなの援護をしていた筈のトルムが間一髪、俺の命を救ってくれたのだ。

 ロープを手繰り寄せようとするトルムだったが、彼がどれだけ力を籠めて引っ張ろうともアウィル=ラーフは微動だにしなかった。


「……チッ」


 苛立たしげに舌打ちをしたアウィル=ラーフは、自身の手首に巻かれたロープを左手でむんずと掴み「邪魔してんじゃねぇ!」と逆に引っ張り返した。

 途端にトルムが体勢を崩し、ズリズリと引き摺られていく。


「こんのぉ!」


 負けじとトルムも両脚を踏ん張って耐えようとするが、魔薬によって強化されたアウィル=ラーフ相手では分が悪過ぎた。

 綱引きはあっさりと終了し、近距離での戦闘に移行した。


「さっさとくたばれ!」


 嵐のように繰り出される攻撃を必死の形相で躱し、少しずつ後ろに下がっていくトルム。

 アウィル=ラーフを俺から引き離そうとしてくれているのだ。

 トルムが命懸けで作ってくれたチャンスを無駄にする訳にはいかない。


「ぐっ、ぬぅぅぅ……ッッ!」


 震える両腕を突っ張って僅かに上体を起こすも、そこまでが限界だった。

 身体が重い。手足に力が入らない。立ち上がることが出来ない。

 くそっ、ここまできて……!

 思わず顔を伏せてしまいそうになった時「マスミ様、暫しお持ちを」という声が背中に届いた。


「『天高きに御座す、尊き御方よ。慈悲の御心を以て、彼の者の傷を癒し給え』」


 神への祈りが力となり、法術の光が俺の傷付いた身体を癒してくれる。

 全身の、特に腹部を苛んでいた痛みが失われ、呼吸が楽になった。


「ユフィーか。助か―――」


「いいえ、まだです」


 予想外に強い声音で俺の言葉を遮ったユフィーは、更なる祈りを紡いだ。


「『天高きに御座す、尊き御方よ。苦難に打ち克つ勇気と力を、彼の者に貸し与え給え』」


 初めて耳にする祈りの言霊。

 先と同じように法術の光が俺の全身を包み、体内に染み入るように消えていく。

 その効果は劇的だった。


「……動ける」


 身体が軽い。活力が湧いてくる。

 あれだけ苦労していたのが嘘のように容易に立ち上がることが出来た。


強力(ごうりき)の法術にございます。失われた体力を取り戻し、肉体を強化する力がございます」


 十分程度しか保ちませんけどと余計な一言を添え、エッヘンと無い胸を張るユフィーだったが、その額には薄っすらと汗が浮かんでいた。

 難無くこなしているように見えたとしても、法術の連続行使が彼女に与える負担は、俺が想像している以上に大きいのだろう。


「体力ないのに無茶しやがって」


「わたくしはマスミ様の従者でございますから」


 主の危機を支えるのは当然ですとユフィーは言い切った。

 普段は従者らしいことなんて何一つしないくせに、ここぞとばかりに調子のイイことを言いやがって。

 だがここぞという時に力を貸してくれるのも事実だ。

 どれ、俺も主としてもう一頑張りするとしよう。


『我の魔力も使うがよい』


 胸ポケットから顔を出したニースがその小さな掌を俺の胸に押し当てると、既に底を尽いていた筈の魔力が体内を巡り、自動的に身体強化が発動した。

 魔力と法術による二重の強化。

 かつて感じたことがない程の力が全身に漲っている。

 これなら……戦える。


「マスミ様、どうかお気を付けて」


『負けは許されぬぞ』


 二人の声に俺は無言で頷きを返し、地面を蹴った。


「うぉっ!?」


 風を切るなんてものではない。

 俺自身が一陣の風になったかのような猛烈な疾走は、周囲の風景を一瞬で置き去りにした。

 急速に接近する俺に気付いたアウィル=ラーフが「んなっ!?」と表情を驚愕に変える。


「チッ、失せろ雑魚がぁ!」


「ぐあッ!?」


 トルムを蹴り飛ばし、こちらに向き直ったアウィル=ラーフと俺の視線が交差する。


「アウィルゥゥゥッ!」


「マスミィィィッ!」


 ―――決着を付ける。


「終わりだぁぁああああッ!」


 アウィル=ラーフの握るカランビットの如きナイフが横一閃に振り抜かれる。

 俺の首を刈り取ろうと迫る刃。

 それに対して俺は回避を選択せず、自らの左手を刃に向けて突き出した(・・・・・)


「なっ―――!?」


 獣の爪を模したナイフの刃は皮膚を、肉を裂き、俺の掌を貫いた。

 噴き出す鮮血と尋常ならざる激痛。

 視界に火花が散り、飛び掛けた意識を懸命に繋ぎ止める。

 文字通り身を削った防御に驚いたアウィル=ラーフが、その動きを止めた。


 ―――全てを出し切れ。


 歯を食い縛って漏れ掛けた絶叫を呑み込み、俺は自由な右の拳を強く握り締めた。

 そして血液のように体内を巡る魔力をただ一点に、拳へと集中させる。

 全身に纏っていた鋼色の魔力光が右の拳へ集約され、強烈な輝きを放つ。

 その輝きを目にしたアウィル=ラーフの表情が恐怖に歪む。


「う、おぉぉぉおおおああああああッッ!!」


 俺は残る全ての力を振り絞り、光の拳を―――決着の一撃をアウィル=ラーフの身体に叩き込んだ。

お読みいただきありがとうございます。


次回更新は6/20(土)頃を予定しております。

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[一言] こいつ毎回毎回油断して死にかけてんな。学習しなすぎて反吐が出る。
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