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第36話 異邦人 対 宣教官 ~ベールの下の顔~

前回のお話……真澄VSアウィル=ラーフ

(ア ゜Д゜)行くぞオラァ

(真 ゜Д゜)掛かってこいやぁ

「オラオラァ、デカい口叩いといてその程度かよ!」


「チッ、ベラベラとよく回る舌だな。黙って戦えねぇのか!」


 みんなが残る蜘蛛共と戦っている傍らで、俺とアウィル=ラーフの一騎討ちも始まっていた。

 徒手空拳で戦うアウィル=ラーフに対して俺は愛用のナイフ片手に挑むが、悔しいことに押されているのは俺の方だった。

 この女が操る体術は脚のリーチを生かした蹴り主体のもので、矢継ぎ早に繰り出される攻撃に俺はすっかり翻弄されていた。


「そぉ……らッ!」


 速度の乗った鋭い回し蹴りが俺の左側頭部に迫る。

 反射的に左腕を掲げて防御しようとするが、途中で軌道を変えた奴の右脚は俺の頭部ではなく、がら空きの脇腹に突き刺さった。


「がはッ!?」


 予期せぬ一撃に息が詰まり、身体が折れ曲がりそうになる。

 アウィル=ラーフは右脚を素早く引き戻すと、入れ替えるように今度は右の裏拳を放ってきた。

 脇腹へのダメージで硬直していた俺にまともに躱す術はない。

 顔面を打ち抜こうと放たれたジャブの如き裏拳。

 首を傾けることで辛うじて直撃を回避したものの、女の裏拳は俺の頬を掠め―――否、削るように疾り、風と共に頬を切り裂いた。

 振り抜かれた拳の後を追うように傷口から血が噴き出す。


「くっ……ぁぁぁああああッ!」


 伝わってくる熱と痛みに耐えつつ、反撃を試みる。

 逆手に握られたナイフは半月を描くように相手の首に迫り、その刃を届かせようとするが「おっと」という軽い声とバックステップによって、あっさりと躱されてしまった。

 そのまま距離を取ったアウィル=ラーフは構えることもなく、自らの余裕を見せつけるように悠然と腕を組んだ。


「危ない危ない。死んじゃうかと思ったよ」


 心にもない発言をするアウィル=ラーフに、だったら死んでいろと言い返してやりたくなったが、余計この女を調子付かせるだけの気がしたので、乱れた呼吸を整えることに注力する。

 侮っていたつもりはないが、まさかここまで一方的にやられるとは……。


「いや、当然と言えば当然なのか」


 同じゼフィル教の宣教官たるジェイム=ラーフ。

 直接手合わせこそしていないものの、あの男も相当な実力者らしい。


「一対一で戦ったとしても負けるとは思わん。だが、確実に勝てるかは……正直分からない」


「何より彼は得体が知れません。出来れば正面切っての戦闘は避けたいところですね」


 とはミシェルとローリエの言。

 彼女達をしてそこまで言わしめるジェイム=ラーフ。

 そんな男と同じ組織に所属し、同じ肩書きを有する人物が弱い筈もない。

 僅かな時間で、その実力の高さを嫌という程思い知らされた。

 このまま()り合っても勝ち目はほとんどないということを……。


「おやぁ? 随分と静かじゃないか。さっきまでの威勢は何処に行っちゃったのかなぁ」


「……」


「ふん、だんまりかよ」


 つまんねぇ男と吐き捨てるアウィル=ラーフを無視し、回復と思考に努める。

 仲間達は蜘蛛共の対処に追われ、サングリエも強化された巨大蜘蛛(ネフィラ・クラバタ)に苦戦しているため、援護を期待することは出来ない。

 結局、真っ向勝負を仕掛けるしかないのか。


「お、まだやる気?」


 無言のままナイフを構える俺を見て、アウィル=ラーフがニヤリと口の端を持ち上げた。

 そして組んでいた腕を解き、その場で身を低くすると―――。


「いいね、いいねぇ。その調子でもっと抵抗してくれよ。どうせ死ぬんだったらさぁ、精々アタシを楽しませてから死んでくれよぉ!」


 ―――全力で地面を蹴り、獲物を狙う肉食獣のように飛び掛かってきた。

 速い……だが目で追える。


「シィ!」


 空中ならば躱せまいと放った横薙ぎの一撃だったが、返ってきたのは肉を断つ感触ではなく、金属同士がぶつかり合う硬い手応え。

 見れば、アウィル=ラーフの手には小振りなナイフが握られている。

 何処から取り出したのか、獣の爪の如く湾曲した刃を有するカランビットに似たナイフによって、空中にありながら俺の攻撃を防いだのだ。


「残念でした!」


「ぐっ!?」


 胸部に走る衝撃。

 空中で俺の胸を蹴り付けたアウィル=ラーフは、その反動で宙返りを決め、両脚を揃えて着地した。

 驚くべき身体能力だが、そんなことに注目している余裕はなかった。

 再び地面を蹴ったアウィル=ラーフが即座に距離を詰めてきたからだ。

 互いのナイフが振るわれ、かち合った刃から火花が散る。


「シィィィアッ!」


「オオオオッ!」


 二度三度と連続でナイフが振るわれ、その度に俺達の眼前で火花が散る。

 互いに足を止めての打ち合い。刹那の拮抗。

 このタイミングで俺は勝負を懸けた。


「ラァァアアアアッ!」


 残り少ない魔力を消費しての身体強化。

 急激に上がったスピードにアウィル=ラーフが驚き、反応が遅れる。

 この好機を逃してなるものかと俺は果敢に攻め立てた。

 ナイフによる斬撃と蹴りを交えた連撃に対してアウィル=ラーフも驚異的な反射神経で対応するが、やがてそれにも限界が訪れた。


「スラァァッ!」


「―――ッッ!?」


 真一文字に振り切った刃がアウィル=ラーフの顔面を捉える。

 断ち切られた黒のベールがはらりと宙を舞い、隠されていた女の顔が露となった。


「あっ!?」


 現れたのは黒髪黒目の、何処か日本人に近い整った顔立ちをした娘だった。

 ミシェル達とそう年も変わらなさそうな娘が驚きに目を見開き、次の瞬間には怒りの形相を浮かべた。


「調子に乗るんじゃねぇぞ、雑魚がぁッ!」


 女の全身から噴出する魔力の光。

 その光は、ネフィラ・クラバタに与えた魔薬と同じ暗紫色に輝いていた。

 身体強化の兆候に危険を感じた俺が後ろに飛び退くのとアウィル=ラーフがナイフを振り上げるのは全くの同時だった。

 本来ならばギリギリで回避が間に合っていた筈のところ、振るわれた刃は俺の戦闘服を裂き、その下の皮膚を浅く傷付けた。

 回避が間に合わなかった理由は明白。

 奴のスピードが俺を上回ったからに他ならない。


「オラァ!」


「ごあッ!?」


 再び脇腹―――先程と同じ箇所―――に回し蹴りが入り、今度こそ身体がくの字に折れ曲がる。

 追撃が来る。防御を……そう思った時にはアッパーカットの如き掌打によって顎をかち上げられていた。

 先程とは比べ物にならない速度と威力を伴った攻撃に為す術がない。

 俺とアウィル=ラーフとでは、身体能力と戦闘技術に大きな差がある。

 同条件―――どちらも魔力による強化を施しているならば、基礎能力の優れている方が有利に決まっている。

 俺がアウィル=ラーフに圧倒されている今の状況は、当然の帰結とも言えるのだ。

 だからといって諦める理由にはならない。

 遠退きそうになる意識を必死に繋ぎ止め、視線を前に向ける。

 ナイフを順手に持ち替えたアウィル=ラーフが俺の心臓目掛けて刃を突き込んでくるのが見えた。

 手放さずに握り締めていたナイフを胸元に引き寄せ、辛うじて迫る凶刃を防御する。

 刃の先端が胸に届くまでほんの数センチ。

 僅かでも反応が遅れていれば、今の一撃でやられていただろう。

 鍔迫り合いのように絡んだナイフを挟み、俺とアウィル=ラーフは睨み合う。


「ボケがッ、死に損なってんじゃねぇよ!」


「生憎と阿婆擦れに殺されてやるつもりはねぇよ……ッッ」


「テメェ、また言いやがったな!」


 やはり阿婆擦れ呼ばわりだけは許せないのか、アウィル=ラーフはナイフを握る手に力を籠めながら「アタシは阿婆擦れじゃねぇッ!」と全力で振り切った。

 幸い振るわれた刃が俺の身体を傷付けることはなかったものの、弾かれた右腕一本で万歳をするような格好を晒してしまった。

 がら空きの胴体。

 こんな大きな隙を見逃してくれるような甘い相手ではない。


「今度こそ……くたばりやがれぇ!」


 振り切ったナイフを素早く引き戻し、その刃を今度こそ俺の心臓に突き立てようとするアウィル=ラーフに対して、俺は―――。


「テメェがくたばれ」


 ―――左手(・・)に握ったエアガンの引き金を引いた。

お読みいただきありがとうございます。


次回更新は6/15(月)頃を予定しております。

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