第33話 悪意は絶えず
前回のお話……ダブル魔術炸裂!
(ド ゜Д゜)アイアンノオバリスタ!
(ヴ ゜Д゜)ブレイズストーム!
「〈豪炎嵐〉!」
燃え盛る紅蓮の嵐―――〈豪炎嵐〉が荒れ狂い、内部に呑み込んだ二つの繭と蜘蛛共を容赦なく焼き尽くす。
離れていても肌を焦がさんばかりに放たれる強烈な輻射熱。
此処が開けている場所で助かった。
そうでなければ森林火災待ったなしだろう。
火災旋風さながらの威容に俺は息を呑み、みんなも言葉を失っていた。
〈豪炎嵐〉に巻き込まれなかった他の蜘蛛共ですら、守るべき繭が焼かれる光景を呆然と見上げている。
「私の、最大魔術……凄い、でしょ?」
薄っすらと笑みを浮かべ、自慢するように訊ねてくるヴィオネだったが、その呼吸は荒く、額や首筋は大量の汗で濡れていた。
これ程の大魔術を行使したのだ。
ドナートのようにへたり込んでこそいないものの、彼女とて相当疲弊している筈だ。
だがその甲斐あり、俺達は遂に全ての繭を破壊することに成功した。
「ごめん。私も……魔力、切れ」
「ありがとな。ゆっくり休んどくれ」
「うん。あと、よろしく」
そう言って、ディーナ女史に肩を借りたヴィオネは後ろに下がった。
無尽蔵にも等しい敵の供給源は絶つことが出来た。
あとは残敵を掃討するだけだと思ったその時、地面が揺れていることに気付いた。
続いて耳に届いたのは、バキバキと大木を薙ぎ倒すような重苦しい音と雷鳴の如き獣の咆哮。
それらがどんどん近付いてくるのに比例して揺れも激しくなっていく。
間違いない。これは―――。
『ブモォォォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』
咆哮と共に二体の巨大生物が広場の中へ飛び込んでくる。
その正体は猪の霊獣サングリエと蜘蛛共の親玉ネフィラ・クラバタ。
二体は、ネフィラ・クラバタがサングリエに押されるような形で現れた。
『ブゥォォオオオオオオオオオッッ!!』
サングリエが牙を大きく振り上げる動作に合わせてネフィラ・クラバタの巨体が宙を舞い、地面に落下する。
何度か地響きを伴って地面の上をバウンドした後、かつて繭であった物―――完全に炭化している―――を自らの巨体で押し潰し、ようやくネフィラ・クラバタは停止した。
―――無事で何よりだ。
「おかげさんでな。蜘蛛共の繭っていうか、卵もなんとか全部破壊出来たよ」
―――見事だ。ならばあとは……。
「ああ、残った蜘蛛共を片付けるだけだ」
ガシガシと蹄で地面を削り、ブフーッと鼻から荒い息を吐き出すサングリエ。
やる気満々だ。
他の蜘蛛共は攻撃を再開することもなく、倒れたままのネフィラ・クラバタの元へ集まっていき、それを見て前衛陣もこちらへ下がってきた。
ミシェルが嬉しそうに俺の隣に並んだ。
「マスミ、やったな」
「いや、そっちもよくあれだけの数を抑え込んでくれたよ」
「ヴィオネとドナートはどうした?」
「魔力切れでへばってますけど、二人とも大丈夫です。ユフィー達が見てます」
大丈夫と答えた際、ジュナが安堵したように息を吐くのが見えた。
弟の安否が気掛かりだったのだろう。
なんやかんやと姉弟仲は良好らしい。
そうしている間に倒れていたネフィラ・クラバタがゆっくりと巨体を起こした。
全身に刻まれた大小様々な傷がサングリエとの激闘を物語っている。
特に酷いのは目と脚。
八つあった筈の単眼は三つが完全に潰れている。
八本四対の長い脚も左右一本ずつが、半ばから先を失っている状態だ。
明らかに満身創痍なネフィラ・クラバタに比べて、サングリエにはまだまだ余裕が有りそうだった。
流石に無傷とはいかないものの、戦闘に支障を来すような大きな負傷は見当たらない。
未だ多数の黒鉻蜘蛛が健在とはいえ、奴ら如きではサングリエの相手にはならない。
疲労はあれども、魔力切れのヴィオネとドナートを除けば全員が戦闘継続可能。
ここに至ってようやく戦力差が覆った。
一気に畳み掛けて終わらせよう。
みんなにそう伝えようとした時……。
「ったく、やってくれたもんだよ」
不機嫌そうな女の声―――出来れば二度と聞きたくなかった―――が聞こえてきた。
「苦労してここまで育てたってのに、全部パァじゃん。ムカつく」
蜘蛛共の後ろから姿を現した黒づくめの女―――アウィル=ラーフは心中の苛立ちを吐き出すかのようにチッと舌打ちをした。
「よぉ、生きてたのか。てっきり怪獣大決戦に巻き込まれたもんだとばかり思ってたよ」
「はっ、アタシはそんなに間抜けじゃないよ」
初登場時に聞いてもいない名乗りを上げ、自分の正体を明かしている時点で充分間抜けというか迂闊だと思うのだが、今更指摘するのも野暮か。
というかそんなことはどうだっていい。
「随分と手間取らせてくれたが、テメェの企みもここまでだ。どうする、まだやるか?」
「出来れば大人しく拘束されてもらいたいんだけどねぇ」
色々と聞きたいこともあるからねぇと普段と変わらぬ口調ながらも油断なく構えるグラフさん。
少しでもおかしな動きを見せれば、即座に斬り掛かると言外に物語っている。
他のみんなも警戒を解いていない。
それを見てか、蜘蛛共がアウィル=ラーフと傷付いたネフィラ・クラバタを守ろうと密集体型を作る。
一触即発の状態にまで空気が張り詰めていく。
そんな中、アウィル=ラーフは「フンッ」とつまらなそうに鼻を鳴らした。
「あんたの言う通り実験は失敗。もうこんな辺境の森に居続ける理由もない。でもね、アタシにだって意地はある」
何より心底ムカついてると言って、アウィル=ラーフは懐から試験管状の細長い容器を取り出した。
容器の中では暗紫色の毒々しい液体が揺れている。
アレには見覚えがあった。
「……盗賊団の団長が持ってたヤツか」
以前、ローグさん達と一緒に引き受けた盗賊団の討伐依頼。
その対象であった盗賊団の団長―――最終的にセントにブン殴られた―――が同じ物を所持しており、最後の局面で使用されそうになったところを辛うじて阻止することが出来たのだ。
結局、あの液体の正体については分からず終いだったものの、間違いなく碌な物ではない筈だ。
まさかあの女が同じ物を所持しているとは思わなかった。
「使うつもりなんてなかったのに。マジでムカつく」
「だったら最初から出すんじゃねぇよ!」
「シッ!」
むざむざ使わせるものか。
咄嗟に空間収納から取り出した単発小銃を発砲し、同時にトルムも投げナイフを投擲するが、その攻撃は一匹の蜘蛛が盾になることで防がれてしまった。
クソッと吐き捨てたトルムが連続でナイフを投擲するも、今度は別の蜘蛛が盾になるだけで結果は変わらなかった。
蜘蛛共の壁に阻まれて前衛陣も近付くことが出来ない。
「今更ジタバタしたって遅いよ」
黒いベールの下。唯一覗いている口元に笑みを作ったアウィル=ラーフは、悠々とした足取りでネフィラ・クラバタの傍に寄り―――。
「テメェらは此処で全員死ぬんだよ」
―――その手に握られた容器を凶悪な顎の中へと突っ込んだ。
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