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第21話 夜も更けて ~アラサー警備員、異世界に立つ~

「んふふふ、ねえ旦那ぁ……夜はまだまだこれからですよ?」


 降って湧いたようなこの展開、いったいどうするべきだろう。

 俺にしな垂れ掛かってきた娘さんが、とっても柔らかくて温かいものをこれでもかと押し付けてくる。

 彼女が俺に何を求めているのか。

 流石にここまで露骨にされて気付かない程ニブチンでもないつもりだが、本当にいいのだろうか?

 異世界生活二日目にして現地の娘さんに手を出すって、それ本当に大丈夫なのか?

 出した途端に金払えとか責任取れなんて言われたりしない?

 美人局とか本当に勘弁。

 それともあれかね。

 もしかして目の前の娘さんに限らず、異世界(こっち)の女性はみんな性に対して奔放なのか?

 うーむ、判断材料がないからさっぱり分からん。

 果たしてこの据え膳いただくべきか否か……なんて下らない自問自答をしていると、後ろから物凄く冷たい声が掛けられた。


「楽しそうだな、マスミ」


「楽しそうですね、マスミさん」


 知っている筈なのに、とてもそうとは思えないくらい冷え冷えとした声音に背筋が震えた。

 振り向けば、そこにはご存知ミシェルとローリエの二人が立っていた訳だが、多分どちらも怒っている。

 だって二人とも笑顔なのに目が全く笑っていないのだ。

 ミシェルに至っては、手に握られたコップからミシミシと軋むような音が聞こえているけど……割るなよ?

 彼女達は何故怒っているのだろう。

 知らず何か不愉快にさせるような言動でもしてしまったのだろうか。

 さっぱり原因が分からず、頭の中が疑問符で埋め尽くされていく。

 不穏な空気を察したのか、怯えた娘さんがより一層俺の身体に身を寄せてくる。

 それはもう隙間なくピッタリと……。


「「―――ッ」」


 途端に二人から発せられるプレッシャーが激増した。

 背景に「ゴゴゴゴゴゴ」という文字が今にも浮かび上がってきそうな程だ。

 冷たい汗が背中を濡らして気持ち悪い。

 あとついでに胃も痛い。


「えっと、お二人さん? なんか機嫌悪そうだけど、何か―――」


「突然で申し訳ないが御婦人よ。少し席を外してもらってもよろしいだろうか?」


「仲間同士でお話ししたいことがありまして。ええ、仲間同士(・・・・)で」


 何か話さねばと口を開いた俺を遮り、一方的に要件を告げるミシェルとローリエ。

 ローリエが妙に「仲間同士」という言葉を強調するのが気になったものの、下手にツッコんではいけない気がした。

 有無を言わせぬ迫力とプレッシャーに負けた娘さんは無言でコクコク頷くと、俺の腕を解放して立ち上がり、そそくさと何処かへ行ってしまった。

 温もりが失われたことを密かに残念がっている俺の両隣に、ドンッと音を立てて腰を下ろしたミシェルとローリエが不自然なくらいにギュウギュウと肩を押し付けてきた。

 温もりが帰って来た。でも狭い。


「なぁ、二人とも本気でどうしたの?」


「どうしたとは何がだ? 私はまったくどうもしていないぞ? ああ、どうもしていないともさ!」


「いや、狭いんだけど。そこまでくっ付かなくてもよくない?」


「そうですか。でも仕方ありませんよね。だって三人で座ってますから。ええ、三人で座ってますから!」


 いや、君達がもっと端に寄ってくれれば三人でも余裕を持って座れると思うよ……と指摘出来れば良かったのだが、どうにもそれは許してもらえそうにない雰囲気。

 あからさまな早口と不自然な態度。

 まさかとは思うけど、さっきの娘さんに嫉妬したとか?

 ……流石に有り得ないか。

 そもそも出会ってから、まだたったの二日しか経っていない。

 吊り橋効果が期待出来そうな苦難を一緒に乗り越えはしたものの、だからといって十代のうら若き乙女が俺みたいな三十路前(アラサー)に惚れることなどあるまい。

 うん、ないない。有り得ない。

 自惚れるな、深見真澄よ。


「二人とも動く気が全く無さそうなので我慢してこのままお訊ねしますけども、何か用かい?」


「「……」」


 そこで黙るんじゃねぇよ。

 おい待て。何も用事ねぇのかよ。

 おじさんを困らせるんじゃありません。


「……ありがとう」


 どうしたものかなぁと声には出さず、内心でうんうん唸っていたら黙り込んでいた筈のミシェルが口を開いた。


「ミシェル?」


「マスミが居なければ、私もローリエもこうして酒を呑んでなどいられなかった。きっと今頃は死ぬよりも悲惨な目に遭っていただろうし、村も無事では済まなかった筈だ。本当に感謝している」


「わたしからもお礼を言わせて下さい。わたしとミシェルが生きていられるのはマスミさんのおかげです。本当にありがとうございます」


 真っ直ぐ感謝の言葉を告げるミシェルとローリエ。

 面と向かってそんなことを言われては流石に照れてしまう。

 火照る顔を誤魔化すようにエールを呷り、喉を潤してから二人に返す。


「別に俺一人の力で勝った訳じゃないんだから気にせんでもいいよ。俺だってミシェルとローリエに出会えなけりゃ、今頃は森の中で野垂れ死んでた可能性大なんだし。感謝してるのは俺も同じだよ」


「しかし……」


「あー、じゃあお互い様ってことでいいだろ。みんなで力を合わせた結果、見事ゴブリン共は全滅。無事に帰ってくることが出来ました。めでたしめでたし。以上」


 はいおしまい。この話はもうおしまいと手を叩く。

 顔の火照りが収まらないので、もう一度エールを呷る。

 チクショウ、ぬるい。


「マスミさん、照れてます?」


「照れてません」


 分かっているならいちいち言うな。

 エールを呷り……くそ、空っぽだ。


「マスミはこれからどうするのだ?」


「どうする、ねぇ」


 今後の身の振り方か。

 はてさて実際どうしたものだろう。

 空のコップにローリエがお代わりを注いでくれる。


「今回の討伐依頼はこれで完了だ。私達はネーテの街に戻り、ギルドへの結果報告をしなければならない」


「そういえばそんなこと言ってたね」


 コップを傾けながら相槌を打つ。


「もう一度聞くが、マスミはこれからどうするつもりなのだ?」


「……」


 ミシェルもローリエも期待するような目で俺を見ている。

 こらこら、そんな分かり易く態度に出すんじゃないよ。

 俺が悪い男だったらどうするつもりだ。


「そ、その……わたし達も二人だけで活動を続けるのは色々と無理があるって今回の件で分かったんです。だから、えっと……新しくメンバーを加えたいと考えてるんですけど……」


「そ、その通りだッ。それに女だけだと舐められることも多くてな。出来れば信頼に足る殿方に加わってほしいとは思うのだが……」


 必死過ぎるぞお二人さんよ。

 あまりイジメ過ぎても可哀想か。


「えっと、だからその―――」


「ちょっと教えてほしいんだけどさ」


 しどろもどろになりながらも懸命に言葉を探すミシェルを遮って質問する。


「金も身寄りもついでに常識もない異世界出身者が就けそうな仕事って何か有るかね?」


「マスミ、それって………」


 そもそも原因不明且つ着の身着のままで異世界に迷い込んだ俺が取れる選択肢など限られているのだ。

 日本に帰る方法があるのかどうかも分からないし、仮に帰れたところで、今まで通りの生活を送れるという保証もない。

 だったら異世界(こっち)で生活の基盤を作ってしまった方がまだしも建設的だと思う。

 折角の異世界転移だというのに都合の良いチート能力を与えられた訳でもない。

 何処まで行っても俺は凡人なのだ。

 だからこそ出会った人との縁を大切にしなければいけない。


「なぁ、何か有るかね?」


「ああ、有るさ。有るとも!」


「一つだけ、マスミさんのような方に打って付けのお仕事がありますよ?」


 お互いの顔を見合わせ、頷き合った二人は声を揃えて一言―――。


「「冒険者」」


 ―――と答えた。

 あまりにも予想通りなその答えに苦笑いが漏れる。

 実際、今の俺に出来そうな仕事といえば冒険者(それ)くらいしかないのだ。


「偶然にも丁度新しいメンバーを募集しているパーティもあるようだしな。本当に偶然にもな!」


「はいはい」


 今更何処かに行ったりしませんよって。

 ふとポケットの中に手を突っ込み、昨日から一度として使っていなかったスマートフォンを取り出す。

 幸い壊れてはいないようだ。


「マスミさん、それは?」


「俺が住んでた世界でよく使われてる便利アイテムってところかな」


 電波が無いので電話もメールも使えないし、勿論インターネットにアクセスも出来ない。

 それでも全ての機能が使用不可能になっている訳ではない。

 カメラを起動させ、広場の中心にレンズを向ける。

 出来るだけ多くの村人の姿が写るようにして。


 ―――パシャッ。


 フラッシュがたかれる。

 突然の光に驚いた数人が何事かとこちらを見てくるので、適当にヒラヒラと手を振って誤魔化しておいた。


「こいつはな、今みたいに写した光景を記録しておくことが出来るんだ」


「ほぅ、それは凄いな」


 撮影したばかりの写真を表示し、ミシェルとローリエに見せたところ頻りに感心していた。


 ―――写真を撮ろう。


 この異世界で目にするであろう様々なものを撮影するんだ。

 自分がこれからどうなっていくかなんて分からないけど、俺は確かに異世界(ここ)に居たんだって記録を残そう。

 目標が一つ出来た。


「記念すべき一枚だな」


 俺はこの異世界に立ったばかりだ。

 金も身寄りも常識もチートも無いけど、転移早々信頼の置ける仲間が二人も出来たというのは、まぁ中々幸先の良いスタートではなかろうか。


「よし、乾杯しよう乾杯」


「いきなりどうした?」


「いいからいいから。ほれローリエもコップ持て」


「あ、はい」


 ミシェルとローリエ。

 俺がこの世界で最初に出会った仲間。

 うん、やはり幸先が良い。

 何となくだがやっていけそうな気がしてきた。


「まずは改めて、この出会いに感謝を」


「それは私達も同じだ」


「ですね」


 手に持ったコップを掲げ―――。


「今後ともよろしく」


「ああ」


「こちらこそです」


 ―――乾杯とぶつけ合わせた。


 宴はまだまだ終わらない。

 騒がしくも夜は更けてゆく。

これにて第一章終了となります。

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