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第29話 第二の宣教官

前回のお話……空から蜘蛛が降ってきた

(ア ゜Д゜)ゼフィル教だー

(真 ゜Д゜)……oh

「このアタシ、ゼフィル教が宣教官たるアウィル=ラーフの実験場に選ばれたんだからねぇ!」


 ゼフィル教。魔物至上主義を掲げる邪教集団。

 自らもその一員であるとアウィル=ラーフは宣言した。

 ほんの一月程前、俺達はセクトンの街において、この女とは別のゼフィル教徒と対峙している。

 領主の息子を利用し、セクトンに混乱をもたらした男―――ジェイム=ラーフ。

 辛うじて奴を退けることに成功した俺達だったが、かの宣教官は俺を自分達のトップに会わせたいなどとほざいた末に姿を消した。

 その男と同じ組織に所属する別の宣教官とこうして出会ってしまった。

 奇妙な因縁―――全く嬉しくはないが―――を感じざるを得ない。


「ゼフィル教……貴様もジェイム=ラーフの仲間か!」


 ゼフィル教の名を耳にし、激昂したミシェルが愛剣を鞘から抜き、その切っ先を巨大蜘蛛の上に立つアウィル=ラーフへと向ける。

 肝心のアウィル=ラーフはミシェルから向けられる敵意と刃を意に介した風もなく「ジェイム?」と怪訝そうに首を傾げた。


「なんで今ジェイムの名が出てくんのさ? 何、あんたらあいつのこと知ってる訳?」


「知ってるも何もテメェのお仲間の所為で、こっちは酷ぇ目に遭ってんだよ」


「酷い目? んー、あいつが最近行った所って確か……」


 暫し考えるような仕草を見せた後、アウィル=ラーフは合点がいったかのように頷き、「もしかしてあんたがマスミって奴?」と言ってきた。

 何故この女が俺の名前を……と考え掛けたところで気付いた。

 そんなのジェイム=ラーフから聞いた以外に有り得ない。


「あの野郎は俺のことをなんて言ってたよ?」


「特別なことは何も。ただ面白そうな人と出会えたって嬉しそうに話してたけど、そっかそっか。ジェイムの巨大蛇(フェルデランス)を仕留めたのはあんた達か」


 なんか意外だなぁとベールの下から覗く口元に笑みを浮かべるアウィル=ラーフ。

 目隠しの所為で口から上は見えないけど、侮られているということはよく分かる。

 露骨に他者を軽んじる言動に苛立ちばかりが募っていくものの、感情的になっては相手の思う壺だ。


「あたしのネフィラ・クラバタ程じゃないにしても、あのフェルデランスもかなり強力な魔物だった筈なんだけどねぇ。言っちゃ悪いけど、あんたってあんまり強そうに見えないから意外だなぁって」


「ほっとけ」


 どうやらネフィラ・クラバタというのが目の前に佇む巨大蜘蛛の名前らしい。

 それにしてもこの女はアレか、いちいち人の神経を逆撫でしなければ生きていけないのか?

 そしてアウィル=ラーフの発言が許せなかったミシェルが「マスミは弱くない!」と更に声を荒げる。

 フォローありがとう。でも少し落ち着こうな。

 今にも斬り掛かりそうなミシェルを押さえつつ、サングリエに思念を飛ばす。


 ―――あの蜘蛛に勝てるか?


 ―――簡単にはいかぬであろうが、負けはせぬ。


 ブフーッと鼻息荒く自らの意思を伝えてくるサングリエ。

 頼もしい限りだ。

 ならばいつまでも、この女との会話に時間を費やしている場合ではない。


「合図を出したら全員後ろに向かって走れ。そのまま突入だ」


「だがマスミよ、あの姉ちゃんと大蜘蛛はどうするつもりだ?」


「奴らの相手はサングリエが。その間に俺達だけで本拠地を潰します」


 俺の言葉に無言で頷くローグさん。

 それを見て「俺達だけでかぁ。出来るかな?」とトルムが若干不安そうにしていたが、珍しく厳しい表情を浮かべたヴィオネが「やる、しかない」と言い切った。

 ディーンさんもただ一言「んっ」と力強く頷いてくれた。

 他のメンバーも……。


「あのぉ、出来ればわたくしはサングリエ様に乗せて―――」


 ユフィーの意見は黙殺しておく。

 こんな状況でもブレない生臭神官の図太さに呆れつつ、俺はアウィル=ラーフを睨み据える。


「アウィル=ラーフって言ったな。さっきから随分とお喋りじゃねぇか。やっぱ人間、余裕がなくなると口数が増えるもんなのかね?」


 今度は俺の方から小馬鹿にするような口調で吐き捨ててやる。

 途端にアウィル=ラーフの口から「あ?」と不愉快そうな声が漏れた。

 どうやら自分が挑発されることには慣れていないらしい。

 若いな。


「まあ、余裕がなくなるのも当然だわな。何しろ秘密の隠れ家は目と鼻の先。本拠地で暴れられちゃ堪らんから、慌てて出てきたんだろ?」


 確証はないが、全くの当てずっぽうという訳でもない。

 襲撃に対して万全の備えを施しているのであれば、本拠地で待ち受けていればいいだけだ。

 だが敵はそうせず、こうして迎撃に出てきた。

 本拠地に攻め入られては困る理由があるからだろう。

 そう考えれると先程までの会話も時間稼ぎに思えてくる。


「それにこうして喋ってても他の蜘蛛共が出て来ないところを見るに……完全に操れてるって訳じゃなさそうだな。多分だけど大雑把な命令しか受け付けないってところか。あそこに行けとか、あいつを追えとか、そんなところかね?」


 答えがない代わりにアウィル=ラーフはギリギリと音が鳴りそうなくらい強く歯を噛み合わせ、俺のことを―――見えないけど―――睨み付けてきた。

 どうやら図星らしい。分かり易くて大変結構。


「その様子だと俺の仲間を追うのに結構な数を割いちまったみたいだな。まさか囮だとも気付かずに。いやぁ、自分の考えた策に相手が嵌まってくれるのは気持ちが良いねぇ」


「テメェ……ッッ」


 怒ってる怒ってる。

 どうやらこの女、根は典型的な直情型のようだ。

 少なくとも舌戦ならば、ジェイム=ラーフを相手取るよりも遥かに扱い易い。

 ……頃合いかね。


「このアタシを虚仮にしやがって。後悔したって遅いよ!」


「はん、心配しなくても後悔なんざ―――」


 しねぇよ!

 言葉と同時に空間収納からライフルを取り出し、アウィル=ラーフに向けて発砲する。

 碌に狙いを付けずに撃ったスラッグ弾は標的から大きく外れてしまったが、意表を突くことには成功した。

 何もない空間から突然現れた一丁のライフル。

 更にはいきなりの発砲に驚いたアウィル=ラーフは、身を守るように両腕を顔の前で交差させた。

 咄嗟の反応としては正しいが、今この時においては悪手だ。


「今だッ、走れぇ!」


 俺の合図に従って全員が後ろに向かって走り出す。

 当然、俺もみんなに続いてその場を離れる。


「あばよ! 二度と会わないことを祈ってるぜ!」


「ちょっ!? あんだけ煽っといて逃げるとか、おい待てやコラァ!」


 待てと言われて待つ馬鹿はいない。

 どんどん離れていく俺達に焦ったアウィル=ラーフは「ネフィラ・クラバタ! 奴らを止めな!」と指示を出したが、配下の巨大蜘蛛が動き出すよりも―――。


『ブギィィィイイイイイイイイイイイイイイッッ!!!』


 ―――サングリエが突撃する方が先だった。

 全体重を乗せた渾身の体当たり。

 自分以上の巨体を有するネフィラ・クラバタにサングリエは真正面からブチ当たっていった。

 然しもの巨大蜘蛛も踏み止まること叶わず、一気に十数メートルも後方に押し込まれてしまった。


 ―――頼んだぞ!


 ―――任せよ!


『ブゥォォオオオオオオオオオオッッ!!』


 思念と同時に響いてきたサングリエの咆哮に背中を押され、俺達は振り返ることなく走り続けた。

お読みいただきありがとうございます。


次回更新は5/10(日)頃を予定しております。

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