第26話 湖畔の愚痴語り ~彼にも悩みはある~
前回のお話……敵地発見
(エ ゜Д゜)見付けた~
湖の畔に一人腰を下ろし、黙々と銃器一式の整備を行っていたところ、定位置の胸ポケットに入ったニースから『マスミよ』と呼び掛けられた。
「んー、どした?」
『何やら気難しい顔をしておるの』
「気難しい顔?」
言われて整備の手を止めた俺は自分の顔に触れてみた。
少しジャリジャリとした手触り。
そういえば森に入ってから髭を剃っていなかったな。
そもそも剃っている余裕なんてなかったけど……。
「身嗜みって大切」
『何の話じゃ?』
「いや無精髭が……」
『そんなことはどうでもよい』
どうでもよいとか言うなよ。
無精髭生やしたまま人前に出るのとか嫌なんだよ。
ちゃんと整えられているのならともかく、伸ばしっぱなしはだらしない。
『だから髭のことなどどうでもよい。先程から何を気難しい顔をしておるのじゃ』
「さっきも言ってたけど、俺そんな顔してたか?」
『うむ。何を思い悩んでいるのかは知らぬが、程々にしておくがよい』
「別に悩んでるつもりはないけど……」
『嘘をつくでない。気付いておらぬやもしれぬが、お主その整備もう三回目じゃぞ?』
「……マジで?」
全然気付かなかった。
確かにびっくりする程ピッカピカだなぁとは思ってたけど、そりゃ三回も整備すればピカピカにもなるわな。
どうやら同じ作業を繰り返していることにすら気付けない程、考え事に没頭していたようだ。
『それでも手は勝手に動くのじゃな』
「まあ、身体に叩き込まれたからね」
昔取った杵柄とでも言うべきか、今でも分解と組み立て程度なら目隠しをしててもこなせる。
実技はパッとしなかったものの、昔から手先だけは器用なので整備や工作は得意なのだ。
『いったい何を考えておったのじゃ?』
「……本当に引き受けるべきだったのかなって」
『それはサングリエ殿からの申し出のことかの?』
「ああ。今更こんなこと言うのもおかしな話なんだけどさ」
俺達はこの森から蜘蛛共を一掃するため、サングリエに協力することを決めた。
その理由はローグさん達の試験が関係していたことも勿論あるが、何よりも時間的な猶予がないと判断したからだ。
奴らは日を追う毎に数を増している。それも際限なくだ。
今なんとかしなければ、いずれ手が付けられなくなってしまう……そう考えて協力を決めた筈なのに、俺は今になってその判断が本当に正しかったのか、分からなくなってしまったのだ。
『別にマスミ一人で決めた訳でもあるまい。そこまで責任を感じる必要もないと思うがの』
「だとしても最終的な判断を下したのは俺だし、そのための作戦を考えたのも俺だ」
最早、俺達だけでこの森から脱出することも全ての蜘蛛共を討伐することも不可能。
状況的に必要に迫られていたのは確かだが、もっと他に何か良い方法はなかったのかと頭を悩ませずにはいられない。
俺ってこんなにネガティブだったかな?
ニースも『随分と悲観的じゃのう』と息を吐いている。
『本当に今更な話じゃが、気にしても仕方あるまい。既にローリエとエイルは偵察に向かっておるのじゃぞ?』
ローリエとエイルが偵察に出てから既に四時間近く経過しており、太陽はとっくに中天を過ぎている。
二人が無事に蜘蛛共の本拠地を発見出来れば御の字。
発見出来ずに戻って来たとしても、その時はまた作戦を練り直せばいいだけのこと。
だがもし二人が帰還することも叶わず、敵の手に落ちてしまったとしたら……考えたくもないのに嫌な思考ばかりが頭に浮かぶ所為で、鬱々と気持ちが沈んでいく。
完全に負の連鎖に囚われてるなぁと自分自身に呆れていると……。
「そっか。俺、自分に腹が立ってるのか」
という事実に気が付いた。
ニースが怪訝そうに『何故マスミがマスミ自身に腹を立てねばならぬのじゃ?』と首を傾げている。
何故、自分自身に腹が立っているのか。
その理由は偵察をローリエとエイルに頼った……頼らざるを得なかったからだ。
「いや、少し違うかな」
今回に限った話ではない。
この異世界に迷い込んでから今日まで、俺はずっと誰かの手を借りてきた。
以前よりも力が増し、幾つか便利な能力を手に入れたといっても俺は普通の人間だ。
この世界の住人達と比べて特別優れているという訳でもなく、むしろ他者の協力を得なければ出来ないことの方が圧倒的に多い。
そんなことは日本に居た頃と変わらないし、仕方のないことだと割り切ってきた。
「割り切ってるつもりだったんだけどなぁ……」
どうやら人に頼ってばかりの現状に納得出来ていなかったらしい。
俺も存外諦めが悪いというか、負けず嫌いというか。
まあ、身体を張っているのが自分よりも若い女の子達―――実年齢はともかく精神的にはエイルもそこまで大人ではない―――ばかりだから、やっぱり男としては……ねぇ?
創作物の主人公よろしくチート能力の一つでもあれば、こんな風に悩まずに済んだのだろうか。
『気持ちは分からぬでもないがのマスミよ。今それを言ったところでどうしようもないぞ?』
「んなこたぁ分かってんだよ」
無力感に苛まれたところで何が変わる訳でもない。
俺は勇者や英雄と呼ばれるような存在ではなく、ただの凡人に過ぎない。
一足飛びに強くなることなど出来はしないのだから、地道な努力と工夫を重ねていくしかないのだ。
要は今まで通り。
だったら態々口に出さなくてもいいだろうという話なのだが、口にすることで新たに見えてくるものもあるのだよ。
あと俺にだって愚痴りたくなる時くらいある。
ネーテに帰ったらまた訓練を頑張ろうと気持ちを新たにしつつ、一先ずは……。
「こいつが悩みを打ち消す一助になってくれればなぁ」
『ふむ、サングリエ殿から受け取った物か』
ローリエ達が偵察に出てすぐのこと、サングリエから渡したい物があると言われた。
それはかつてサングリエが出会った〈異邦人〉が残していった物であり、このまま自分が保管しておくよりも同じ〈異邦人〉である俺が持っていた方が良いとのこと。
―――元より我には扱えぬ道具だ。マスミならば何かの役に立てられるやもしれぬ。
と言われるがままに受け取り、エアライフルや二丁拳銃と一緒に整備をしたのだ。
受け取った当初は土と埃で汚れていたものの、今ではすっかり綺麗になった。
三回も磨いたのだから当然だけど。
今の内に軽く性能をチェックしておくかと立ち上がろうとした時、「合図が上がったぞ!」というミシェル声が届いた。
見れば、西の方角の空高くに強い光を放つ光球が浮いている。
エイルが上げた〈光明〉の魔術―――敵地発見の報。
あの光の下に蜘蛛共の本拠地があるのだ。
「性能チェックは後回しだな」
『うむ。心して臨むがよい』
言われるまでもない。
広げていた荷物を急ぎ空間収納に納めた俺は、仲間達に向けて「行くぞ!」と出撃の声を上げた。
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次回更新は25日(土)頃を予定しております。




