第25話 犇めく巣窟
前回のお話……猪と仲良くトーク
(真 ゜Д゜)これこれしかじか
(猪 ゜Д゜)かくかくうまうま
―――side:エイル―――
深い深い森の中、鬱蒼と生い茂った枝葉が幾重にも重なり合い、わたし達の行く手を阻んでいる。
「邪魔なの~」
「気持ちは分かりますけど我慢して下さい」
囁くように漏れた不満の声に対して、傍らに立つローリエちゃんから同じように潜めた声で注意されたの。
ごめんなさいと小声で謝った後、わたしとローリエちゃんは足場にしていた太い木の枝を同時に蹴り、別の高木に跳び移ったの。
音を立てずに着地するのとほぼ同時にわたし達は周辺の気配を探り、危険がないことを確認した後、お互いに頷き合い、また別の木へと跳び移る。
わたしとローリエちゃんはこうして木から木へと跳び移りながら移動を続けているの。
周囲を警戒し、自分達の存在を気取られないよう細心の注意を払いながら。
「隠れるの」
敵の気配―――黒鉻蜘蛛の接近に気付いたわたし達は太い幹の影に身を隠したの。
糸と多脚を駆使し、わたし達と同じように木から木へと跳び移りながら移動している一匹の黒鉻蜘蛛。
哨戒と思われるその個体を攻撃することなくやり過ごしたわたし達は、充分に距離が離れたのを確認した後、移動を再開したの。
「……残念ですが、此処は外れのようですね」
「次に行くの~」
何故わたしとローリエちゃんがみんなから離れ、二人だけで別行動を取っているのか。
それにはちゃんとした理由があるの。
―――
――――――
「今ある戦力で勝つためには敵の本拠地を叩くしかない」
一夜明けて朝食を食べ終えた後、黒鉻蜘蛛の大群に対処するための作戦会議を開いたの。
そこで開口一番、マスミくんはみんなに向かってそう言ったの。
「その意見には同意するがよぉ。問題はどうやって叩くかだ」
「うむ。そもそも肝心の本拠地……蜘蛛共の巣が森の何処にあるのかも分かっていないのだぞ」
マスミくんの意見に対してローグくんとジュナちゃんが同意を示しつつも、渋い顔を浮かべているの。
わたしも二人と同じ。
マスミくんの意見には同意出来る。
現状の戦力でわたし達が勝利するためには敵の本拠地に攻め入り、無尽蔵に増え続ける黒鉻蜘蛛の供給源―――親蜘蛛なのか、それとも別の要因があるのかは不明―――を直接叩くしかない。
でもその本拠地が分からないので、こちらから攻め入ることが出来ない。
みんなが困ったように顔を見合わせる中、マスミくんは「二人が言うことはごもっともだ」と落ち着いた態度で頷いたの。
「勿論、場所が分からんことにはどうしようもない。そこでまずはサングリエに質問。蜘蛛共の巣がいったい何処にあるのか、その目星は付いとるかね?」
マスミくんは自分の背後で身を伏せている巨大な猪―――森の霊獣であるサングリエさんの方を振り返りながら訊ねたの。
何故かサングリエさんの鼻先には、すっかり姿を隠さなくなったニースちゃんがえっへんと胸を張って座っているけど……きっとツッコんじゃ駄目なのよね?
―――正確……場所……不明……凡そ……見当……。
質問に答えたサングリエさんの言葉をマスミくんがみんなに伝える。
サングリエさんの声はわたしとマスミくん以外には聞こえないから、こうして通訳して上げなきゃいけないの。
といっても、わたしも大雑把にしか彼の言葉を理解出来ないのだけど。
どうやら蜘蛛の巣の位置については、ある程度特定出来ているようなの。
「目星は付いてる訳ね。そいつは重畳。今から探してたんじゃ日が暮れちまうからな」
「では今からその場所に向かうのか?」
「それは実際に現地を確認出来てからかな。行ったはいいけど実は違いましたじゃ話にならんからな。そこでローリエとエイルの出番って訳だ」
わたしとローリエちゃん?
出番って言うけど、マスミくんはいったい何をさせるつもりなの?
揃って首を傾げているわたし達にマスミくんは「二人には偵察を頼みたいんだ」と言ったの。
「偵察ですか?」
「ああ。サングリエが目星を付けてる場所に蜘蛛共の巣が本当にあるのか、それを確かめて来てほしいんだよ」
「待て、何故ローリエとエイルの二人だけなのだ?」
わたし達の身を案じてくれたのか、幾ら何でも危険過ぎると反対するミシェルちゃん。
マスミくんもわたし達を危険に晒したくて言った訳ではないと思うけど、こうやって心配されるとついつい嬉しくなっちゃうの。
「二人にしか頼めないからだよ」
マスミくんがわたし達を選んだ理由は、今居るメンバーの中で最も隠密行動と気配察知に長けているのが、わたしとローリエちゃんの二人だから。
「隠密行動だけならトルムにも可能だろうけど、蜘蛛の気配やら匂いやらは察知出来ないだろ?」
「あー、流石に無理かなぁ」
「当然、俺達にも無理。でも二人なら蜘蛛共の目を掻い潜って行動することが出来る。それに最悪発見されたとして二人だけだったら逃走することも可能……だと思うんだけど、どうだろ?」
「……おそらく大丈夫です」
「わたしもぉ、多分逃げられると思うの~」
絶対確実とは言えないけど、何十匹もの蜘蛛に一斉に囲まれなければ多分イケると思うの。
「なら尚更二人に任せるしかないな。俺達まで一緒だと逃げられるもんも逃げられなくなる」
「それは私にも理解出来るが……やはり二人だけでは危険過ぎる」
「ミシェルの言いたいことも分かるし、俺だって二人に危険なことなんかさせたくない。でも状況は切迫してるんだ。多少の危険を冒してでもやらなきゃいけないんだよ」
厳しい表情でそう告げるマスミくんに対してミシェルちゃんは尚も食い下がろうとしたけど、ローリエちゃんが「そこまでですよ」と言って彼女を止めたの。
「ミシェル、マスミさんが今言った通りですよ。今回の偵察に適任なのは間違いなくわたしとエイルさんです」
「だとしても二人だけでなんて……」
「危険は承知の上です。それに誰かがやらなければいけません」
「ミシェルちゃぁん、心配してくれるのはぁ、とっても嬉しいの~。でもぉ、もっとわたし達のことをぉ、信じて~」
「ローリエ、エイル……」
「わたし達だってぇ、別に死ぬつもりはないの~」
「必ず帰ってきます。だから信じて待っていて下さい」
わたしとローリエちゃんからの懇願を受けて、苦しそうに表情を歪めるミシェルちゃん。
そのまま俯き、逡巡するようにしばらく黙り込んだ後、小さく「二人を……信じる」と言ってくれたの。
その言葉を聞いた瞬間、わたしは思わずミシェルちゃんの頭を抱き寄せていたの。
やっぱりミシェルちゃんはとっても優しい良い子なの。
「面倒な役回りばっか押し付けてすまんね」
「押し付けられただなんて思ってませんよ」
「必ずぅ、やり遂げてみせるの~」
「ああ、頼んだ」
わたしはミシェルちゃんを抱き締めたままマスミくんに頷きを返し、改めて偵察任務を了承したの。
――――――
―――
そうして湖畔を出発したわたしとローリエちゃんは、黒鉻蜘蛛に見付からないよう慎重に移動しながら、敵の本拠地と思しき場所を探しているの。
サングリエさんが目星を付けていた場所は全部で三ヶ所。
その内の二ヶ所は外れ。今は最後の三つ目の場所を目指して移動しているの。
朝食を食べ終えてからすぐ湖畔を出発したにも関わらず、太陽はとっくに中天を過ぎていたの。
「もし三つ目も外れだった場合は、一度引き返すしかありませんね」
「作戦のぉ、練り直しなの~」
でもきっとそんなことにはならないだろうなって予感が、この時のわたしにはあったの。
そしてその予感はすぐ現実のものとなった。
広大な森の中、遠目からでも分かる程、不自然なまでにぽっかりと開けた空間。
その空間の中央に置かれている巨大な物体。
数は全部で五個。形は楕円で、どれもサングリエさんの巨体を上回る程に大きい。
見た目は真っ白な糸に覆われた繭。
でもきっとアレは……。
「卵、ですね」
ポツリも零れたローリエちゃんの呟きにわたしも無言で頷く。
真っ白な繭状の物体―――巨大な卵の周囲には夥しい数の黒鉻蜘蛛が卵を守るように、あるいは崇めるかのように犇めき合っていたの。
間違いない。
わたし達は遂に敵の本拠地を発見したの。
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次回更新は4/20(月)頃を予定しております。




