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第20話 乙女心は儘ならず

 ―――side:ローリエ―――



「あんた達のおかげで本当に助かったよ」


「村を救ってくれてありがとうねぇ」


「お姉ちゃんありがとう!」


 村の皆さんから感謝の言葉をいただいています。

 それはもう次から次へと代わる代わる。

 特に子供やお年寄りの方が多いです。

 皆さんもう充分ですので、そんなに言われると逆に恐縮してしまいます。

 何故皆さんわたしにばかりお礼を言うのでしょうか。

 そもそも今回の依頼を引き受けようと言い出したのはミシェルです。

 なのでわたしなんかよりもミシェルがお礼を受け取るべきだと思うのですが……。

 当のミシェルは、別の席で男衆の皆さんと一緒にお酒をカパカパと呑んでいます。呑みまくっています。

 一応怪我人なんですから、飲み過ぎはいけませんよ?

 わたしですか? 

 いただいてはいますけど、そんなに強い方でもないのでチビチビと舐めるようなペースで呑んでいます。

 ああっ、おば様まだ入ってますから、お代わりは結構ですから。

 わたしよりもミシェルやマスミさんに注いであげて下さい。

 そうですよ。誰よりも感謝されるべきなのは、一番の功労者たるマスミさんであるべきです。

 村長さんとお話が出来たのもマスミさんのおかげ。

 昨夜の作戦が上手くいったのもマスミさんのおかげ。

 何より、こうしてわたしとミシェルが生きて帰ってこられたのもマスミさんのおかげです。


 ホブ・ゴブリンとの戦いの最中、わたしは隠れていたゴブリンの不意打ちをまともに喰らい、そのまま気絶してしまいました。

 目を覚ましても、マスミさんがホブ・ゴブリンを相手取っている間は満足に動くことができませんでした。

 最後は魔術を使ってなんとか援護しましたけど、それだってマスミさんの頑張りがなければ上手くいかなかった筈です。

 なのでやっぱり、この感謝の気持ちと言葉はマスミさんが受け取るべきです。

 そうですそうしましょう。でも肝心のマスミさんはいったい何処に?

 キョロキョロ探していると、少し離れた席でお酒を呑んでいるマスミさんの姿を見付けましたが、隣には見知らぬ女性の姿もあります。

 わたしやミシェルよりも年上のとてもお綺麗な方です。あと胸も大きいです。

 どうもマスミさんは、その女性にお酌されているようですが……何故でしょう、ちょっとムカムカします。

 いえ分かりますよ。村を救ってくれた恩人に対して感謝の気持ちを伝えるためだということは。

 でも少し近付き過ぎじゃありません?

 あとマスミさんもデレデレし過ぎじゃありません?

 あっ、抱き付いた。

 美人にお酌されて嫌な殿方は居ないでしょうけれど―――居たとしたらそれはかなりアレな方だと思います―――だとしても……。

 なんて考えていたら、どんどん女性がマスミさんにしなだれ掛かっていくじゃありませんか。

 

 ―――貴方、本気で何をされてるんですか?


「皆さん、ちょっとすみません」


 気付けば席を立っていました。

 ツカツカと足音を鳴らしながら移動し……。


「楽しそうですね、マスミさん」



 ―――side:ミシェル―――



「あんたら若いのに随分と腕が立つんだな」


「ホブ・ゴブリンがいたって聞いた時は驚いたが、それを倒しちまったって聞いた時はもっと驚いたぞ!」


「おっ、おらの嫁っ子さなってけれ……!」


 村の男衆から代わる代わる声を掛けられる。

 その度にお互いのコップをぶつけ合わせてはエールを呷る。

 ふむ、初めて呑むが悪くないな。

 これまでは葡萄酒(ワイン)や果実酒くらいしか呑んだことがなかったので新鮮だ。

 それに誰かとこうして騒ぎながら呑むというのも初めての経験だ。

 あとこんなに雑に求婚されたのも初めてだ。無論お断りだ。

 酒はもっと静かに味わうものだと思っていたからな。

 正直、葡萄酒(ワイン)の方が私の好みなのだが、今この雰囲気で呑む酒としてはエールの方が相応しいように思えた。

 それにしても……。


「我ながらよく無事でいられたものだ」


 一応、骨折している―――薬の効果でそれ程痛みは感じない―――ので、完全に無事という訳でもないのだが……。

 まあ、五体満足で戻ってこられたのだから、よしとするべきなのだろう。

 あの時、ホブ・ゴブリンの攻撃を喰らって動けなくなった時は、人生終わったなぁと色々諦めたからな。

 もしもマスミが居なければ、私もローリエも死ぬより悲惨な目に遭っていたに違いない。

 最初はただの変態だとばかり思っていたが中々どうして。

 弁は立つし、頭も切れる。

 難敵を前にしても逃げずに立ち向かう勇気も持ち合わせている。

 平時は少しばかり言動に悪ふざけが過ぎる面も見えるが……。

 本人は自分のことを弱い弱いと卑下していたが、戦闘中の落ち着き様や動き方からして素人とは思えない。

 私の扱う剣術とは違うにせよ、何かしらの武術や戦闘技能は有していると見て間違いないだろう。

 うむ、やはり殿方とは強くあるべきだな。

 強さが全てなどと言うつもりは毛頭ないが、全くないのも如何なものかと思う。軟弱者はいかん。

 出会ってまだ二日しか経っていないが、共に力を合わせて困難を乗り越えたのだ。

 マスミのことは信頼に足る男だと認めている。

 これでも感謝しているのだ。

 よしっ、お礼に私自ら酌でもしてやるか。

 あれも男だ。どうせなら若い女に酌をされた方が嬉しかろう。

 善は急げとマスミの姿を探していると、少し離れた席で呑んでいるのを見付けた。

 ……見知らぬ女に酌をされながら。

 ちょっと待て、誰だその女は?

 私やローリエよりも幾つか歳上だろう。

 化粧っ気のなさや服装で少々野暮ったくも見えるが、かなり美しい御婦人だ。

 胸も大きい……別に悔しくなんてない。

 マスミの奴め。私が知らぬ間に他の女に酌をさせていたとは。

 なんだそのだらしない顔は、鼻の下まで伸ばしおって。

 おい、近すぎるぞ。何故抱き付く必要があるのだ。

 ええい、マスミもデレデレするな!

 不愉快だ。なんだか知らんが非常に不愉快だ。

 自然と手に力が入り、持っていたコップからミシミシと軋むような音がする。

 落ち着け、落ち着くのだ。

 あれはきっと村の女衆が感謝の印として酌をしてやっているだけだろう。

 仮にも村をゴブリンの脅威から救ったのだから当然の話だ。

 そう考えるとあそこにいる御婦人の行為にも納得……はし兼ねるが、一応の理解は出来る。

 先程から顔が勝手に引きつりそうになっているが、決して感情を抑えている訳ではないぞ。

 などと私が人知れず顔中の筋肉に意識を集中している最中、御婦人が縋り付くようにマスミの身体にしなだれ掛かっていくのが見えた。


 ―――貴様、いい加減にしろ。


「すまん、少し席を外す」


 周りの男衆に断りを入れてから席を立つ。

 走り出しそうになるのを我慢しながら、だが可能な限り速く歩いていき……。


「楽しそうだな、マスミ」

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