第18話 巨突猛進
前回のお話……居残り組ピンチ。その時……
(謎 ゜Д゜)ブモー
(真 ゜Д゜)!?
『ブモォォォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』
雷鳴の如く轟く咆哮。
猛る叫びは森を激しく震わせただけに留まらず、まるで木の葉のように何本もの大木を吹き散らし、幾筋もの亀裂を大地に刻み付けた。
運の悪かった数匹の蜘蛛が飛んできた木に巻き込まれ、潰されていたようだが、そんな些末なことを気に掛けているだけの余裕はなかった。
一歩踏み出す度に重々しい足音を響かせ、大地を震わせる咆哮の主。
眼前を覆い、絡み付いてくる枝葉を意に介さず、バキバキとへし折りながら現れた者の正体は―――。
「い、猪?」
―――巨大な一頭の猪だった。
平たい鼻先と下顎から左右二本ずつ生えた太い半月型の牙。
蹄を備えた短い四肢と寸胴型の体型。
全身を覆う体毛はほとんどが黒褐色だが、背中側にだけ金褐色の体毛が生えているのが見える。
その姿形は間違いなく俺の知っている猪と同じものだ。
同じものなのだが……。
「いや、にしたってこれはデカ過ぎるだろ」
おそらく体高は4メートル近くあり、体長に至っては5メートルを超えているだろう。
これ程の巨体。体重はいったい何トンになるのやら。
あんなのに潰されたら一巻の終わりだ。
計四本もの大牙は生半可な鎧や盾など容易に貫き、引き千切ってしまうだろう。
無論、こんな化け物サイズの猪が尋常な生物である筈もない。
敵も味方も巨大猪の威容に圧倒され、身動きが取れずにいる。
「勘弁してくれよ。蜘蛛の相手だけで手一杯だってのに……ッ」
他の魔物を相手にするだけの余力などないのだ。
そもそも総出で挑んだところで、果たしてあの巨大猪に太刀打ち出来るかどうか。
状況は悪化の一途を辿っている。
打開策が見当たらず、焦燥感ばかりが募っていく俺を見兼ねたのか、胸元のニースが『案ずることはない』と俺の顔を見上げながら告げてきた。
「案ずるなって、何を根拠に―――」
『ブギィィィイイイイイイイイイイイイイイッッ!!!』
言っているんだという俺の言葉は、再び響いた猪の咆哮によって掻き消された。
巨大猪の発する大音声は物理的な衝撃波へと変化し、容赦なく俺達にも襲い掛かった。
俺は咄嗟に身を伏せることで、なんとか吹き飛ばされるのを回避した。
途中「ひぇぇええええ……」と悲鳴を上げるユフィーが腰にしがみ付いてきた時は危うかったが、四肢を踏ん張って耐え抜いた。
衝撃波をやり過ごして顔を上げた時、俺はニースが案ずるなと言った意味を理解した。
『ブボォォォオオオオオオオオオッッ!!』
荒々しい嘶きと共に巨大猪が蜘蛛の群れに対して突進を仕掛ける。
超重量級生物の全体重を乗せた体当たり。まるで戦車だ。
その一撃をモロに喰らった数匹の蜘蛛が外殻を軽々と粉砕され、更には原型を留めない程に全身をグシャグシャに破壊されて宙を舞う。
直撃こそ免れたものの、突撃の進路上にいた蜘蛛共も踏み潰されたり、根元から脚が千切れたりと無傷な個体は一匹たりとも存在していなかった。
そして蹂躙が始まった。
『ブォォォオオオオオオオオオオッッ!!』
猪が鼻先と牙で地面を削りながら大きく頭を振り上げれば、土砂と共に四匹の蜘蛛が数十メートルもの高さまで打ち上げられた。
運悪く牙が直撃した個体はそのまま串刺しにされ、ブン回すように左右に頭を振るった際にバラバラになってしまった。
「マ、マスミ! あの猪はいったい……!?」
「俺だって分かんねぇよ! いいからさっさと避難しろ!」
「巻き込まれちゃうの!?」
前衛陣が必死の形相で後方へ逃げてくるが、流石に蜘蛛共も追ってはこなかった。
俺達よりも遥かに恐ろしい脅威が目の前にいるのだから当然だろう。
蜘蛛共もやられてばかりではなく、猪に反撃を試みるがことごとく失敗している。
数の有利を生かして猪を取り囲み、四方八方から攻撃を加えようとするも、猪の頑丈な毛皮には傷一つ付けることすら叶わなかった。
糸を使って猪の動きを封じようとしても、三秒と保たずに引き千切られてしまう。
上手いこと猪の背中に飛び乗った個体もいたが、その暴れっぷりにあっさりと振り落とされ、そのまま前肢に踏み潰されてしまった。
『ブヒィィィイイイイイイイイイイイイッッ!!』
「化け物だな」
猪の圧倒的な暴力に蜘蛛共は為す術がない。
あれ程大量にいた筈の蜘蛛が見る間にその数を減らしていく。
『……枝霊獣』
「トーテム?」
聞き慣れない単語を口にするニース。
いったいそれはなんだと訊ねようとしたのだが、それよりも先にミシェルとエイルの切羽詰まった声が届いた。
「マ、マスミ」
「め、滅茶苦茶ヤバいの」
「ヤバいって、何が……あ」
見れば、一匹残らず蜘蛛共を始末し終えた巨大猪がこちらをジッと見詰めていた。
というか明らかに俺のことを凝視している。
「さ、流石に四足歩行のお友達はいないんだけど」
「冗談を言っている場合か……!」
言っている場合ではない。
そんなことは俺だって分かっている。
だが他にどうしようもないのだ。
蜘蛛共にすら押されていた俺達が、その蜘蛛共を単独で圧倒する猪を相手にして勝ち目などあろう筈もない。
このまま何処かに行ってくれれば御の字だが、生憎と立ち去ってくれる気配は皆無。
こうしてお互いに一歩も動けないまま見詰め合いは続き、そろそろ緊張で喉がカラカラになってきた頃……。
―――いと小さき精霊の友よ。
「…………は?」
なんか聞こえたんですけど。
お読みいただきありがとうございます。




