第11話 寝息と溜め息
前回……蜘蛛撃退
(グ ゜Д゜)なんでこんなとこに?
(真 ゜Д゜)知らん
「マスミ、休まなくて平気なのか?」
「……」
「マスミ?」
「……ん? 何か言った?」
「何かって、聞こえていなかったのか?」
「あー、ちょっと考え事してて。すまん」
そんなつもりはなかったのだが、結果的に無視することとなってしまったので素直に謝っておく。
ミシェルも特に気にしてはいなかったのか、別に構わんとあっさり許してくれた。
野営地を出発した俺達は、現在森に向けて馬車で移動している最中だ。
セント達が遭遇した時とは違い、俺達の馬が蜘蛛に襲われることはなかった。
馬車は壊れたら修理するなり買い換えるなりすればいいが、生き物は死んでしまったらおしまい。
馬が無事で本当に良かった。
「それでなんて言ったの?」
「マスミは休まなくて平気なのかと訊いたのだ」
なんだそんなことかと答えながら、俺はすぐ傍で寝息を立てているローリエに目を向けた。
御者を担当しているミシェルを除いて、他の女性陣は思い思いの格好で眠っている。
馬車の中は厚手の毛布を三枚重ねで敷いているので、横になっても身体を痛める心配はないだろう。
「俺は二人みたいに頑張ってないから平気だよ」
夜間の移動は危険を伴うため、俺達は蜘蛛共を撃退した後も野営地に留まり続けた。
再度の襲撃も考えられることから見張りの人数を増やしつつ、交代で休憩を取り、夜明けと共に出発。
実はこの出発までの間、ローリエとエイルは一睡もせずに見張りを続けていたのだ。
別に嫌がらせなどではなく、二人が自主的に行ったものだ。
感知能力に長けた自分達が見張りをした方が危険は少ない筈だと。
人数はいるのだから交代で適宜休憩を取った方が良いという意見もあったが、二人は頑として意思を曲げなかった。
これはもう埒が明かんと思ったので、見張りを任せる交換条件として移動中の絶対休憩を約束させたという訳だ。
ちなみにユフィーも寝ているが、こいつはローリエとエイルの寝姿を見ている内に自分も眠くなっただけだ。
ディーナ女史ですら戦闘音で目を覚ましたというのに、この女は朝になるまで死んだように眠り続けていた。
それだけ神経が図太いのか、それともただ単に人一倍鈍いだけなのか……両方だな。
「マスミ、隣に座れ」
「なんだよ急に」
「退屈なのだ。少しは私と会話しろ」
「話すだけならこのままでも……」
「いいから座れ」
顔を前に向けたまま―――きっと不機嫌な表情で―――自分の隣をバンバンと叩くミシェル。
寝てる子がいるんだから止めなさい。
やれやれと息を吐き、ミシェルの隣へ腰を下ろす。
俺が座るのを確認した後、ミシェルはうむと一人で納得したように頷いた。
「それでいったい何を思い悩んでいたのだ?」
「別に悩んでたって程でもないさ。ちょっと気になることがあっただけで」
「それは……昨夜にグラフ教官が言っていたことか?」
「まあ、そうなるんかね」
黒鉻蜘蛛の襲撃を退けた後にグラフさんが言っていた台詞を思い返す。
「出くわす筈がないんだよ。こんな平原のド真ん中で」
活動範囲の狭い黒鉻蜘蛛が森の外に出て来る筈はないと彼は言っていた。
そして不可解な点は他にもあり、黒鉻蜘蛛は基本単独でしか行動しないのだそうだ。
狙った獲物が被ってしまったなんて場合でも連携を取ることはなく、なんなら同族同士で殺し合いすら始める始末。
譲り合いの精神皆無である。
それ程までに仲間意識の薄い魔物らしい。
そんな黒鉻蜘蛛が喧嘩をすることもなく組織立った動きを見せた。
順当に考えれば……。
「明らかに統率者がいるよなぁ」
親蜘蛛か別の上位個体なのかは不明だが、蜘蛛共を統率している魔物が存在するのは間違いないだろう。
しかも縄張りの外にあれだけの数を派遣出来るくらいなのだから、森の中にはとんでもない数の蜘蛛が犇めいているに違いない。
考えるだけで憂鬱になってきた。
「黒鉻蜘蛛を統率するような魔物か。相当強力な魔物なのだろうな」
気を引き締めて掛からねばと手綱を握る手に力を籠めるミシェル。
そんな彼女にそうだねぇと我ながら気のない返事を返す。
「なんだその気の抜けた返事は。指示を出すべきマスミがそんなことでどうする」
「何故当然のように俺が指示を出すことになっているのか……」
きっとツッコむだけ無駄なのだろう。
「ミシェルの言いたいことも分かるよ。ただまぁ、正直言ってそっちはなんとかなると思ってるんだよねぇ」
「ほぅ、随分と余裕があるな」
「あんな蜘蛛の大群相手にしなきゃならんのに余裕なんてある訳ねぇでしょうよ。でもほら、こっちにも頼りになる仲間はいるからねぇ……お前さんとか?」
なんて普段なら言わないようなことを口にしてみた。
ミシェルも初めは何を言われたのかが分からずキョトンとした表情を浮かべていたが、徐々にその表情も変化していき、遂には満面の笑みと化した。
気のせいか、ポニーテールまで機嫌良さげに揺れているように見える。
「ムフフフ、もっと頼れ」
「はいはい、頼りにしてますよっと」
森に潜み、上位個体に率いられた黒鉻蜘蛛の大群。
規模や種類は違えども、状況としてはネーテの森で初めてローグさん達と出会った時に似ている。
あの森で戦った魔物は、大型の魔犬ヘルハウンドとそれに率いられた灰猟犬と黒猟犬だった。
相手の戦力が未知数ではあるものの、統率者さえ潰せばなんとかなるだろう。
「ぶっちゃけそれより気になることがあるのだよ」
「他に何があるというのだ?」
「……俺らさ、最近変なのと知り合っちゃったじゃない? 魔物大好きなイカれ野郎と」
俺が誰のこと言っているのか察したのだろう。
ミシェルはその端正な顔を物凄く嫌そうに顰めた。
魔物大好きなイカれ野郎―――魔物至上主義を唱える邪教ゼフィルの教徒ジェイム=ラーフ。
今回の件にも、あの狂信者が関わっているのではなかろうかと俺は危惧しているのだ。
「いやいや、流石に有り得ないだろう。つい先日セクトンで会ったばかりだというのに、そんなまさか……」
「俺もそう思いたいんだけど、なんかあの野郎だったら何処にでも首突っ込んでそうな気がして……」
一度でも考えてしまったら、もう駄目だった。
二度と関わり合いになりたくないと思っていた奴の存在が頭から離れない。
我ながら考え過ぎだとは思うのだが、昨晩から嫌な予感がして仕方ないのだ。
そして大体のパターンとして嫌な予感というものは現実になることが多い。
「このまま俺らだけ引き返しちゃ駄目かな?」
「駄目に決まっている……と言いたいところだが、正直私も引き返したくなってきた」
「「はぁぁぁぁぁ……」」
揃って深々と溜め息を吐く俺とミシェル。
どんよりとした空気を纏う俺達とは対照的に後ろからは安らかな寝息が聞こえてくる。
ローリエ達は今も気持ち良さそうに眠っている。羨ましい。
再び溜め息が漏れるも、馬車は目的地へ向けて進んで行く。
願わくば、到着する頃にはこの気持ちが少しでも軽くなっていますように……。
「俺も後ろで寝てて良い?」
「こんな状態の私を一人置いて寝るな」
お読みいただきありがとうございます。




