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第19話 呑んで呑ませて呑まれるな

飲み過ぎにはご注意を

 木のコップに注がれた酒―――エールを一口呷り、独特な香りと苦み、そして意外とフルーティーな味わいを楽しむ。


「おぉ、これは中々」


 少しばかり温いのが難点だが、これはこれで乙なもの。

 エール。所謂、麦酒(ビール)の一種である。

 今でこそビールと言ったらラガービールが主流になっているものの、意外なことにその歴史は浅いのだ。

 ラガーが普及し始めたのは十九世紀以降の話であり、それまではビールといったら専らエールのことを指していたらしい。

 実は俺もラガー以外のビールを口にしたのは生まれて初めてだ。

 昔のイギリス庶民の間では、水と同じくらい日常的に飲まれていたとかいなかったとか。

 ラガーとエールの一番の違いはその製造法。

 ラガーは低温で発酵を行い、製造には比較的時間が掛かる。

 それに比べてエールの方は常温での製造が可能且つ短期間で発酵も行える。

 大昔には冷却機なんて気の利いた設備は存在しなかったのだから、常温で作れるエールが親しまれていたのも当然の話である。

 もう一口、今度はもっと豪快にグビグビと音を鳴らしながら呷る。


「ぷはぁっ、美味い」


 労働後の一杯が格別なのは日本でも異世界でも変わらない。

 たまりませんなぁ。

 ツマミに用意してもらった牛の干し肉(ビーフジャーキー)を手に取り、そのまま齧り付く。

 軽く炙られたことで融けた脂と適度に利いた塩気が混ざり合い、何とも言えない香ばしい味が口の中に広がる。

 ちょっぴりジャンクな味わいが、これまたエールとよく合う。

 エールと牛の干し肉(ビーフジャーキー)を交互に味わっていると、すぐにコップの中が空になってしまった。

 もっと欲しいなぁ。

 お代わりないかしらん?


「さあ旦那、もう一杯どうぞ」


「ややっ、これはかたじけない」


 隣に座っていた村の娘さん―――推定二十代前半―――が気を利かせてお代わりを注いでくれた。

 あまり化粧っ気はないものの、素材の味が引き立つというか、良い意味で素朴な感じの美人さんだ。

 染めていない天然ライトブラウンの長い髪は、縛ることなく自然と後ろに流されている。

 都会でよく見掛けるゴテゴテ厚化粧のなんちゃって美人なんかより、断然俺の好みである。

 ちょっとだけ蓮っ葉な口調も嫌いじゃない。

 宴は始まったばかりだ。


 何故(なにゆえ)俺がエール片手にウンチクを語り、年若い娘さんにお酌をしてもらっているのか。

 時間はホブ・ゴブリンとの戦闘を終えたところまで戻る。

 魔石を取り出した後、俺達はお互いに傷の手当てを施した。

 とはいえ俺は比較的―――衛生面の心配はあったものの―――軽傷。

 後頭部を殴られたローリエも意識は明瞭で、受け答えもしっかりしていたので、出血さえ治まってしまえば問題ないと判断した。

 唯一問題があったのはミシェル。

 何しろ俺達の中で、ただ一人だけホブ・ゴブリンの攻撃をまともに喰らっているのだ。

 呼吸をしたり身体を捻ると胸部が痛むとのことから、おそらくは本人の申告通り肋骨が折れている可能性が高いと思われた。

 幸い吐血をしてはいないので臓器は無事のようだが、普通の外傷と違って骨折を簡単に治療することは不可能。

 異世界なのだから立ち所に怪我や病気を治す回復魔法なり薬なりが有るのではないかと期待したのだが……。


「有るには有りますけど」


 あるんかい。


「回復魔法というのは知りませんけど、神官の使う法術には傷付いた相手を癒すものがあります。でもそれは修行を積んだ神官が神から奇跡を賜ることで、初めて行使することが可能になるものですから、神官ではないわたしには使えません」


 そうか。法術って神様から貰えるものなのか。

 ……そもそも法術って何?

 知り得たところで、今この時ばかりは何の役にも立たない知識だな。

 薬についても同様。

 この世界には飲んだり振り掛けたりするだけで怪我や病気を治してくれる魔水薬(ポーション)なる素敵アイテム―――まんまゲームのような効果―――が存在するらしいのだが、これも相当高価な代物で、残念ながら手元にはないとのこと。

 さあどうしたものだろうとお困りの時にローリエさんが取り出したるは、試験管のような細長い透明の容器。

 中には薄い水色の液体が入っている。


「何それ?」


「治療用の水薬です。魔水薬(ポーション)程の劇的な効果はありませんけど、怪我の回復を早めてくれますし、痛み止めの効果もあります」


 駆け出し冒険者にとっては必需品ですと言って水薬をミシェルに飲ませるローリエ。

 念のためにタオルを患部に押し当て、動かないよう包帯で固定しておく。

 この際、俺は物資を提供しただけ。

 最初から処置自体はローリエに任せるつもりだったというのに何故か見るなと怒られた。理不尽だ。

 薬を飲んで十分程も経つとミシェルは自力で歩けるまでに回復した。

 怪我を負っていたのが嘘のようだ。

 異世界産の薬は大したものである。

 今後は回復薬とでも呼ぼう。


「充分劇的な効果じゃん」


「といっても完治した訳ではない。痛み止めが効いているのと幾らか体力が回復しただけだ。無理は出来ん」


 自力歩行が可能になっただけでも大助かりだ。

 三人連れ立って洞窟内を探索したが、ひたすら臭いだけでゴブリンの生き残りもめぼしい物も発見出来なかった。

 無駄に増えてしまった魔石だけを抱えて村に戻り、村長さんに結果を報告した。

 村長さんは昨夜の戦闘でほとんどのゴブリンを仕留められたものだとばかり思っていたらしく、まだ十匹以上も残っていたことやホブ・ゴブリンまでいたことを伝えたら大層驚いていた。

 自分が想像していた以上に村が危険だった事実を知り、微かに青ざめていたものの、持ち帰った魔石を見せて討伐完了の報告を改めてすると涙ながらに感謝された。

 そして危機が去ったお祝い兼お礼にと宴を開いてくれたのだ。

 そんな訳で現在、俺はタダ酒をいただいている真っ最中なのである。

 ゴブリンの脅威が去ったことを知った村人のテンションは上がりに上がりまくっていた。

 中央に焚かれた篝火の周囲では、村の若衆数人が踊っている。

 音頭もなしに各々が適当に踊っているため、リズムも動きもてんでバラバラなのだが、みんな実に楽しそうだ。

 そんな姿を見ていると、こちらも楽しくなってくる。

 やはり酒を呑むなら楽しく呑まなければ。

 離れた所ではローリエが村の子供と老人達に囲まれ、頻りに感謝されている。

 少し困り気味な様子だが、やはり彼女も嬉しそうだ。

 更に別の席では意気投合したのか、高々と掲げたコップをぶつけ合って豪快に酒を呑んでいるミシェルと男衆の姿が見える。

 骨折していることを忘れるなよ?

 よきかなよきかな。

 さてもう一杯呑もうとコップを傾け……また空だ。


「ふふふ、はぁいどうぞ」


「いやぁ、すいませんねぇ」


 再びお代わりを注いでくれる素朴美人な娘さん。

 まぁ何と言うか、俺も男な訳でして、やっぱり美人にお酌されて悪い気はしないのですよ、はい。

 鼻の下?

 別に伸ばしてねぇよ。


「それにしても旦那達はお強いですねぇ。たった三人でゴブリンの群れを蹴散らしちまうんですから」


「そんな大したもんじゃありませんけどね。偶々作戦が上手くいっただけですし」


「でもぉ、昨夜の作戦考えたのって旦那なんですよね? 男達が驚いてましたよ。まるで預言者みたいだって」


「ははは、そんな大袈裟な。みんなの話を聞いて考えた結果、あの作戦を立てたってだけです。預言じゃなくてただの予想ですよ」


「そんなことはありませんよぉ。あたしは頭が良くないから旦那みたいな方には憧れますぅ」


 そう言って俺の腕をギュッと抱き締めてくる娘さん。

 薄手のブラウス越しに押し付けられる柔らかな双丘。大変立派なモノをお持ちのようで。

 今の俺はTシャツ一枚しか上に着ていないので、その弾力と柔らかさがダイレクトに感じられる。

 鼻の下……の、伸ばしてねぇよ。


「いやぁ、あはは、若い女性にそんなこと言われると照れちゃうなぁ」


「あらやだ、旦那ったらお上手。二十三の年増を若いだなんて」


「何を仰るのやら。俺の故郷じゃ二十三歳なんてまだまだ女盛りの若者ですよ。若い上に美人ときたら、そりゃもう男がほっときませんぜ」


「……旦那ったら、本当にお上手ですね」


 頬を赤らめながら、娘さんは俺の胸元にしな垂れ掛かってきた。

 エールが零れてしまう。

 ボリュームのある乳房が俺の胸板に押し当てられ、ぐにゃりとその形状を変える。


「こんな行き遅れの女を揶揄うなんて酷い御方。そんなことを言われたらあたし……期待しちゃいますよ?」


「えっと、別に揶揄ったつもりじゃ……」


「んふふふっ」


 鼻に掛かったような甘い声。

 しっとりと微かに汗ばんだ肌。

 両の瞳は夜露に濡れたようにとろんとしており、まるで媚びるような色が見て取れた。

 まさに淫蕩そのもの。成熟した女性の色気をこれでもかと発揮してくれる。

 知らず口内に溜まっていた唾液をゴクリと飲み下す。

 十代の頃の俺なら辛抱堪らずに襲い掛かっていたやもしれん。

 ……どうしようこの状況。


「んふふふ、ねえ旦那ぁ……夜はまだまだこれからですよ?」


 ―――宴はまだまだ続く。

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